第11話 2・3 コッペリアの言葉
ホテルの廊下に戻ると、ツバキが、弓を構えていた。
広い一本の通路だ。エレベーターが使えない現在、入り口は非常口の一つだけ。
まともに戦えば、狙撃手が負ける材料はない。
だが、その相手自身が、まともじゃない。何度死んでも生き返る人形だ。
ツバキは、張り詰めたように階段の置かれた扉を見ている。
すでに、階段を上がる音が聞こえ始めていた。
「どう戦う、ハルキ君?」
僕はツバキの問い掛けに応えた。
「姿が見えたら、そのまま脚を狙える?」
「動きを止めるの?」
「その後は、僕が何とかするよ」
「分かった。けど、まともな肉弾戦は無理だよ。人形は力持ちだから、腕でも脚でも、掴まれたら、そのまま千切られる」
「ああ」
少し上の空にツバキに返すと、僕は拳銃を手に取った。
ツバキは少し、不安がったような表情を見せるが、近づく脅威に構えてみせた。
そして、自動人形は、予想以上の速度で現れた。
ドレス姿は変わらないが、各所が薄汚れ、破れている。
鎖で拘束されていた手足は解放され、鈍重な動きから、機敏なものになっていた。
ツバキの矢の一撃も、軽く回避してみせる。
「ハルキ君……!」
警戒の声に合わせて、僕は銃を撃った。
だが無駄だ。弾丸の命中した人形の体は、全く痛んだ様子を見せない。
僕は銃を捨て、ナイフを取り出した。
自動人形は、僕の正体を知っているのかも。
シオに言われた言葉を思い出しながら、僕は求めるように、自動人形に迫った。
だが、無謀な行動だ。
付きだしたナイフが掴み取られ、粉々に握りつぶされる。
僕の体は押し倒され、喉元に自動人形の指が絡みついた。
冷たい指先。人工的な関節。それが、皮膚に押し当てられる。
再度放たれたツバキの矢が、肩に突き刺さった。
でも、その指先から力が消える事はない。
その口元が、開こうとする。
度々見た光景。確かに、自動人形は僕に何かを伝えようとしていた。
僕は抵抗を忘れ、その言葉を待つ。
「……ハルキ……」
そこから漏れたのは、僕の名だ。
「……どうして、まだ生きてる?……」
「え?」
僕はそこから、未だ目に鎖の掛けられた彼女に問い掛けようとした。
だが、次の瞬間、自動人形の指が僕の喉を締め付ける。
窒息させようという気はないだろう。
そんな事をせずとも、自動人形は、簡単に僕の喉を握りつぶせる。
僕はその指先を解こうとするが、全く抵抗が出来ない。
喉の骨が、軋む音がする。
「なに、バカな真似をしているの!」
シオの声がする。
彼女は僕が捨てた銃を両手で構えると、自動人形の頭部に突きつける。
マガジンに込められた弾丸、全てを撃ち込むと、自動人形がようやく崩れ落ちる。
糸繰り人形の糸が切れたような動作を見ていると、僕の手が引かれた。
「記憶を知る為に、死のうって言うの……!」
シオは、憎らしげに僕を見下ろしていた。
「……ごめん」
僕はなんとか立ち上がると、階段の収まる部屋に走り出す。
その中に入る間際、もう一度だけ、自動人形を見る。
問い掛けたい気持ちを、しかし僕は抑えた。
今はまだ、準備が足りない。
自動人形を捕らえられるだけの力を持ったとき、再び、訊いてみよう。
彼女は知っている。
少なくとも、僕が記憶を失った際に、何があったかを。
「僕らは、お互いを求めるって事か……」
僕は、過去を知る為に。
そして彼女は僕を殺す為に。
ならば、いずれ、また訪れるという事だ。
不死の人形と相対する、その時が。
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