第24話 4・1 彼女への告白

 心臓の音が聞こえる。

 そして感じるのが振動だ。

 静かな世界で、胸の鼓動は鼓膜と、そして体を震わせているのを感じた。

 夢を見ているのか、あるいは死後の世界か。

 有り得ないものを、僕は感じ取っている。


「生きてるんでしょう?」


 だけど、その声を聞いて、自分が生きている事を実感した。


「死んだフリして、人を心配させたいの?」


 僕はゆっくりと目を開ける。

 至近距離にシオの顔があった。

 顔だけじゃない。彼女と僕は、抱きついているような格好だ。

 そしてお互いに裸の状態。


「動いたら死ぬから。今、お互いの血管を繋げてる」

「……どうして?」

「無理矢理、血液を循環してるの。その役割は私が代行するしかない」

「……君に、僕は生かされているんだ」

「少しの間だけね。今、エリオットが臓器を造ってるから」

「……迷惑掛けてるね。僕に、そんな価値、あるのかな」


 シオは鼻で笑ってみせる。


「知った事じゃない。私達がハルキを救うと決めたの。あなたが私にしたようにね」

「……僕は、立派な人間じゃない。ただ、罪滅ぼしをしたかっただけだよ」

「どういう意味?」

「『一つ前の戦い』で、僕は、他の誰よりも人を殺した。本当の僕は英雄でも何でもない。姑息な暗殺者アサシンだ」

「……」

「生きる為に、手段は選ばなかった。目に映った相手を構わず殺し回ってた。……それは、僕が、この世界に呼び出される前と同じだ」

「……どんな世界に、あなたは生まれたの?」

「壊れてしまった世界だよ。残ったのは、強い者が生き残るだけと言うルールだ。そんな場所で僕は、小さな子と一緒に生活していた」

「うん」

「一番年上だっただから、汚れ役も僕の仕事だったんだ。食べ物を手に入れるには、人から奪うしかない。大人を殺すには、その背中に忍び寄って、心臓を潰すしかなかった」


 僕の掌には、濡れた血の温度が染みついている。

 そして、慣れ親しんだナイフの感触が、今はハッキリと思い出せる。


「だけど、その考えをこの島に持ち込んじゃ駄目だったんだ。ここに呼ばれたのは、与えられた運命に苦しむ、僕と同じ人たちだった」


 僕は震える。


「誰一人として、殺しちゃいけなかった。なのに、僕は自分が生きたいって欲望のために、みんなを……」


 シオはそこで、僕に口づけをする。

 時間にして、十秒ぐらいだ。


「落ち着いて。あなたは、まだ死にかけてる最中なんだから」

「……ごめん」

「謝る必要ないでしょう? あなたの気持ちは私も分かる。私は、『一つ前の戦い」での、あなたそのものだから」

「……シオ」

「生きる為ならどんな事でもする。そう思わなきゃ、気持ちが崩れそうだった。そんな弱い心は、私も同じ」


 僕は小さく首を横に振る。


「……だけど僕はサトリに会えた。殺し合いの戦場で、彼女は、全員を救い出そうとしていた」

「ハルキに似てる」

「逆だよ。僕が真似してたんだ。彼女に憧れていたから」


 全然及ばないけど。そう、小さく言ってみる。


「出会う人間を説得して、みんなを仲間にしていった。二十人は以上いたよ。その一人が僕。彼女を殺そうとして、失敗して、そして、許しをくれた」

「……それから、脱出路を探した?」

「ああ。みんなで島をくまなく調べてたよ。だけど、見つけられなかった。その結果、仲間割れが起きたんだ。脱出できなければ、生き残るのは一人だけだから」

「……そうだね」

「その混乱で、僕はサトリと離ればなれになった。そこからは、また怯えながら、出会う人間を殺して回った。彼女の望みを僕は貫けなかった」

「……うん」

「結局、最後まで残った二人が、僕とサトリだ」


 僕は小さく笑う。


「暗闇の森で、背後から忍び寄って、顔も知らない相手を刺し殺した。自分が殺した後に、それがサトリだと知ったんだ」

「そこで、あなたは……」

「自殺した。サトリの剣を自分の胸に突き刺して」

「……どうして?」

「彼女に勝利の権利を与えたかった。僕が先に死ねば、ルールは彼女を勝者にする」


 シオは、大きく息を吐いた。


「危険な賭。自分の命が無駄になるかもしれないのに」

「いや。サトリは救世主ソーテイラーだ。復活の宿命を与えられた英雄。殺されようと、彼女は一度きりの生還を約束づけられている。それが彼女の力、一度きりの復活魂を注がれる者

「彼女から聞いたの?」

「うん。自分の力を話すリスクを分かってて、みんなに伝えていた」

「……そう」


 僕は震えるように笑う。


「僕が生き残るべきじゃなかったんだ。たくさんの人を殺して、自分を救ってくれたサトリの命も奪った。ここに居るべきじゃないのに、僕はここに居る」


 シオは、そんな僕を見て、穏やかに笑う。


「忘れないで、私達はあなたが生きる事を望んでいる」

「……でも僕は」

「あなたは、過ちを知り、他の人間に、同じ失敗をさせないように戦い続けた。今の自分に出来る、精一杯をやってきた。それは、私が証明できるから」


 熱の篭もった吐息が、僕の頬に掛かる。


「それにね。あなたのおかげで、私は今も生きている。……会えて良かったって思ってるんだから、そう言う事、言わないで」


 その言葉を受けた僕の体は、ゆっくりと落ち着いて行く。

 興奮が去ると、疲れを思い出した。

 僕を目を閉じる。

 最後に見えたシオの笑顔を記憶に焼き付け、僕は意識を失うように眠りについた。

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