第20話 3・3 塔に隠された記憶

 鈍い振動が、僕の意識を覚醒させる。

 乾いた泥の付いた瞼を無理矢理開くと、自分を担ぐ何者かが見えた。

 何者なのか。

 それは見ても分からない。なにせ、相手は中世の騎士のように全身鎧を着ている。

 しかも、まともな人間のサイズではなかった。

 大の大人を二回り、三回りほど大きくした、怪物のような存在だ。

 そんな相手に持ち上げられ、どこかへ運ばれている。

 場所は、円形の空間だ。

 中心部にはガラスの壁で包まれたエレベータが置かれている。

 それを囲むように螺旋階段が壁に張り付いていた。

 それは、塔の内側らしい。

 遙か高い天井を目指し、鎧の怪物は、階段を上り続けていた。


「……」


 僕が意識を失ってから、どれだけの時間が経ったのだろう。

 頭を振ると、乾いた泥がパラパラと地面に落ちる。

 一時間、二時間という経過ではなさそうだった。

 僕は歯を噛みしめた。


「……くそ」


 みんなは今、どうなっている。

 僕は焦りに身体を震わせる。

 だが、手足は紐、いや、内臓の腸の様な物で縛り付けられていた。

 何の抵抗も出来ず、やがて最上階に運び込まれる。

 コンクリートで囲まれた無機質な空間。

 壁には監視室を思わせるような、モニターが備え付けられている。

 モニターの数は、百台。

 この島に呼び出された能力者と同じ数だ。

 その内、七十一台は、画面が消えている。

 そして残る二十九台には、能力者、本人の映像が映し出されていた。

 おそらく、それが生き残り。

 僕はシオ達の姿を探そうとしたが、そこでモニターの映像が消えた。


「もういいよ。降ろして」


 声が命じると、鎧の怪物は、僕の身体を地面に落とす。

 僕は、声の主を見上げた。

 リンよりも幼い。

 小学校の高学年ぐらいだろうか。

 薄い色合いのウェーブした長い茶髪に、切れ長の瞳。

 ワンピースタイプの学校制服に、黒いタイツをはいている。

 更にその上に、大人サイズの白衣を着て、ホルスター付きベルトでまとめていた。

 手には無造作にメスを握っている。


「あとは待ってて」


 そう告げると、全身鎧の人間が、壁際へと歩み出す。

 壁に背を突け、その場に直立不動になると、完全に装飾用鎧の様相になった。

 メスを持った子は、僕に近づく。

 人形のように整った顔は、美少女と呼ぶに相応しい。

 だけど、その子を女性とは感じなかった。


「君は、男の子?」

「良く気付いたな、お前」


 顔に似合わないぶっきらぼうな口調で言うと、僕の前にしゃがみ込む。

 スカートに慣れているらしく、膝の間に裾を挟み込んでいた。


「やっぱり、バカみたいに物知りだ。俺の事も、全部知ってるのか?」

「……分からないよ。君が、死霊術士と言う事以外は」


 彼は、正体を言い当てられても驚かなかった。

 代わりにメスを持ち上げると、僕の手を取り、皮膚を軽く裂く。

 流れ出た血を指ですくうと、彼はそれを舐め取った。


「本格的に変なヤツ。心臓が無いくせに、生きているなんて」

「え……」

「なに驚いてる。当然だろ? お前が死んでたなら、俺が操れたんだ」

「……」

「まあ、どっちだっていいよ。俺にとって、お前はエサでしかない」


 そこで、彼は僕から興味を失ったように立ち上がる。

 僕は倒れた姿勢から彼を見上げた。


「……僕の仲間は、どうなった?」

「教えない。教えても意味がないから」

「どうして?」

「言っただろ? エサって。お前はここで死ぬ」

「僕を殺して、ゾンビとして操るって意味?」

「俺が欲しいのはお前じゃない。自動人形だ」

「……どういう事かな?」

「だって、あの人形、お前を追ってるんだろ? ここのモニターで録画映像が見られるんだ。それだったら、ここにお前を置いておけば、向こうから勝手に来る」

「彼女をどうする気だ?」

「戦力にするに決まってるだろ。あれが一番、この島で強いんだから。内臓を与えて、封印を解いて、そのあと殺して、俺の仲間にする」

「……」

「あんたも言ってたんだろ? 能力者には天敵がいるって。自動人形にとって、死霊術士がそうだ。殺しても死なない相手でも、俺なら操れる。そして手に入れられる、本物の、不死の怪物を」


 壁に付いたモニターの一つが点灯する。

 自動人形の姿が映っていた。

 どこかに向かって歩いている。その視線の先には、塔がある。


「……止めた方がいい。危険すぎる」

「バカ。あの人形を放って置く方が、危ないだろ」

「いいや。そうじゃない。あれは……!」


 無いはずの心臓が、高鳴っていくような感覚。

 それは、記憶が呼び起こす錯覚だ。

 あの自動人形の目の前で、僕は、耐えがたいほどの緊張を味わった。

 緊張。いや、喪失だ。

 彼女に出会い、僕は心臓を失った。

 僕は、必死に冷静を努め、言う。


「……君も、失敗は出来ないだろう?」

「なにが?」

「自動人形を仲間にするという作戦だ。なら、準備は万全にしなきゃならない」

「どうしろって言うんだ?」

「……僕の映像を見せてくれ。僕が、記憶を失っている時期の物を。録画した映像があるんだろう?」

「お前に見せても、俺には何の得もない」

「あるよ。だって、生き残りたいんだろう、君は」


 そう問うと、少年は、心の繊細な部分を触られたように、震えた。


「だったら、敵となる相手の行動を、調べないと。どんな攻撃が来ても、対処できるように」

「……お前も、自動人形にやられたのか?」

「彼女は奪った内臓を自分の身体に取り込んでいる。僕の心臓も、そこにあるのかもしれない」


 少年はモニターを振り返った。

 消えた画面に、彼の顔が反射している。

 思い詰めたような顔だ。


「君の名前は?」

「……エリオット」

「帰る理由が、君にもあるの?」

「……パパとママが待っている」

「二人に会う為に、生きて帰りたいんだね」

「違う。パパとママの体が腐り落ちる前に、戻らなきゃならないんだ」

「……」

「俺が居なきゃ、二人はもう動けない」


 決意を込めたような目で、彼は一つのモニターに視線を向けた。

 電源が付いて、映像が流れる。

 僕の姿だ。

 先ほど、泥の手に捕まったときから、どんどんと巻き戻されて行く。

 アクラム。自動人形。ツバキに、再び自動人形。

 そしてシオとの邂逅。

 更に巻き戻ると、僕は、眠ったような状態でベッドに拘束されている。

 僕はジッと、自分の姿を凝視した。

 だが、それだけだった。

 僕の体は、この殺し合いが始まったと同時に、ベッドで眠っていた。

 誰も、僕には触れていない。


「嘘つきは嫌いだ」


 振り返るエリオットは、涙ぐんだ目で僕を睨み付ける。

 しかし、その目は、何かに気付いたように見開かれた。

 扉が開かれる音が、地上から聞こえる。

 僕はモニターを見た。

 そこには、血まみれの剣を手にした、自動人形の姿があった。

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