第25話 4・2 再戦の舞台へ

 次に目を覚ましたとき、体からは、痛みや苦しみが消えていた。

 ゆっくりと目を開けて、指先を眺めると、血の巡りを感じる。

 胸に当てると、服の感触があった。

 布越しに心臓の鼓動が感じられる。


「生きてる」


 呟くと、僕が寝ている列車に向かって、足音が近づいて来る。


「ハルキ……!」


 エリオットだ。長い髪はアップにしている。

 白衣は脱ぎ捨て、所々、微かに血の付いた制服姿だ。


「なあ、普通に歩けるのか?」

「おかげさまでね。エリオットの治療のおかげもあって」

「治したって言うか……。血管とか、繋げただけだし……」

「それを治したって言うんだよ」


 僕は、ポンとエリオットの頭に手を置いた。

 彼は照れて顔を赤くするが、何かを思い出したように、首を振った。


「……でも、本当の事言うと、治してない。お前に埋め込んだ心臓は、形を似せて、肉で造っただけだ。ゾンビを動かすのと同じ仕組みで動かしてる」

「少し前まで、僕には心臓が無かったけど……?」

「ハルキは、外部から血流が操作されてた、っぽい。脳に流れる血を制御されて、記憶喪失の状態にされたんだ」

「いつでも殺せる状態にされてた、って事か……」


 僕は強く心臓に手を当てた。


「どのぐらい保つ?」

「……分からない」

「そっか。それでも、ありがとう」


 ゆっくりと立ち上がる。

 エリオットは腰のメスホルダーから、刀身に包帯が巻かれたナイフを取り出す。


「それと、ハルキ。これ、お前の武器、なんだろ?」

「そうだね。懐かしいな」


 僕がたくさんの人を殺してきた歴史、そのものだ。

 この島でも、そして僕が生まれた世界でも、このナイフ一本で生き残ってきた。

 安心感と、罪の意識。

 複雑な感情を持つそれを、ズボンに差しこむと、列車を見た。

 僕の世界では、列車という乗り物は、過去の遺物だ。

 だが、本で得た知識はある。これは車輪では無く、磁気の力で走るものだった。


「この列車は、動く?」

「……らしい。あのアクラムってオッサンは、出来そうって言ってた」


 エリオットは、不気味そうに列車の天井を見る。


「なあ。これを使えば、逃げられる、のか?」

「そう信じるしかないね。どこに向かっているかは分からないけど、逃げ道はここだけだ」

「……」

「だけど、僕には、まだやる事がある」


 僕は列車を出た。

 そこは海の底の駅。

 その印象はそのままだが、ガラスの外の光景は変わっていた。

 地上から流されたのか、瓦礫や植物、そして人間の死体までも海中に漂っている。

 呆然とその水塊を眺めていると、空間が揺れる。

 地震か。と思い、壁を見つめた。

 だが、揺れは地表ではなく、頭上から響いていた。


「ハルキが眠っている間に、地上の騒ぎが大きくなった」


 ガラスに背を付けて座っていたアクラムが、僕を見つけて言う。


「波に呑まれたみたいに、地上のものが水の底に流れ込んだ」

「……ツバキは?」

「あの狙撃手とは連絡が付かない」


 僕は壁から目を背け、駅のホームに置かれたベンチに向かう。

 そこに眠るシオは、僕の足音に気付いて、体を起こした。

 僕の姿を見ると大きく息を吐く。

 それから、エリオットと同じ形でまとめられていた髪を解く。


「上に戻るんでしょう?」

「ああ」

「何をしに?」

「決着を付けに」


 シオは軽く欠伸をすると、そのまま立ち上がって、大きく腕を伸ばす。

 何度か瞬きしてから目を見開くと、ベンチの下に置いていたリュックを背負った。


「君が付き合う義理は無いよ」

「あなたの命令を聞く義理もね。私の行く道は、私が決める」


 シオは足元の線路を見た。


「この場所は境界線上。戦う事も、撤退する事も、自由意思に委ねられている。命惜しさに、逃げたい気持ちもあるけど、それじゃ、気が済まない」


 そこから上を見上げる。


「今も地上では、生きる為に戦う人たちがいる。全てを知った人間として、その人達を、見捨てる事はしたくない」

「……後悔するかもよ?」

「やらない方が後悔する。あなたを見ていれば、それは分かるから」


 そして僕を見た。


「さっさと、この殺し合いを終わらせましょう」


 シオは僕に近づき、肩を掴むと、アクラムの方を向かせた。

 彼は表情を変えないまま折れた槍を手にし、エリオットは照れたような顔で頷く。

 一瞬、脳裏によぎったのは、その三人が死ぬ姿だ。

 全てが意のままにならず、あらゆる命が絶えた結末を、僕は一度経験している。

 全てを救うというサトリの理想が呆気なく砕けた、一つ前の戦い。

 それは繰り返されるかも知れない。

 だけど、


「なら、行こう」


 戦う意思を持つ事は、間違いじゃない。

 僕らは歩き出した。

 駅のホームから抜け出す手段は、三つ。 

 地上の三つの塔に設置された、三つのエレベーターだ。

 その内の一つは、戦いの中で壊れたが、他の二つは無事のまま。

 僕らは、エレベーターに乗り込み、地上を目指した。

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