第8話 1・8 ノー・リミット・キリング

 狙撃手の少女と共に、僕は地上に戻る。

 煙を吸った少女は、まともに歩く事が出来ないでいた。

 僕の支えで、何とか丘を下りたものの、そこが限界だ。

 倒れ込もうとする彼女を、何とか支えると、駐車場に置かれたベンチに寝かせる。

 すると、ベンチに積もっていた氷の破片が浮かび上がる。

 空気中に散らばるそれが、光を反射した。

 世界がまばゆく輝いている。

 あらゆる生命が生きる事を許されない。

 そんな凍えついた空間なのに、美しさを感じた。

 それを生み出した能力者。

 シオは、凍えつき、命を失った草を踏みしめながら、僕らの元へやってきた。

 彼女は寒さを感じさせないように悠然と立っている。

 僕は訊いた。


「君を、魔法使い《ソーサラー》と呼ぶべきかな」

賢者ワイズマン。奇跡の代行者としての私に与えられたのは、その称号」

 

 シオは鼻で笑うように名乗ってみせる。


「魔力を使って、私はこの島に魔法陣を描いている。ゆっくりと時間をかけて、全てを包み込むようにね」

「完成したら、どうなる?」

「私は全てを支配する。出来上がるまでの時間は、三日」


 僕は、痛みを感じたように、胸に手を当てた。


「『七十二時間後の大量虐殺ノー・リミツト・キリング』。それが私の能力。三日間逃げ続ければ、私は、無条件で殺し合いの勝者となる」


 そう語るシオは、皮肉げに笑った。


「私が生き残るには、この力を隠し通さなければならなかった。使えるのは一度きり。能力を明かしてしまえば、私は、この島の全員から狙われる獲物になってしまう。真っ先に、殺さなければいけないターゲットとしてね」


 冷静に、それでいて自虐的に彼女は語る。


「逃げ切る事が、私が生き残る、たった一つのチャンス。その希望を、自分の手で投げ捨てるなんてね」

「なら、僕が、その希望になるよ」


 シオは、酷薄な笑みを作り上げる。


「あなたには、何の力もないでしょう?」

「それでも、君に代償を支払わせた僕には、その言葉しか言えないから」


 シオは首を横に振った。

 何度も何度も繰り返したように、慣れきったような動作。


「あなたを見てると、疲れる」

「……シオ」

「本当に、疲れる。だって……」

 僕に背を向け、彼女は、両手を握りしめた。

「私は、どうやって他人を信じれば良いのか、そんな事も、分からなくなってるんだから」


 泣いているのだろうか。

 それとも、今日過ごした一日を思い返し、疲れ果てているのか。

 それが分かっても、きっと、無意味だ。

 今の僕には、彼女に寄り添う事も、その気持ちを受け取る資格もない。

 ただ黙って、彼女の葛藤を見守るしかなかった。

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