第5話 1・5 闇の中の決意

 トンネルの中に逃げ込むと、ようやく、矢の嵐から逃れられた。

 中は真っ暗だ。天井に照明は付いているが、当然電気は通っていない。

 その中で感じられるのは、シオの息づかいだけ。

 限界まで体を動かした彼女の呼吸は荒く、その吐息が、閉鎖された空間に反響している。


「シオ。水が要るなら、今から僕が探しに……」

「……いいから説明して。あなた、あのドレス女の力に気付いてるんでしょう?」


 彼女がそう言うと、光が生み出された。

 シオの手のひらに、飴玉みたいな球体が生まれており、それが僕らを微かに照らしている。

 彼女は危機迫った顔で、僕を見ていた。

 僕は軽く息を呑んでから言う。


「彼女は、『自動人形コッペリア』だ」

「人形? 人間じゃないの?」

「正体については何も知らない。判明しているのは、その能力だけだよ」

「それは?」

「『機械仕掛けの再生エナメルの心臓』。彼女は、何度でも蘇る」

「……どうかしてる」


 シオは、頬が引きつったような顔で、歯を擦り合わせる。


「もちろん、その代償は用意されている。動力がなくなれば、彼女は止まる。つまり、タイムリミットだ。自動人形が勝利する為には、制限時間内に全員を殺害しなければいけない」

「稼働時間は?」

「三日」


 シオは、その言葉に震えた。

 僕は、それについて追求はせず、話を前に進ませる。


「問題は、彼女がなぜ僕らを追っているかだ。とは言っても、現状考えられる理由は、一つだけだけど」

「……私、だと言いたいんでしょう?」

「それ以外に考えられないからね。狙撃手と、自動人形が迫る理由は、おそらく、君の能力だ。……出来れば、僕に教えて欲しい。そうすれば、生き残る方法が」

「あなたなんかに、教えられるわけがない!」


 シオは、トンネルに反響するような大声で叫んだ。

 僕は鼓膜が痛めつけられるのに耐えながら、彼女を見据える。


「この島で他人を信じるなんて有り得ない! 少しでも心を許せば、そこにつけ込まれて、死ぬだけに決まってる! 人との関係なんて、殺すか、殺されるか、その二つだけ」


 シオは言い切ると、過呼吸になったように体勢を崩した。

 トンネルの壁に背を預け、その姿勢のまま、僕に銃を向ける。


「これ以上、私を迷わせるな……!」


 僕は息を呑んだ。

 この光景を、どこかで見た事がある。

 殺し合いのストレスに耐えきれず、限界を迎える姿。


「僕らは、迷わなきゃならないんだよ」


 だけど、叫びを上げる人間は、本当は、救いを求めていた。

 本心から他人を信じられないなら、とっくに相手を殺している。


「迷いを捨てたら、人としての感情も無くしてしまう」

「それで生き残れるなら……!」

「そんな壊れた心で、この先の人生を過ごしちゃ、何も得られない」

「……だけど!」

「可能性を捨てちゃダメなんだ。自分のものも、他人のものだって。それは一度諦めたら、もう、二度と手に入れられなくなる」


 シオは歯を噛みしめる。


「足掻くべきだ。僕らは、自分の意思で、殺し合いをしているわけじゃない」


 シオは、手にしていた銃を振り下ろす。

 勢い余って壁にぶつかり、甲高い金属音がトンネルの中に響いた。

 反響音が止んでも、シオは俯いたまま、黙り込む。


「僕は、これから狙撃手と交渉をしてくる」


 トンネルの出口に向かおうとしたが、そこでシオが言う。


「出来るの?」

「辿り着けるかどうかも分からない。でも、やらなきゃ、可能性が閉じてしまう」

「まるで無謀なギャンブル」

「だね。だけど、そこにしか道が残されていない」


 言うと、シオの足音が近づいてくる。

 振り返れば、彼女は僕の間近に立っていた。


「あなたの、その気持ちだけは分かる。私も、どこかで賭けに出なきゃならない。このままの状況じゃ、なぶり殺しにされるだけ」

「……だろうね」

「あなたにとっても。それに、私にとっても、それが今なんでしょう」


 シオは手にしていた銃を僕に差しだした。


「あなたを信じるわけじゃない。それでも、今の私にとって可能性と呼べるのは、あなただけ」


 彼女は一息ついた。


「私が囮になる。そうすれば、あなたは狙撃手の元に近づきやすくなる」

「……死ぬかもよ」

「賭けに出るって言ったでしょう? 私が今、差し出せるのは、命と覚悟しかない」


 シオの顔は、張り詰めていた。

 だが、追い詰められてはいない。そこには紛れもない彼女の意思がある。


「シオ。君の願いは?」

「元の世界に戻る事。そうしなければならない理由もある」

「だったら。君の願いを、叶えに行く」


 僕は銃を受け取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る