第12話 2・4 ゲームマスターの駒

 僕らは荷物を抱えて、ホテルの外に出る。

 シオはすぐに扉を振り返ると、その取っ手に手を触れた。

 金属部分に電気が走る。

 すると、徐々に熱を持ち、金属は溶け出した。

 シオが手を離すと、金属は再び固まり、扉は微かに歪んだ。

 これで、外からも中からも開けられなくなった。

 時間稼ぎにはなるだろう。いや、時間稼ぎにしかならないと言うべきか。

 それでも、しばらくは自動人形から逃れられる。


「ごめん。二人共。僕のミスで、危険な目に遭わせて」


 二人を見比べながら、僕は告げた。

 ツバキは、ふるふると髪を揺らしながら首を横に振る。

 シオは、そっぽを向いて腕を組む。。


「……もう慣れた。あなたが無茶で、無謀な真似をするのは」

「ありがとう。二人共」

「いいから。これからどうするか、それを聞かせなさい」


 苛立ったようなシオ。

 僕は、その態度を照れ隠しだと受け取って、少しだけ気持ちを落ち着けた。


「塔に向かう」

「……塔って」

「シオが言ってただろう? 僕ら、殺し合いの参加者が始めに集められていた場所だ。それが、三本、この島に置かれている」


 顔を上げると、その塔は簡単に見つけられる。

 全てが廃墟と化したこの島で、唯一、真新しい人工物だ。


「でも、あそこは危ない場所」


 ツバキがポツリと言う。


「高くて、頑丈だから、拠点にするには一番安全。私も攻撃してみたけど、全然壊せそうじゃなかった。だから、籠城戦を得意にする人間は、あの場所を取り合ってる」

「だろうね。あの塔を縄張りにした人間は、間違いなく、この島での勝利に近づく。つまり、そこは、一番の激戦区だ」


 シオは気が重くなったような顔で口を挟む。


「あなたは無能力者。私は力が使えない。唯一、計算できそうな狙撃手も、丘という狙撃ポジションを失って戦力ダウン。……その三人が、まともに戦えると思う?」

「難しいだろうね。だけど、逃げ回るのはもっと危険だ」

「理由は?」

「僕らは狙われている。僕は自動人形に。シオは、全参加者。ツバキだって、狙撃手っていう厄介な能力者だ。モタモタしてたら、あっという間に狩られるよ」

「……だから、なんとしてでも、安全な『城』を手に入れようって?」

「それもあるけど、もう一つ理由がある」

「なに?」

「この島から抜け出す方法があるとすれば、もう、あの塔にしか残されていない」

「……まるで、島の全部を見てきたような言い方だけど?」

「分かってる。そんな事は有り得ないって。だけど、僕は確信してる」


 シオはジッと僕を見た。

 その瞳の中で、計算が働いているのが感じられる。

 彼女の結論を待つように、僕は、視線を交わらせた。

 シオはやがて口を開く。


「あなたはこの殺し合いが始まって、六時間ほどの記憶がないと言っている」

「うん」

「その間に出来る事なんて限られている。この、181平方キロメートルの面積の島を探し回る事はもちろん、大多数の能力者の力をさぐり当てる事だって無理」

「……」

「ただそれも、あなたが管理者(ゲームマスター)だとすれば、説明が付く」


 僕は小さく笑う。


「つまり、僕は、殺し合いの主催者側だと?」

「それなら私を誘導する理由になる。私の能力は、三日間で殺し合いを終わらせる。つまり、タイムリミットの役割。時間制限によって、参加者は余裕を奪われ、より、殺し合いへと意識を向けられる」

「だから、僕はシオを守り、君を狙うツバキを保護した……」

「それは、自動人形を活かす事にも繋がる。三日間戦い続ける事を求められた結果、自動人形は、時間制限付きの力を発揮できる」

「だったら、僕が狙われているのは……?」

「あなたが裏切ったから」


 シオは突きつけるように言い放つ。

 それでも、僕は言い返した。


「もし、僕が主催者にとって邪魔な存在なら、もっと簡単に殺されているよ」

「……」

「主催者にとって、あくまで僕らはゲームの駒だ。だから、駒である僕が、この戦場に配置されているのなら、そこには必ず、意味がある」


 シオはイヤになったように首を振る。


「それが正しいとしても、そうやって、何もかも知ったような口ぶりで言うと、余計胡散臭いの」

「え、っと……」

「教えたがりで、上から視線。そういうの、人を欺すにも、説得するにも、逆効果だから」


 指を差されて攻められて、僕は、喉を詰まらせた。


「結局、確証は無いんでしょう? なら自分がどう見えてるかは、ちゃんと考えて」


 シオは最後に冷たい目線を残し、僕に背を向けて歩き出そうとする。

 ツバキが近づいて来た。

 ごくごく自然な調子で訊いてくる。


「あの人、射っちゃう?」

「いやいやいや。ダメだから」


 シオにも聞こえていたのか、彼女はピクリと肩を振るわせ、振り返る。


「ツバキって名前だったっけ? あなた、まだ私を殺そうとしてるの?」

「だって。そうしないと、ハルキ君も死んじゃうし」

「ずいぶん懐柔されてるみたいだけど……、そう簡単に他人を信じない方がいい。得体の知れない人間なんだから」

「得体の知れた人間なんて、ここには一人も居ない」

「……え」

「だから、私は自分の信念で動く。あなたみたいに、自分も他人も信じられないと、今みたいに怒りっぽくなるし」


 シオは、急所を打たれたように、耐える仕草でグッと顎を引く。


「私は、ハルキ君について行くって決めてる。ハルキ君を信じてるから。あなたも、決めなきゃいけない。誰かを信じる事を」

「……私は」


 戸惑いを消すように、シオは一度呼吸をする。


「それを決める為に、付いていく」

「最初から、そう言えば良いのに。そうするしか無いんだし」


 ツバキは少しむくれたような顔だ。

 シオは、苛立ちを抑えるように腕を組む。


「……いや、良かった。これで、行き先は決まったね」


 僕が取り直すように言うが、二人は互いを警戒するように、視線をぶつけている。


「やっぱり、簡単には、仲良くなれないよなぁ……」


 自分のつぶやきに、記憶が蘇る。。

 殺し合いの中で、それでも手を取り合おうとして、しかし仲違いする。

 その記憶が僕の中にあった。


「……だから、僕がしっかりしないと」


 その記憶には続きがある。

 反発し合う者達。だが、それを率いるリーダーが、その強い意志で皆を引っ張る。

 そんな記憶の情景は、視界に走った小さな軌跡によって、閉ざされてしまう。

 一匹の虫が通り過ぎた。

 動きが鈍い。寒さに耐えきれないのだろう。

 虫はゆっくりと地面に落ち、動きを止める。

 僕は息を呑んだ。


「誰かが僕らを見ている」


 シオは、その言葉に、空を見上げた。


「……どうやって?」

「虫だ」

「虫なんて、いくらでも飛んでるでしょう?」

「居ないんだよ。この島には、人間以外の生物は存在しない。空を飛ぶ鳥すら、島には寄りつかない。漂白されたみたいに、この島からは命が消えている」


 僕は頭の中で、いくつかの能力を思い浮かべた。


「すぐに出よう。ここも、安全とは言えない」

「……行った先だって、安全じゃないけど」


 シオは塔を見上げた。


「それでも。行くしかないんだよ。僕らは」


 僕は先頭を行くように歩き出す。

 二人の足跡は、すぐに、僕に付いてきてくれた。

 凍り付いた丘を離れると、温度は急激に上昇を始める。

 僕らはそれぞれ厚着を脱ぎ捨て、動きやすい普段の格好に戻った。

 だが、動きやすくなったのは僕らだけじゃない。

 虫の姿が徐々に増えてくる。

 どこから発生しているのか。それは、すぐに心当たりが付いた。

 地面に死体が転がっている。

 虫は、その人の体から生み出されていた。

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