第16話 2・8 対・召喚士戦

 闇の中で、息づかいが聞こえる。

 それは緊張したシオの吐息だ。

 召喚士の彼の音は、何も聞こえない。

 もちろん僕も、呼吸を押し殺し、居場所がバレないようにする。


「出し惜しみしたら、すぐ死ぬぞ」


 彼は何かを蹴り飛ばした。

 キャリーバッグだ。

 それは床を滑り、同じように投げ出された、他のキャリーバッグを弾く。

 まるでビリヤード。空間のあちこちで、何かが弾かれている。

 そんな音に紛れ込み、僕に迫る足音。

 僕は雑音に惑わされず、やってくる驚異に向けて剣を振る。

 手応えは重い。

 僕の氷の剣は、彼の投げ出したボストンバッグに突き刺さった。

 すると、ガラスの天井や壁に張り付いていたコウモリが、一斉に飛び立つ。

 一気に明るくなった室内で、彼は、僕に向けて槍を突き出していた。

 僕は氷の剣を投げ捨てる。

 そして、左手を使い、自分の喉を貫こうとする槍の柄を掴み取った。


「武器を捨てるとは、思い切りが良い」

「……く」

「だが、それじゃ勝てない」


 彼は槍を振り、僕の手を振り払う。

 そして焦る事なく、再びコウモリを操ると、室内を暗闇に戻した。


「そろそろ、自分の力を見せたらどうだ? イレギュラー?」

「だから、忘れてるんだって」


 言いながら僕は、目を瞬かせた。

 この闇の中では、当然、投げ捨てた剣の場所も分からない。

 次の一撃は、受け止められないだろう。


「ならどうする? 諦めるか?」

「それはないよ。僕には、やるべき事がある」

「何の力も無いというのに、か?」

「ああ。命を投げ出す覚悟があれば、可能性はそれなりに広がる」


 僕は、冷め切った声を放った。

 彼は僕の本気を感じ取ったか、槍を回し、風を切る。


「来い。僕を殺しに」


 ピタリと音が止んだ。

 続いて、地面を踏み込む音。

 最短距離で、彼は、僕に向かっている。

 僕は、その音に向けて踏み込んだ。

 避けるのは無理。だが、


「急所さえ外せば、生き残る可能性はある……。とでも、思ってるんでしょう?」


 僕の思いを言い当てたのは、シオだ。

 彼女は床に炎を生み出す。

 バッグの中から出た衣服が燃えさかり、空間を照らし出した。

 その炎が、意思を持ったように、召喚士へ襲いかかる。

 が、それも槍の一振りによって断ち切られる。

 微かに残る炎が照らし出す室内で、彼は槍の切っ先を、シオに向ける。


「邪魔をするか? 賢者の少女」

「ええ」

「ならば、君も、誰かを救うという、彼の理想に賛成していると?」

「するわけ無いでしょう? こんな、無鉄砲な人間」


 召喚士に言い捨てた彼女は、戦うように視線を鋭くする。


「私は、彼となれ合う気はない。だけどね、舐められる気もない」


 シオは僕を見る。


「私やツバキは、あなたに救われた。だから、あなたに返すだけの義理はあるの。助けてくれと言われれば、手を差しのばす準備は出来ているのに、一人で全部抱え込む姿を見ていると、イライラする」

「……シオ」

「成り行きはどうあれ、私達は仲間として動いている。だったら、信用しろって事。そうすれば、あなたの可能性は、もっと広がるはずでしょう?」


 シオは足元に転がる氷の剣を拾い上げた。


「ハルキ。私という駒を、使いこなしてみせろ」


 僕の名を呼び、彼女は託すように、剣を僕に投げる。

 それを受け取った僕は、大きく息を吸った。


「シオ。なら、君に望む事は一つだけだ」

「なに?」

「いつも通りで頼むよ。僕を、どこまでも疑ってくれ」


 シオは、口元を僅かに笑わせた。

 炎が消え、暗闇が戻る。

 召喚士の彼は、僕らを試すように言う。


「話し合いは終わったか?」

「いいや、終わったのは悩みかな?」

「悩み?」

「受け容れて貰えた。それなら、僕はもう、能力を隠さなくて済む」


 パチンと、音が鳴った。

 それは僕の持つ氷の剣から発している。


「僕の力を見せなかった理由は一つ。他人を怖がらせるからだよ。触れるだけで相手を傷付けるような能力者になんて、誰も近寄ってくれない」


 氷の剣に、電流が走る。

 まるで雷を刀身に閉じ込めたようだ。

 その刃を床にたたき付けると、火花と共に雷が地面を走った。

 それは、放射状に広がると、部屋全体へ行き渡る。

 天井からぶら下がる案内板が、電撃を受けて光り輝く。

 柱の電子看板や、人の消えた店舗のライト。

 あらゆるものに、光が灯される。

 僕は、その空間で最もまばゆく輝く氷の剣を構えた。


「ごめんシオ。力が使えることを黙ってて」


 彼女は何も言わない。

 ただ集中するように、僕と、召喚士の彼の間合いを見定めている。

 彼は槍を構えた。

 目論見が外れたように、眉間に皺を寄せながら僕を見る。


「なんなんだ、お前の能力は」

「『一瞬の閃光』だよ」


 雷は僕の全身を伝い、掻いた汗を弾けさせる。

 口の中に溜まる唾液も電気が篭もり、パチパチとした刺激が生まれる。


「動かない方がいい。当たり所を僅かでも外せば、あなたは無事でいられない」

「そんな脅しが、通用するか……!」

「脅しだったら良かったんだけどね。ヘタに使えば、相手を殺してしまうから、この力は、使わなかったんだ」


 僕は、一歩を踏み出す。

 足下のキャリーバッグが電撃を受け、蓋が弾け飛ぶ。

 全身が破壊的なエネルギーに包まれた。

 眼球の水分が蒸発し、体中の血液が、沸騰したかのように暑くなる。

 僕は、電気をまといながら走り出した。


「避けたら死ぬよ」


 自爆テロでもやりかねない、そんな僕の突進。

 彼は、耐えきれないように叫んだ。


「くっ……!」


 歯を噛みしめ、空を見る召喚士。


「そおっ!」


 ガラスを覆っていたコウモリが、一瞬にして泡となって消えた。

 代わりに現れたのは、。濡れるように艶やかで、宝石のような輝きを持つ鱗。

 天井を突き破りながら現れるのは、召喚された竜の前腕だ。

 彼の選択は、防御。

 僕を殺す事ではなく、自分を守る為に、能力を使った。


「これで……!」


 僕は雷を宿す、氷の剣を振う。

 その一撃は、竜の鱗に衝突すると、呆気なく破壊をもたらす。

 そう。壊れたのは、氷の剣だ。


「僕らの勝ちだろ!」


 その声に応えたのは、彼でも、シオでもない。


『うん』


 リュックの中の矢から響くのは、幼くも凜々しいツバキの声。


『次は、私がハルキ君のヒーローになる』


 声と同時に、矢が、ガラス壁を突き破る。

 無数の矢。それが狙うのは、召喚士の彼の着物だ。

 衣を突き破り、その勢いのまま、その体を、柱へ叩き付ける。

 足下に槍が転がり、竜の腕は姿を消す。

 僕は槍を拾い上げ、昆虫標本のように矢で貼り付けにされた召喚士の前に立った。


「お前……」

「言い忘れてたけど。僕は、命を救うために手段を選ぶ気はない。だから、いくらでも嘘を吐くんだよ」


 愕然とする彼を前に、僕は疲れを押し殺し、笑った。

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