第14話 2・6 キリング・フィールド・プレイング・マニュアル


 傷を負ったグリフォンは、いきり立ったように僕を見る。

 対照的に、僕は凍てつく程に、心を落ち着けた。


「シオは、魔法が使えるんだろう?」

「え……」

「どんな種類がある?」


 戦いの速度について行けてないように、シオは戸惑いつつ告げる。


「……魔方陣に力を集中させてるから、今、大したものは扱えない。炎を出したり、風を吹かせたり。正直、手品レベル」

「十分だよ」


 僕はリュックから、懐中電灯を取り出した。充電式のライトだ。


「僕が合図したら、これに熱を与えて」

「どうなるの?」

「バッテリーが爆発する」

「それで、アレを倒せるって?」

「条件付きでね」

「条件って……」


 シオは最後まで訊けなかった。

 グリフォンが再び、僕をめがけて飛び込もうとする。

 僕は再び前傾姿勢を取るが、相手も学習しているのか、今度は姿勢が低い。

 向こうが選んだ凶器は、牙だ。

 唾液と血を滴らせながら、グリフォンは僕をめがけて口を開いた。


「流石に、駆け引きで、獣に負けるわけにはいかない」


 僕は背負ったリュックから、一本の得物を引き抜いた。

 剣のようなシルエットを取るが、それは金属でも木材でもない。

 シオが作り出した氷柱から削り取った、溶けずの氷で出来た剣だ。

 透明な軌跡を振り、グリフォンの舌を貫いてみせる。

 グリフォンは、その痛みに構わず、氷ごと僕を噛み砕こうとする。

 だが、僕は敢えて腕をその口内に付きだし、剣をつっかい棒にする。

 パキバキとひび割れる音がするが、氷は砕けない。

 グリフォンの顎が開いた状態で固定し、僕はその中にライトを放り込んだ。


「シオ」


 飲み込まれたライトは、シオの魔法によって爆発した。

 体内からの衝撃には耐えきれず、グリフォンはその場に崩れ落ちる。

 僕は、一息ついた。


「何とか、なった」

「……じゃないでしょう!」


 シオが、焦燥したような顔で叫ぶ。


「余裕あると思ったら完全に綱渡り。あの氷が砕けてたら、腕を食いちぎられてた」

「腕一本で生き残れるなら、上出来だから」


 僕は本心からそう言った。

 声を失うシオに向けて、続ける。


「出し惜しみしたら、そこで終わりだ。自分が出せる全力を差し出さなきゃ、死ぬだけだよ」

「分かるけど、でもね……!」


 シオは何か言おうとするが、ブレーキを踏みしめるように、そこで言葉を止めた。

 頭に血が上ったような顔で、彼女は俯く。


「見てる方が心配。って、ことでしょ?」


 ツバキが呟くと、シオは、ハッとして顔を上げた。


「無事で安心した。そう言えば良いだけなのに」


 図星なのか、シオは居心地悪そうに口元を歪めた。

 僕は二人の顔を見た。

 心配してもらってた。その事に、今更気付く。


「そっか、ごめん」

「……」


 シオは黙ったまま僕を見るが、悩ましげな顔で、プイとそっぽを向いた。

 彼女はそのまま、グリフォンの元に歩いて行く。

 息を吐き出す勢いでしゃがみ込み、検死でもするように、死体に触れる。

 怒らせてしまったかも。

 と、申し訳ない気持ちでその動作を見ていると、ツバキが横に立つ。


「ハルキ君、戦い慣れてるね」

「慣れてるというか、無茶してるというか、だよね。シオにも怒られたし」

「でも、そういうのが正しい」


 ツバキは、幼い顔付きに、戦士としての視線を浮かべる。


「この島で死ぬのは、弱い人じゃなくて、戦い方を知らない人。どれだけ強力な力があっても、切り札の出し方を間違えたら、簡単に死ぬ」

「……それが、狙撃手として見てきた、この島の戦い?」

「うん。だから、戦いを見れば、その人がどれだけこの島で戦ってきたか、分かる」


 ツバキはシオを見ながら言う。


「カードのゲームで例える。ダメなのは、もったいぶって、手持ちのカードを場に出せない人」


 シオは、自分が言われているような気がしたのか、少し背中を震わせた。


「普通なのは、カードを出して、相手と競える人」

「……それから?」

「強いのは、カードを出す前に、相手と自分の力の相性を計って、戦うか逃げるか、

考える人」


 ツバキは僕を見る。


「ハルキ君はそれ以上。盤上に出された相手のカードをひっくり返して、無力化する。だから、相手を殺そうとすれば、簡単に出来る」

「……」

「能力者同士の戦いの経験値で言えば、確実に一番。他の誰よりも、戦いをこなしているって、そう見える」

「……僕が戦ったのは、四人だけだよ。シオを入れても、五人」

「その十倍以上、この島で戦ってる感じ」


 それもまた、有り得ないし、起こりえない事だ。

 自分の事とはいえ、相変わらず、得体が知れない。

 戸惑う僕を、ツバキはじっと見てた。

 困ったように笑う。


「僕が怖い?」

「ハルキ君はハルキ君だから。私のヒーローだから」


 その、真っ直ぐな視線に射貫かれたような気がした。

 喜びと、そして動揺がない交ぜになる。

 自分がツバキに信じられるに相応しい人間か、僕は、それもまた分かっていない。


「この怪物の体は、どこも頑丈」


 シオが腰を上げた。


「まともにやり合ったら、勝ち目はない。さっきのあれ。爆発物? まだあるの?」


 シオの質問を聞いた僕は、立てた人差し指を口元に寄せて、首を振った。

 その横で、ツバキは、彼女をジト目で見る。

 シオは呆れたように肩をすくめた。


「私が悪かった。……敵がどこでこっちの話を聞いてるかも分からない状況で、こっちの手の内を晒すな。って意味でしょう?」

「そうだね。今、僕らは情報戦の最中に居る」


 僕は周りを見た。

 気配はない。だが、相手は僕らの位置を把握していた。

 今も、恐らくこちらを観察しているだろう。

 僕は、誰に言うともなく語り始めた。


「シオは、その怪物がまた来る事を警戒してたけど、それは大丈夫だよ。召喚士は、生物を喚びだして従える。でも、それは無尽蔵じゃない」


 シオは地面を見た。

 そこには、グリフォンの血液が微かに散っている。


「代償に人間の血液が必要なんだよ。人一人当たり、血の量は、体重の八パーセント。大体4から5リットル。自身を除く九十九人分。それが、この島に存在する最大値だ」


 ツバキは平気で聞いているが、シオは驚いた表情だ。

 彼女の世界では、医療の知識が僕らとは異なっているのかも知れない。


「強力な生物を呼び出すには、相応の血液量が要る。今戦った怪物も、もちろん、それ内の代償が必要だろうね」

「……つまり、相手は、この怪物を、もう一匹呼び出せるだけの血が無い?」

「もし出来るのなら、ツバキを倒しに向かった。弓が効かず、翼で空も飛べる。狙撃手に対抗出来るだけの力だよ」

「それをしなかったというのは……」

「昨日の時点では、怪物を従えられなかった。だから、昨日の夕方から、今日の朝に掛けて、収集した血液で、怪物を喚んだ」


 言い終えても、世界は静かだ。

 相手の反応が分からない。

 悩んでいるのか、それともこちらの計算違いを嗤っているのか。

 僕は言う。


「召喚士の強みは柔軟性だ。相手の能力を見て、それに対抗する為の生物を呼び出せる。適材適所をこなせば、どんな敵にも不利は付かない」


 空や、木々の間に意識を集中させながら続ける。


「逆に弱みは、リソース管理の難しさ。相手の力を読み違えて、喚びだした生物を失えば、それまで。一つの判断ミスが、致命的な戦力ダウンを呼び起こす」


 僕は倒れたグリフォンを見た。


「今、僕らが倒した怪物も、恐らく五人分の血液が使われている。それを失ったのは、相当のダメージだろうね。……だけど、その弱みにつけ込む気はない。交渉の余地はあるよ」


 そこで僕は言葉を止めた。

 無音。何のリアクションも見えない。

 ダメか。と、思ったその時、空から小さな小鳥がやってくる。

 黒と白の二羽は、それぞれの髪の色をした、僕とシオの前に着地した。


「案内してくれるみたいだね。ツバキ以外は」


 ツバキは、木を見た。

 黄金色の小鳥が高みから自分を見下ろしているのを確認すると、彼女は言う。


「私、ここで待ってる?」

「そうだね。安全な場所に居て欲しい」


 うん。と頷いたツバキは、その際に、何かを示すように地面を見た。

 僕は彼女の意図に気付き、歩き出すと同時に、足元に手を伸ばす。

 それは、グリフォンに放たれた矢だ。

 それをリュックに仕舞い込むと、僕は、羽ばたく鳥を追って歩き出す。


「罠だったらどうする?」


 僕に続いたシオが、小さく呟く。


「もちろん罠だよ。交渉する気があっても、進展次第で、僕らを殺しに来る」

「気楽に言ってくれる」

「シオも、待ってて良いんだよ?」


 僕が気を遣ったように言うと、彼女は反感の表情を見せる。


「あなた一人に任せられるわけ、ないでしょう」

「僕だけじゃ、失敗しそう?」

「そう言う事じゃなくて、私は……」


 シオは、心底じれったいような目を見せた。

 こいつは何も分かってない。

 そんな、不信感満載の感情が、体全体から漏れている。


「私は、あなたを一人には出来ない」

「信用されてないから、だよね?」

「……」


 シオは黙ったまま、ツバキを振り向く。

 つられて、僕もそちらを見るが、ツバキもまた、もどかしいような表情だった。


「大丈夫。誰にも迷惑かける気はないよ。何かあったとしても、全部僕が引き受けるから」


 シオは危ういものを見る目で、僕を見つめた。

 僕は笑顔を返し、歩き出す。

 信用を得られないのなら、結果を出さないと。

 なんとしても召喚士を無力化し、その命を助ける。

 誰にも迷惑を掛けず、僕の命を懸けてでも、それを成し遂げるのだ。

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