第15話 2・7 覚悟の証明

 召喚士が操る鳥に導かれ、辿り着いたのは空港だった。

 それは恐らく、この島で最も大きな施設だ。

 滑走路は全長二キロ近く。マラソンのトラックのように、敷地内をぐるりと回る。

 そして隣接するのが、平屋で、全面ガラス張りのターミナルビル。

 二羽の小鳥は、そのビルに向けて飛び立って行く。


「シオ。ここは隠れる場所がない。何かあっても逃げるのは難しいだろうね」

「……何が言いたいの?」

「覚悟は出来た?」

「無駄な質問はしないで。私だって、命懸けで来てる」


 シオはいつも以上に苛立った様子だ。


「あなたに気を遣われてるだけじゃないの。……私も、ツバキもね」


 彼女は錆び付き、倒れ込んだフェンスを乗り越える。

 そこで、異変が起こった。

 僕らが滑走路に足を踏み入れるのと同時に、空港の全体から音が鳴り響く。

 背後を振り返ると、真っ黒な渦が見える。

 竜巻のようにも見えるそれは、何千万という数の羽虫だった。

 羽虫はあっという間に散らばると、空港そのものを包む。

 羽虫が作り上げたのは、ドームだ。

 空も地上も、虫に埋め尽くされ、あらゆる方向から羽音が響き渡る。


「狙撃が封じられたね」

「それと、逃げ道もでしょう?」


 すっかり暗くなった空間を、シオは歩き出す。

 滑走路を進んで行くと、あちこちに死体が転がっているのが確認できる。

 シオは、干涸らびたような骸を見て、小さく呟いた。


「ここ、召喚士の拠点なの?」

「そうなのかもね。飛行機のある世界の人間で、空から逃げ出そうとするなら、この空港を目指す。激戦区の一つかもしれない」


 だが、この空港の機能は失われていた。

 滑走路に置かれた旅客機。

 開いた扉から中を見ると、内部は不時着後の光景だった。

 中には大量の荷物が残されたまま。

 緊急用のマスクが天井からぶら下がり、かつての混乱を表している。

 管制塔を見ても、窓はひび割れ、内部で繁殖している植物が顔を出している。

 僕は言う。


「でも、これじゃ、飛行機で島を抜け出すのは無理だ」

「あなた、それを分かってたんでしょう? どこを目指すかを聞かれて、空の逃げ場を否定した。空が飛べないって事実を、分かってたんじゃない?」

「……かも、しれない」


 いつも通り、曖昧な記憶だと、シオに嫌がられるかも。

 そう思ったが、彼女は平然としていた。


「イヤじゃないの? 嘘かホントか、分からない事言って」

「しょうがないでしょう。あなた、それ以上の事、知らないって言うんだから」

「……ちょっとは、信用されてきた?」

「慣れた方が良いって思っただけ。あなたの胡散臭さにね」


 ため息交じりの返答をしてから、シオは前方に向き直る。

 ターミナルビルは、もう、目の前だ


「それじゃ、行こうか」


 僕は入り口の自動ドアに近づいた。

 給電されてない。手で無理矢理開けて、中に入る。

 天井もまた、格子状の金属が張り巡らされた、ガラス張りだ。

 明かりは、日差しだけ。

 つり下げられた電光掲示板は、光が灯らない。

 柱に備え付けの電子看板も、今は黒く染まるだけ。

 旅行各社の受付カウンターに、壁際に立ち並ぶ店舗。

 全てが、役目を終えたように静まりかえっている。


「何が起こったんだろうな、ここで。そして、何が起きているんだろうな、今、この島に」


 それを語ったのは、一人の男性だった。

 地面には、旅行者が使うキャリーバッグが何十と転がっている。

 その一つを、椅子代わりにして、彼は座っていた。

 三十路ほどの男だった。

 若く、筋肉質な体。

 力に満ちあふれた肢体とは裏腹に、瞳は隠者のように、冷めている。

 服装は着物に似ていた。

 だが、それは民族衣装という範疇に入る物だろう。

 ゆったりとした袖や裾には青く輝く刺繍。

 水をまとうような優美な動きで、彼は立ち上がる。


「イレギュラーの少年。お前だけは、それを知っているというのか?」


 彼は手にした槍の石突きで、地面を叩いた。


「僕の情報が欲しいというのか?」

「正確に言えば、確信だ。お前という人間を信じられなければ、どんな言葉にも意味はない」

「あなたは、何を求めている?」

「分かっているだろう? 歴戦の者なら、俺が何をやろうとしているのか」

「……」


 僕はリュックをその場に下ろした。

 そして、中から不溶の氷で出来た剣を取り出す。

 剣の形に加工できたのは、二本だけ。これが僕にとって最後の武器だ。

 僕の構えを見て、彼は言う。


「そうだ。俺は、お前が、本物であるかどうかを確かめたい」

「殺し合いで、それが分かるとでも?」

「分かるさ。戦いの中なら、相手が、何に命を懸けているかを」


 彼は、再度、石突きを床に置く。

 透き通る音が室内に響き渡ると、遅れて、どこからか羽音が聞こえた。

 虫の物から、鳥のような羽ばたきに変わる。

 空港を覆っていた虫が、コウモリへと変化していた。

 そのコウモリが、ガラス張りの天井や壁に張り付き、室内を暗闇に染める。


「正々堂々とは行かないようだけど?」

「自分の持つ全力で戦う。戦いとはそう言うものだろ? お前も、好きに力を使えばいいさ」


 完全な暗闇となったビルの中。

 そこで、戦いは始まった。

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