第13話 2・5 検死から探る能力

 整備されたアスファルト。

 二車線の道路の真ん中に、その男性の死体は置かれていた。


「止まって。二人共」


 僕は告げると、ツバキは、背中に背負った弓を取り出そうとする。


「ツバキ。虫が相手じゃ、狙撃も意味がない」

「敵、虫使い?」

「決めつけちゃダメだ。敵の能力を見誤れば、それが死に繋がる」


 僕はジッと死体を見つめた。

 注意深く見ても、やはり、明確な外傷は見当たらなかった。

 だが、仰向けになった体からは、排泄物が漏れ出している。

 口元にも舌が垂れ下がっている。なら、これは、


「だけど、彼は恐らく虫に殺された」


 シオがそれを聞いて、周囲に群れる虫を恐れるように見る。


「この虫、毒でも持っているって言うの?」

「毒なんて必要ないよ。彼の死因は、たぶん窒息だ」

「虫が、人間を窒息させる?」

「ああ。千匹程度の虫が、喉に入り込んだって考えて。そうすれば、気道が詰まって呼吸は出来なくなる。あとは死ぬだけだよ」


 シオは恐れるように口元に手を当てた。

 僕は、背負っていたリュックサックの蓋を開ける。

 ホテルに置かれていた、緊急避難用のものだ。

 中には遭難時に使えるアイテムが揃っていた。

 その中から僕は発煙筒を取り出す。

 煙を焚いた筒を、死体の側に投げると、体の中から一気に、何万の虫が出た。

 虫はそのまま煙に巻かれ、多数が地面に落下する。


「ただの虫? ……どこにでもいるような、何の力もない虫をわざわざ使役している……?」


 この島の殺し合いに参加するのは、誰もが、破格の力を持つ人間だ。

 虫を呼んで操る。それだけで終わるはずがない。


「なんだ……?」


 僕のつぶやきに応えるように、ツバキが弓を取り出す。

 彼女は番えた矢を、空に向けた。

 そして放つ。鏃が捕らえるのは、遙か高所に飛び上がっていた鳥だった。

 矢が突き刺さった猛禽類の体が、僕らの目の前に落下する。


「人間以外の生き物、ハルキ君。居ないっていったよね」

「その通り。だからこれも、能力者の仕業だ」


 息絶えた鳥。弔うには、その体を喰らうのが礼儀だろう。

 だが、これで分かった。

 ここに止まるのは自殺行為だ。


「ここを離れよう。どこか、建物に逃げないと」


 アスファルトの道は遙か先まで続いている。

 道の先には、港に面した町があるはずだ。


「どういう事? 敵の正体が分かったなら、説明を……」

「走りながらする。だから、急いで」


 僕は言って、駆け出した。

 ツバキはすぐさま続き、シオは、不安がった表情でその後を追う。

 だが、僕らの行動は、それでも遅かった。

 アスファルトの他は、森のように緑に満ちた世界が広がっている。

 その中に、黒く渦巻いた影が動き出していた。

 僕らが走るよりも、何倍も速い速度だ。


異種混合編成部隊スクワツド・スタイル


 僕は言いながら、歯を噛みしめる


召喚士サモナー。あらゆる生命を使役し、戦いを仕掛ける能力者だ」


 僕らを追う影が、飛び出してくる。

 目の前に降り立ったのは、四本脚の怪物だ。

 ワシの翼に、獅子の体。

 幻想の中にだけ存在が許されたそれは、グリフォンと呼ばれる架空の生物だった。

 その大きさは、ライオンを一回り大きくした程度だ。

 威圧的で圧倒的。その存在そのものが、人にプレッシャーを掛ける。

 僕はその場に止まると、二人を守るように、グリフォンの前に立ちふさがる。

 シオは、そんな僕に並び立つように、前に出た。


「その召喚士は、こんな怪物を呼び出して、それを意のままに操れるって言うの? しかも、使役する本人は姿を隠したまま」

「ああ」

「……対応策は?」

「血を出さない事。召喚士は、血を代償に生物を喚びだしている。傷つけば傷つくほど、相手に有利になる」

「つまり、一日掛けて、人を殺し続けて、これだけの大物を呼び出した?」

「そうなるね。あの怪物に捕まれば、生きたまま、全ての血を搾り取られる」

「だったら、さっさと」


 シオは声を放ちながら、一歩横に飛び退いた。


「何とかして」


 射線が露わになり、二人の陰で弓を構えたツバキが、矢を放つ。

 僕らの会話に意識を向けていたグリフォンは、完全に不意を突かれた。

 その頭部に矢が突き刺さる。

 だが、矢は、グリフォンの皮膚を貫く事すら出来ない。

 その攻撃は、相手を刺激しただけだ。

 咆哮を放つ怪物は、怒りと共に地を蹴った。

 速い。

 巨体に似合わぬ速さで、こちらとの距離を最短で詰めてくる。

 牙に刺されれば終わり。

 爪に貫かれれば終わり。

 その巨体に押しつぶされたって死ぬ。


「なら」


 そのつぶやきをかけ声に、僕も地面を蹴った。

 前へ。しかし、正面から向き合う気はない。

 ひたすらに姿勢を低くする。

 そうすることで、こちらの首を狩り取る勢いのグリフォンの下を取る。

 顎の下に潜り込んだ。

 そこで思いっきり肘を振り上げる。

 グリフォンの口が閉じられ、伸びていた舌を、自らの歯で傷付けてしまう。

 血が飛沫く。僕の額にも、赤い血が張り付いた。

 グリフォンは僕の頭上を通り過ぎ、警戒を露わにしながら再び距離を取った。


「致命傷には、ほど遠いか」


 今も口の中から血は流れ出しているが、誤って口内をかみ切った程度のものだ。

 いわば、手負いの獣に仕立て上げただけ。

 だが十分だ。

 これで、突破口は見つかった。

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