第17話 2・9 近づきつつある何か
「役割を見誤った、と言う事か」
柱に貼り付けにされた召喚士は、呆れたように言う。
そして、シオと僕を見比べた。
「彼女がこなしたのは、『演出家』だった。お前が、剣に雷を込める能力者であるように見せかけたんだ」
「……彼は、アドリブが過ぎるけどね。『これから嘘をつくから、それに合わせろ』って、指示だけ出したんだから」
「シオならやってくれると思って」
呆れと疲れを見せるシオに、僕は申し訳なさそうに笑う。
召喚士の彼も、似たような顔で苦笑した。
「そして、『真打ち』は、狙撃手か」
「あなたは元々それを警戒していた。室内を暗闇にしたのは、外から中を探られないようにする為でしょう?」
「あの一瞬、それを忘れたよ。……自分を守るはずの壁を、盾に変えてしまった」
「光る剣って、強そうに見えるから」
僕は言いながら、彼に近づくと、着物に突き刺さった矢を抜いていく。
まだ体に電気が残っているのか、触れると、パチンと音がする。
「大したヤツだな。能力が無い、と言う欠点すら、駆け引きに使った」
「一度きりのハッタリだけどね」
「俺を、どうする気だ?」
「僕の目的は知っているんでしょう? なら、答えを聞かせて欲しい」
「……本気で、この戦いから逃れるつもりか?」
「ああ。本気だ」
全ての矢を抜き放ち、僕は、彼に向けて槍を差しだした。
「僕らと来て欲しい。一緒に、生き残る為に」
彼は槍を受け取ると、首を横に振る。
「仲間になる気はない」
そして、その場に片膝をついた。
「だが、お前に仕えるという許しを得られるのなら、共に行こう」
「……僕は、そんな大層な人間じゃないけど」
「戦えば、相手が何に命を懸けているのか、それが分かると言っただろう? お前は英雄だよ。ハルキ」
「……どうかな」
「少なくとも、本気で、英雄になろうとしている。どうせ命を懸けるなら、そんな人間の為に尽くすべきだろ?」
彼の眼差しもまた、本気だった。
僕は手を差しだした。彼はその手を握りしめると、そのまま立ち上がる。
「召喚士アクラム・アトラだ。この力を好きに使ってくれ」
「ありがとう」
僕は言って、シオを見た。
「シオは、構わない?」
「あなたのお好きにどうぞ」
彼女は僕らから少し距離を置いた場所で、素っ気ない態度を見せた。
とりあえず、何とかなった。
が、安堵もしていられない。ここはまだ、旅の途中だ。
「アクラム。一応聞いておくけど、ここの飛行場から逃げるのは……」
「無理だな」
「……だよね」
「同じく海もダメだ。港は破壊されていたし、それ以前に海に出るのは危険だろう」
「どうして?」
「海からも、あらゆる命が消えている。滅菌されたようにな」
「そこも、ゲームの主催者の手の内か……」
「ああ。この島も、細菌やウィルスといったレベルで存在が消去されている」
イレギュラーを防ぐため。だろう。
この島には、あらゆる世界から、能力者が集められている。
それならば、各々が、その世界由来の病気を持っていておかしくはない。
でも、外的要因を排除し、あくまで戦いによって勝者を決めようとしている。
アクラムはジッと僕を見た。
「ハルキ、俺は、世界を渡る者だ」
「……」
「これまで、多くの世界を見てきた。俺が呼び出せるのは、そこで知った生物たちだ。ある一つの世界では、伝説と言われたような生き物も、もう一つの世界では、当たり前のように存在している」
「うん」
「原始的な暮らしをしている世界もあれば、未来の果てとしか思えないほど、文明が進んだ世界もある。だが……」
アクラムが眉をひそめる。
「ここまで、人の手によって制御された場所は、見た事がない」
僕は一息ついた。
「ハルキ。この島を動かす力が、科学か魔法かは分からない。だが、それは神のような力と言える。そんな相手を、出し抜く事は出来るのか?」
「出来るかどうか、じゃないね。やらなきゃ死ぬんだよ」
彼の目を見返す。
アクラムは、そこで力を抜いた。
「なら、抗うか」
彼は背後を振り返る。
「手荷物検査場に、武器と物資が置いてある。好きなものを使ってくれ」
「うん。助かる」
僕がリュックを手にして歩き出すと、シオが早足で寄ってくる。
「……彼は、信用できそう?」
「僕よりは、大丈夫そうじゃないかな?」
笑ってみせると、シオは呆れたように僕の肩を叩いた。
「それで……。体は平気?」
「大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」
と言って、恐る恐るシオを振り向く。
気遣い、だと思うが、距離を詰めてしまうと、シオを不快にさせてしまうかも。
「私のやった事なんだから、心配するし、気も遣うし、無事なら、安心する」
気の抜けたような表情で言った彼女。
ホッとしていると、シオは、そこで念を押すように告げる。
「ただ、さっき自分で言ったように、ハルキが一番の不審者なのは変わりないから」
「……確かに」
シオは、すぐにそっぽを向くと、僕を置いて検査場に向かった。
僕も足を早めたる。
シオは、手荷物検査場に置かれていた中で、まず武器を手にした。
その中で、大型の拳銃を掴み取る。
取り回しの悪そうなそれを、何とか扱ってみようと、構えたりしていた。
そんな彼女とは対照的に、僕は迷わず、一つの得物を手にする。
シオは、イヤそうに言う。
「……何それ」
「木の棒」
「地面に落ちてるんだから、武器じゃなくて、ゴミでしょう?」
「まだ使えるよ」
清掃用具の柄にも見えるそれは、腕と同じ長さほどだ。
「そんな物で戦えるの?」
「これが身の丈だよ。他の物じゃ、武器に振り回される」
シオはため息をつくと、手にした拳銃を交換し、一番小型の物を手にした。
そして、リュックに医薬品を詰めていると、鏃から声がした。
ツバキだ。
『空港に、誰か近づいている』
「距離は?」
『一キロを切った。でも、動きがおかしい。フラフラしてる』
「怪我人かな?」
『……』
「ツバキ?」
『確認、出来てない。なのに、変な事言って、ハルキ君を困らせたくないけど……』
黙って彼女の言葉を待つ。
『警戒して。何か、有り得ない事が起きようとしている』
その声は怯えていた。
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