第18話 3・1 リ・エスカレーション

 ツバキから、何者かの接近報告を受けた僕らは、アクラムの所へ戻った。

 彼もすでに気付いているらしい。

 槍を逆さに持って、その石突きに、召喚した鳥を止めている。


「ハルキ。この人間も、救ってみせるか?」

「ごめん。アクラムは、血を補給したいだろうけど」

「いいさ。俺の命運は、もうお前の物だ。だが、この相手は不気味だな。無警戒でこちらに近づいて来ている」


 シオが気付いたように言う。


「自動人形じゃないの?」

「その場合は、ツバキが気付いている。それと……」


 僕はガラスの向こうの空間を見やった。


「この一帯は、狙撃手の目で監視されていた。僕らを殺す為の仕掛けを揃える事も出来ない」

「……」


 シオも、アクラムも、押し黙る。

 二人は自然な動作で、お互いに目線を通わせた。

 が、そこで居心地を悪くしたシオは、そのまま目を背ける。

 アクラムは、一息ついてから僕を見た。


「虫で囲うか? それなら相手を拘束できる」

「いや。敵対するような真似はしたくない。それじゃあ、説得が難しくなるから」

「……なら、どう出ると?」

「僕が行く。実際に見て確かめるしかない」


 アクラムはこちらの言葉を飲み込むように、目を閉じる。


「シオも、ここで待ってて」

「今の私は、誰にとっても脅威じゃないけど? 何の力も無いんだし、着いていっても、敵を驚かせない」

「交渉が通じる相手かどうかも分からないから」

「……一応言っておくけど、私は、あなたの言う事を聞く義理はないからね」

「うん。もしもの時は、君に頼るよ」

「……なにそれ」

「何かあれば、僕よりも先に君が気付く」


 シオは黙って、腕を組んだ。

 僕は空港、ターミナルビルの入り口を出た。

 扉まで付いてきてくれたシオを置いて、一人、滑走路に足を踏み入れる。

 背中に背負ったリュックから、ツバキの声。


『ターゲットは、空港内に入り込んだ。滑走路を歩いている』

「様子は?」

『私からは背中しか見えない。でも、なにか、頭に被ってる』

「ヘルメットとか?」

『葉っぱ。大きな腐った葉を、頭の全部に巻き付けてる』

「……」

『狙撃していい? 急所、外すから』

「ギリギリまで抑えて。相手の出方が分かるまで、手を出すべきじゃない」

『……うん』


 ツバキは応えるが、弓の弦を引き絞る音が伝わってくる。

 彼女の緊張感がその音だけで分かった。

 だけど、ツバキは、狙撃手としての素質を満たした人だ。

 冷静さも、その武器の一つ。

 それを乱すほどの相手。だとしたら、どんな力を持っている?


「……」


 『狙撃手』『怖がる相手』

 と、自分の頭に検索を掛けるが、思い浮かぶ物はない

 そして、その相手を目の前に迎える。

 頭部は、ツバキの言う通り、腐った葉でグルグルに覆われている。

 五感が遮られるように、目も鼻も口も耳も覆われているのだ、

 それに服も汚れきっており、匂いがキツい。


「何か、用かな?」


 声を掛けても、返事がない。

 代わりに近づいてくる。

 僕はじっと待った。彼が、何か反応してくれるのを。

 だが、それよりも先に、背後から叫び声が上がる。


「やって、ツバキ!」


 駆け寄ってきているシオだ。その声にワンテンポ遅れて、矢が放たれた。

 それは顔を覆われた彼の太ももに突き刺さる。

 でも、何の反応もない。


「ハルキ、さっさと殺せ! そいつは……!」

「殺せって、だけど……」

「違う。そいつはもう、とっくに死んでる!」


 僕は反射的に、リュックに突っ込んでおいた木材を抜き取った。

 掴みかかろうとする彼の、その横面を弾く。

 だが、手に返ってきたのはグチャリとした感触だ。

 その衝撃に、顔に巻かれていた葉が、払い落とされる。

 現れた顔。


連続殺人鬼シリアルキラー……」


 シオの言葉通りだ。

 僕らが初日に襲われた相手。

 自動人形に腹を突き破られ、間違いなく死んだ能力者。

 それが、腐りかけた体を操り、僕に襲いかかる。


「く……!」


 棒を振って、伸びる腕を叩こうとするが、それは呆気なく彼の手で折られた。

 そうだ。連続殺人鬼の能力は、シンプルな能力強化。

 まともに戦えば、僕が勝てる相手じゃない。

 シオが銃を構え、ツバキが弦を引く。

 だが、間に合いそうにない。連続殺人鬼の腕が、僕の心臓にめがけて伸びる。


「死者には、穏やかな死を。それが敬意だろ?」


 声に合わせて、一匹の狼が連続殺人鬼に飛びかかる。

 喉元を噛みきり、よろけた身体。

 その心臓に、投げ付けられた槍が突き刺さった。

 連続殺人鬼は倒れ込む。

 狼は口を使って槍を引き抜くと、引きずり、主であるアクラムの元へ向かう。


「ハルキ。無事か?」

「ああ。だけど、マズいね、これは……」

「どういう事だ?」

「殺し合いは、中盤戦を通り過ぎた。つまり、これまで身を隠していた能力者が前に出る時間帯って事だよ」

「……」

「能力には色々ある。けど、どの力にも、リスクとリターンが備わってるんだ。シオが良い例だよ。賢者の力は、時間が経たなければ使えない代わりに、決定力はナンバーワンだ」


 僕は空港のターミナルビルを振り返る。


「この相手も、シオと同じ、スロー・スターター。前半戦は戦闘力が低く、生存が難しい。だけど、そこさえ乗り切れば、後半戦にため込んだ力を存分に発揮できる。ハイリスク・ハイリターンの賭けに勝利した結果は、他者を圧倒する力の行使だ」

「何者だ?」


 そう問いかけるアクラムの背中で、影が蠢く。


死霊術士ネクロマンサー


 滑走路に置かれていた死体が、蘇る。

 その生ける屍を見つめながら、僕は言った。


「『百人戦争の再来リ・エスカレーシヨン』。死者を蘇らせる力。つまり、死んだはずの能力者との戦いが、もう一度始まるんだよ」

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