第10話 2・2 一時のふれ合い

 日が昇ろうとする時間、再び地響きがした。

 ホテルの屋上で見張りに立つ僕の目の前で、氷柱が折れ、地面に突き刺さる。

 滲んだ朝日が、透明な氷の向こう側にある。それを眺めながら、僕は呟く。


「二日目か……」


 百人の能力者の殺し合い。

 生き残ったのは何人だろうか。

 そして今日は、何人が死ぬのだろうか。


「……おはよう」


 険しい顔をする僕に、怖々と、誰かが挨拶を告げる。

 振り返ると、そこには両手に一つずつ缶詰を持つ、狙撃手の少女が立っていた。

 背中には弓と矢が収まった鞘を背負っている。

 少女は間合いを計るように僕に近づくと、その内の一個を僕に差し出す。


「ありがとう」


 僕は表情を和らげ、湯気を立てる缶を受け取った。

 シチューの入ったそれを口に含む。

 少女は、それを見てから、熱を冷ますように、自分の缶詰に息を吹きかける。


「そういえば、名前、まだ訊いてなかったね?」


 僕が問い掛けると、少女は、自分の袖口を口で噛み、腕を露わにした。

 皮膚に文字の羅列が埋め込まれていた。

 字は見た事もないが、数字は僕の使う物と一緒だ。

 名前には見えない。製造番号のようなものだろう。


「これしかない」


 少女は悲しんだ様子もなく、淡々と言う。


「じゃあ、名前付けないと」

「付けて。あの、ハルキ君が」

「僕が? いいの?」


 頷く少女を、僕はジッと見つめる。

 視線を前に、どこか居心地悪そうな少女だ。

 それにも構わず、僕は小さく屈む。

 その顔をじっくり見回し、迷い、唸りながら、頭を捻る。


「そんなに、悩まなくていい……」

「いや、でも、名前は大事だよ」

「思い浮かんだのでいいから」


 その照れたような頬の色は、赤、それとも桃色か。

 僕は決めた。


「ツバキ。は、どうかな?」


 少女は小さく口を開いて、聞きたげに僕を見る。


「そう言う花があるんだ。キレイだよ」


 少女は、うん。と、少しだけ笑い、袖を元の位置に戻した。


「仲良くしてどうするの?」


 そんな僕らを、やってきたシオが憎らしげに見ていた。


「その子は、私達を殺そうとしたでしょう?」

「しょうがないよ。お互いの事を知らなかったんだし」

「知ったところで、何も変わらない。この戦いで生き残れるのは、たったの一人。助け合ったところで、最後には、殺し合わなきゃならない。……虚しくならないの?」

「それも、考え方次第だよ」


 僕はスープを飲み干して、缶を置いた。


「この殺し合いのルールに従うなら、確かに僕ら全員は助からない。でも、そこから逃げ出せば、全員が助かる」

「……逃げ出す?」

「生き延びる為にも、それが一番の方法だよ」


 うん。と頷くツバキ。

 前向きな僕ら二人を見て、シオはイヤそうに言った。


「その方法は? 船でも探そうって言うの?」

「そうだね。船なら……」


 と言って、僕は反射的に首を振った。

 理由は分からない。

 だが、船を見つけ出しても、その先に可能性はないと、僕は感じている。


「いや……、ダメだ。この島には港も飛行場もあるけど、そのどちらも望みはない」

「なぜ、断言できるの?」

「……分からない」


 シオは軽く足元を蹴った。


「あなたの曖昧な記憶と知識に賭けろって言うの? そんなものに……」

「それ以外に、生きる手段、ある?」


 ツバキが口を挟むと、シオは、彼女を警戒するように口をつぐむ。


「だって。あなたは、その知識がなければ、私に殺されていた」

「……その幸運が続くとは限らない」

「違う。ハルキ君に頼らなければ、あなたには、チャンスすら訪れない。力の使えない人間が、たくさんの人間に狙われている今、他に、どういう可能性がある?」


 たどたどしい言葉使いだが、その内容は的確だ。

 シオは責められたように視線を揺れさせた。


「他の方法があるなら、教えて」

「それは……」

「たとえば、あの自動人形から、どう逃げるか、とか」


 ツバキは、素早く弓を取り出すと、矢を番えた。

 鏃の先を見ると、そこに、自動人形の姿がある。

 ツバキは軽く矢を放つ。それは木の幹に突き刺さった。

 すると、弓の弦が震え、自動人形の足音を奏でる。

 聞こえたその足取りは、かつてのようなゆっくりした物ではない。


「手足の鎖が無くなった。前みたいに、簡単に倒せる相手じゃない」


 僕は戦闘に向けて、頭を切り換えた。


「ツバキ、ここから狙える? 動きを止めるだけで良いんだけど」

「たぶん出来ない。もう、二度戦ってるし、腕が自由なら、防御される」

「なら、迎撃するしかないね」


 ツバキは僕の言葉を受けて、首を捻った。


「でも、どうして、ハルキ君達が狙われてるの? アレの狙いは、人間の体なのに」

「……どういう事?」

「殺した相手の内臓を奪ってる。それを体の中に取り込むと、体を拘束してる鎖が外れてた」

「え……」

「自動人形って、人間を殺せば殺すだけ、パワーアップするの?」


 ツバキの問い掛けに、僕は強烈な違和感に襲われた。


「……自動人形にそんな力は備わってない。その能力は、シオの反対だ。シオが三日の経過で勝利するなら、自動人形は三日の経過で動力が切れて、敗北が決まる」

「だったら、もっと変だね」


 ツバキは淡々と言う。


「三日経ったら死ぬなら、三日後に全滅させる力を持つ人間なんて、放って置いていいのに」

「……」


 僕は答えを返せなかった。

 ツバキは僕の言葉を待たず、準備をするべく、ホテルに戻る。


「結論は一つでしょう?」


 シオが僕に告げる。


「あの自動人形は、私じゃなくてあなたを狙ってる」

「……そっか」

「心当たりは?」

「全部、忘れてる……」

「だったら、あの人形に訊けば分かるのかもね」


 シオは皮肉のように言った。

 だが、僕にはそれが正論に聞こえた。

 僕が何者か、あるいは、どんな力を持っているのか。

 その答えは、僕を追い続ける自動人形の中にあるのかもしれない。

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