第19話 3・2 体から奪われていた三つ目

 滑走路に置かれていた死体は、五つ。

 その内、ゾンビとして蘇ったのは四人だ。

一人は、首が噛みちぎられており、動けていない。

 起き上がろうとする一人を、ツバキが矢で狙撃する。

 残るは三人。


「アクラム。彼らの能力は?」


 僕が聞くと、手を下したはずのアクラムは、槍を構えながら、渋い顔で首を振る。


「出される前に、先手で殺した」


 再度、ツバキの矢が放たれる。

 だが、不意打ちが効くのは一度だけだ、避けられ、急所には当たらない。

 ゾンビは、肩に刺さった矢を引き抜くと、手で握りしめる。

 魔法のように、矢は形を変えて行く。


「シオ。炎を!」


 僕のかけ声に素早く反応し、シオは作り上げられつつある物質を炎で炙る。

 金属と木材を材料に作られていたのは、爆弾だった。

 熱に晒され爆発し、作り上げられていた彼女ごと吹き飛んでいく。

 爆発は更に、残る二人をも飲み込んだ。


「やれたか?」

「まだだよ」


 アクラムに反論しながら、僕は炎の中から、こちらに突進する陰を見つける。

 先ほどまでは人型だった。

 それが今や、人狼ルー・ガルーだ。

 上半身は筋肉質な狼、下半身は人間。

 炎を巻き付かせながら、腐った身体の人狼は、僕らに迫り来る。

 僕は、折れて半分になった木の棒。アクラムは槍を構える。


「アクラム。援護を」

「いや、俺が出る」

「ダメだよ。僕は、生き残る為の戦力としては頼りない。リスクを背負わないと」


 僕は前に出た。

 人狼は爪を自らの意思で伸ばしながら、僕に襲いかかろうとする。

 いや、なんだ。

 その腕が、何か触れてはいけないものを感じたように止まった。

 すると、人狼は狙いをアクラムに変えた。


「ああ。そうだ。こっちに来い」


 爆発によって起きた炎が、その爪に宿っている。

 アクラムは、その爪をめがけて槍を突き出した。

 金属で出来た槍の穂先が、全く爪に効かない。

 それどころか、槍は絡め取られ、アクラムの武器が奪い取られた。

 だが、彼は慌てない。

 ちらりと視線を背けると、機を窺っていた狼に命令を下す。

 狼は背後から人狼に迫った。

 しかし、人狼は背後に目が付いているように、狼の襲撃に合わせて、振り返る。

 狼の身体に向けて、爪が振られる。

 その瞬間だ。

 狼の身体は泡となって分解し、その姿を、無数の蜂に変えた。

 蜂は、人狼に張り付くと、自分の身体が焼け付くにも構わず、針を突き立てる。

 千を越える蜂の針を突き刺され、人狼はそこで力尽きた。


「……終わったの?」


 シオが、惚けたような声で言う。


「終わってないよ。戦場のパワーバランスは、完全に狂わされた」

「……その、死霊術士のせいで?」

「ああ。今の死霊術士は、能力者を数十人単位で操っている」

「数十人? 正確な数は?」

「分からないよ。死霊術士が操れるのは、死んだ人間だけだから」

「今は、殺し合いが始まって二日目の昼だけど……」

「そうだね。シオの作った時間制限の半分が過ぎた。……最低でも半数が死んでいる、と考えないと」

「五十人……」

「それだけの人数が、組織だって動き出している。狙われたら、死ぬだけだ」


 シオは、信じられないように首を振っている。

 僕はリュックサックに呼びかけた。


「ツバキ。話は聞こえてたよね? 合流しよう。そっちの場所は?」

『ううん。私は、一人でいい』

「ダメだよ。今は、危険な状態で」

『だから残る。私は、ハルキ君から離れてた場所の方が、力になれる』

「……でも、ダメだよ」

『この方が、生き残る確率が高いよ?』


 諭されるような言葉。

 それを聞いて、僕は彼女が見ている事を信じて頷いた。


「じゃあ、お互い、生き残らないとね」

『うん。また、ハルキ君に会う為に』


 僕は顔を前に向ける。


「すぐに出よう。やっぱり、塔を避難場所にするしかない」


 僕ら三人は、空港を後にした。

 塔に続く道は、島の外周に向かう道だ。

 港に近く、人々が残した痕跡があちこちに見える。

 徐々に、緑よりも、人工物の方が多くなってきた。

 良くも悪くも視界が良いという事だ。

 歩いていても、どこかから上がる悲鳴が届く。


「騒がしくなってきたな」

「死霊術士が操ってるのは、能力者のゾンビだからね。自分が死ぬ事を恐れない。会った瞬間に襲われるよ」


 僕とアクラムの会話に、シオが混ざる。


「それだけ強力な力を持ってるのに、なんで、今まで使わなかったの?」

「駆け引き、って所だね」


 僕は、頭に浮かぶ死霊術士の情報を吐き出して行く。


「死体が増えれば増えるほど、死霊術士の力は強まる。でも、その死体の状態によっては、戦力にならなくなるんだよ」

「……そういえば、さっき、動かなかった死体があったけど」

「ああ。首に損傷があった。それと同じように、手や足が機能不全に陥っていれば、その死体は、戦いに向かなくなる」


 シオはそこで、驚いたように僕を見た。

 僕は回答を求められているのだと考え、続ける。


「つまり、死体を操る能力者がいる。ってバレたら、死体に細工されるんだ。手足を切り落とされたり……」

「ベッドに全身を縛り付けたり、ね」


 シオはそう言って、歩いていた足を止めた。

 僕も、その場で停止する。

 シオと視線を絡み合わせるが、彼女は、息を呑むように僕を見ていた。


「どういう意味だ?」


 アクラムは、周囲へ警戒を向けつつも、シオに尋ねる。


「ハルキは、鎖で体を拘束されていた。自分の頭に銃を突きつけた状態で」

「……ハルキが、死んでいるとでも言うのか?」

「さあね。でも、私は以前、彼が操られている、と言う可能性は考えた。殺し合いが行われている島で、彼は、人を助けるだなんて、常識外の行動をとり続けている」


 シオを攻めるような視線をアクラムが浮かべる。


「生き返った人間は、まともに考えているようには見えなかった。ハルキがヤツらと同じだと?」

「そうは見えない。だけど、さっきの戦いで、ゾンビになった能力者は、躊躇っていた。ハルキに攻撃する事を」


 シオは、あくまで僕から目を離さない。

 僕から発せられる感情、一つすら逃さないように。


「ハルキ。あなたも、気付いてたでしょう?」

「……ああ」

「それについて、あなたの考察は?」


 シオは、苦しげな表情で問い掛けてきた。


「……僕は」


 僕は、汗を掻いた手で、自分の胸に手を当てた。


「え……」


 動揺した僕の表情を見て、近づいてくる。

 そして彼女も、僕の胸に触れた。


「心臓の音が無い、か」


 シオは手を離した。

 愕然とするシオへ、僕は言う。


「シオ。言っただろう? 僕を信じられなくなれば、心臓を撃ち抜けばいいって」

「……」

「それが、今かも、しれない」


 狙いやすいようにと、一歩退くが、シオは僕の手を掴んだ。

 恐れを乗り越えるように、彼女は声を張る。


「私だって、言ったでしょう。信じるかを決める為に、あなたと一緒に行くって」

「……シオ」

「あなたは得体が知れない。だったら、確かめればいい。あなたは、自分の意思でここまで来たってね。死霊術士に会いさえすれば、それは……」


 シオの言葉が発せられる前に、足元が揺れた。

 何が起きたか考える前に、僕はシオの身体を突き飛ばす。

 彼女が居た場所、その地面から突き上げられたのは、手の形をした泥だ。

 それも、巨人の手。人一人を簡単に握りつぶせるぐらいの大きさを持っていた。

 泥の手は、こちらへ、その手のひらを見せる。

 そして、僕の身体を呆気なく包み込んだ。

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