第21話 3・4 本当の自分を知る敵

「あいつ、全員、殺したのか……」


 死霊術士、エリオットは、能力者達が映るモニターを見て愕然とした。


「全員?」


 僕が問うと、エリオットは僕に対する反感を忘れたように驚きの瞳を向けてくる。


「塔の外に、ゾンビを配置してあった。でも、それも、全部、いない」

「塔の中には?」


 僕の疑問は、地上から響く騒音が答えてくれた。

 肉を砕くような音。

 それが終わったのは、十秒と経たない間だ。

 戦いの結果は、エリオットの蒼白の顔を見ていれば分かる。

 やがて、塔の中央に置かれたエレベーターが動き始めた。

 自動人形が、ここにやってこようとしている。


「エリオット、やっぱり、逃げた方がいい」

「逃げられるわけないだろ! 俺は、あいつの力を手に入れなきゃならないんだ!」

「死んだらどうしようもない!」

「どうだっていい! 力が無ければ、どこに居たって、居場所がない!」

「……エリオット」

「どんな奴にも、勝たなきゃ。じゃないと、俺は、バケモノのままだ」


 僕は歯を噛んだ。

 幼い彼を追い詰めるのは、自分の持った希有な力じゃない。

 その力を認められない、周囲の大人達だ。


「だったら、僕を解放しろ」

「いやだ」

「エリオット。狙われているのは、僕だ。僕が囮になって逃げ回れば、君には攻撃のチャンスが与えられる」

「そうやって、嘘ばっかり言って来たんだろ?」

「違う……!」

「俺は、お前みたいなオトナが、一番信じられない」


 エリオットは、壁際に配置させた鎧の怪物を見やった。

 全身の鎧を軋ませながら、怪物は動き出す。

 そして、壁となるように、エレベーターの扉の前に立ちふさがった。


「そこで見てろ」


 ジッと、扉を見つめながら、エリオットは言う。

 そう言わようと、見ているわけには行かなかった。

 このままでは、彼は死ぬ。それも確実にだ。

 力を取り戻した自動人形には勝てない。

 そうだ。彼女こそ、本物の勝利者なのだから。

 扉が開かれた。

 同時に、鎧の怪物が自動人形に襲いかかるが、その体は一瞬で滅多切りにされた。

 中身は肉の塊。

 ゾンビを鎧に詰め込んで、それを無理矢理動かしていた。


「……え」


 自動人形は、呆然と声を漏らすエリオットを見る。

 彼は腰が抜けたのか、そのまま地面に座り込んだ。

 剣を振って、こびり付いた血を払うと、自動人形はエリオットに向かおうとする。


「目的は、こっちだろ!」


 僕の叫びに、自動人形が止まった。

 彼女が僕に向かうのを見てから、僕はエリオットに告げる。


「エリオット。逃げろ。君は、生き延びろ」

「……なんで」

「死んで欲しくないからだよ。君は良い子だ。正しい事をしている」


 彼がどんな表情をしているかは確認できない。

 倒れる僕の目の前に、自動人形が立ちふさがった。

 彼女は再び、僕の首に手を当てる。


「……ハルキ……」


 再び、僕の名が呼ばれる。


「……どうして、まだ生きてる?……」


 彼女の声は、悲しんでいるように聞こえた。


「……どうして、あなたも私も死んでいないの……」


 僕は、疑問を共有するように頷く。


「……殺し合いは、一度、終わったはずなのに……」

「ああ。そうだね」


 息が切れそうになり、視界は薄れ行く。

 だけど、代わりに記憶は蘇りつつあった。

 彼女と話していると、思い出せる。

 彼女だけが知っているからだ、本当の僕を。


「僕が、君を殺したんだ。全てを終わらせたくて」


 僕の言葉に、自動人形は涙を流す。

 目元を包む鎖の間から、涙、いや、人形の体を動かす為のオイルが流れた。


「……裏切り者……」


 一瞬、力が弱まった。

 その瞬間、僕は手足の縛られた体を跳ねさせ、自動人形に体当たりする。

 倒れ込む二人。

 うつぶせになった僕に、エリオットが駆け寄る。

 彼は、メスを使い、僕を縛り付ける拘束を切り始める。


「本当に、何とか、できるんだろうな」

「君が協力してくれれば」

「……どうすればいいんだよ?」

「あの鎧は、どんな力を持っている?」


 エリオットは地面を見た。

 肉の詰まった鎧はバラバラにされていて、もう人型を作れそうにない。


「……電気信号で、筋肉を動かして、人間っぽい動きに見せかけているだけだ。能力者じゃなくて、死体の切れ端で作った、ゾンビもどき」

「僕の指示どおりに動かしてくれ」


 拘束が解かれると同時に、僕は跳ね起きる。

 自動人形は、すでに立ち上がっていた。

 僕はその体に体当たりする。

 容易く受け止められるが、注意を逸らすだけでいい。


「彼女をエレベーターの中に押し込め!」


 言うと、鎧の中に詰まっていた肉が、触手のように伸びた。

 それは自動人形を押し出し、エレベーター内に運び込む。


「自動人形、次に会うときは」


 死肉に飲み込まれて行く自動人形へ告げる。


「僕が、君に謝るときだ」


 扉が閉じる。

 触手は天井部分のメンテナンスハッチを突き破る。

 そして、ワイヤーロープを切り捨てた。

 支えを失ったエレベーターのカゴが、無抵抗に落下する。

 それは地上に辿り着くと、轟音を立てて、無残に潰れ果てた。

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