第4話 1・4 対・連続殺人鬼

 森の中から走り抜けた先には、ログハウスが建ち並ぶ、キャンプ場があった。


「あそこに」


 僕は迷わず、あるログハウスに入り込んだ。

 飛び込むように中に入ると、そこは血の匂いに満ちている。


「……人が、死んでる」


 シオは呟いた。

 その通り、足元には中年の男性の死体が置かれていた。

 刺し殺されたらしく、地面に敷かれた絨毯は、赤く染まっている。


「平気?」

「……慣れるしかないでしょう」


 シオは意外とショックを受けてない。

 元の世界で、人の死に慣れていたのかもしれない。


「それより、どうしてここを選んだの? この死体に用でもあるの?」

「目当ては武器だよ」


 僕は死体の側に座り込んだ。

 ソファに置かれたクッションカバーを取り、手の平を保護してから死体に触れる。

 死後硬直で体は硬い。殺されたばかりではないという事だ。

 武装は一つだけ。腰に付けたナイフだ。

 鞘ごとそれを奪い取る。

 電気が通らない冷蔵庫から、ボトルの水を取り、流し場でナイフを洗って行く。

 その間、シオは、窓から外を窺っていた。


「ねえ。逃げた方がいいんじゃない?」

「それじゃ、相手を説得できないし」

「……は?」

「言っただろう? この島で戦う人間、全員を助けたいって」


 シオは抑えた声の中に、恨みを込める。


「……あなたに付いてきた自分が、バカだった」

「いや、迎撃するしかないんだよ。この相手からはね」

「この相手?」

「相手の能力にアテは付けてる」


 洗い流したナイフを腰に装着する。

 転がっていたボディバッグを身につけ、トイレに置かれた救急箱を中に入れる。

 僕は入り口に向かった。


「シオ。銃は持ってるよね?」

「当たり前でしょう。あなたを撃つ為に必要なんだから」

「いや、僕を撃つべきじゃない。相手を撃つかどうかを考えておいて欲しい」

「あなたの援護をしろと?」

「そうじゃないよ。説得に失敗すれば、僕は死ぬ。その次は、君が狙われる」

「……なにそれ」

「誰かを助けようって言う、僕の生き様を押し付ける気はないんだ。だから、僕の戦いは、僕一人の力でやり遂げないと」


 シオは戸惑いを見せた。


「すぐに戻る。生き延びられたらね」


 言い残して、僕はログハウスを出る。

 道の真ん中へ出て、立ち止まると、川のせせらぎが聞こえた。

 水遊びに適する川が側に流れ、バーベキュー用の設備も整っている。

 景色を楽しむ為に、木々は切り倒されており、視界も良好だ。

 雰囲気的にも、立地的にも、戦いには不向き。

 だが、それが今の状況には必要だった。


「出て来た方がいいよ。そっちの場所もバレてる」


 木陰に向かって言うと、男が陰から姿を現す。

 日差しの下に立つ男は、群衆に交ざれば、存在が消えてしまうような印象だ。

 三十歳前後。休日のサラリーマンと言った格好で、シャツにジーンズの普段着姿。

 アウトドア用のリュックを背負い、そこに大量の武器を入れてはいるが、一見して優男だ。


「それと、能力もね。『連続殺人鬼シリアルキラー』の嗅覚から逃れられるとは思っていない」


 正体を語ると、男は悲しそうに笑う。

 そして、背中から、刀ほどの長さを持つノコギリを引き抜いた。


「だったら、お前は『観察者アナリスト』と呼ぶべきか?」

「いや。ただの、記憶喪失者だよ」

「参ったな。もっと、まともな相手だったら良かったんだけどな」

「まともというと?」

「俺を憎んでくれる相手だ」


 彼は、本気で残念がっているようだった。


「俺を呼んだ人間は、この島が狩り場に相応しいとでも思ったんだろうな。いわば、ここは殺し放題だ。……だが、殺人鬼と言っても、相手が誰でも良いんじゃない」

「まあ、殺人に動機はつきものだからね」


 平然という僕を見て、彼は苦笑した。


「だから、殺人鬼を演じなければいけないんだよ。俺を怖がる相手、俺を憎む相手、そう言う事なら、テンションも上げられる」

「なら、殺さなければ良い」

「残念だが、俺にだって生きる理由はある」


 彼は一歩、僕に近づく。


「新聞は俺を、こう名付けたよ『希代の怪物エリートモンスター』って。それはつまり……」

「五感の純粋強化だろう? 獲物の匂いを追い、足音を耳と目で捉え、拳で貫いた上、その肉を喰らう。シンプルな肉体強化だからこそ、逃げにも追いにも強く、生存能力は誰より高い」

「……見たのか、俺の能力を」

「いや、僕はそれを、知っているというだけだ」


 彼は足を止めた。

 戦闘か撤退か。その押し引きの計算をしているようだ。

 冷静な思考が出来なければ、連続殺人は出来ないだろう。

 何人もの人間を殺しておきながら、正体を悟られないまま、逃げ延びる。

 この島に置いても、その能力は、有益だ。

 だが、僕はそんな彼の上を取るように告げる。


「もう、逃げられないよ。あなたはここに誘い込まれた」

「……なに?」

「僕らを追っているのは、あなただけじゃない。今、僕ら二人を狙撃手は見ている」


 彼はそこで気付いたように振り返った。

 島中央の丘がある。

 遮る物の少ないこの場所では、迂闊に動けば狙撃手の的になる。


「罠を張ったって言うのか……!」

「そうだね。こうすれば、あなたと交渉できそうだし」


 まともに戦えば、僕は連続殺人鬼に勝てない。

 だが、そんな彼も、狙撃手には勝てない。彼の力は優れているが、狙撃手の能力に対抗出来る類いのものではないからだ。

 結果、狙撃手に狙われている状況において、彼と僕は無力な人間に成り下がる。

 僕は笑った。


「見ての通り、能力を生かすも殺すも、立ち回り次第なんだ」

「……何者だ、お前は。こんな簡単に、俺の力を封じ込めるなんて」

「言っただろう? 記憶喪失だって。こう言う戦い方が出来る理由も、分からない」


 彼は、体を強ばらせて僕を見る。


「交渉、と言ったな、何が目的だ?」

「同盟を組みたい」

「……なんだと」

「僕は、この島の人間を救いたいと思っている。あなたの命と、あなたに奪われる命を助けたいんだ」

「……どうかしてる。お前は、頭がいいのか、悪いのか、どっちなんだ」

「どっちでもいいよ。人が死ぬのを避けられるなら」


 連続殺人鬼は、その名にふさわしくないように、焦りを見せていた。

 遠くから命を狙われ、目の前には得体の知れない交渉者。

 実際、これは交渉と言うよりは、脅迫かも知れない。

 だが、それでも、僕は引く気がない。


「どうする?」


 彼は、黙り続けていた。

 しかし、その顔には徐々に余裕が生まれだしている。


「状況を利用する、って言ったな。俺もそうさせてもらう。この状況に巻き込まれようってヤツが、もう一人来る。そいつを囮にすれば、ここから逃げ出してみせる」


 やがて足音は僕にも聞こえた。

 聞き覚えがある音で、だからこそ有り得ない。

 その足音は、絡みつく鎖の音を連れていた。

 心臓を貫かれても、生存しうる参加者。

 それだけでも警戒すべきだ。

 だが、僕にはそれに加えて、迫り来る脅威の正体が理解できた。

 この相手からは、逃げるしかない。


「離れるんだ。今すぐここから!」


 僕は連続殺人鬼の彼に叫ぶ。

 だが、反応するより早く現れたのは、ドレスを着た彼女だ。

 胸に矢が突き刺さった痕跡が、今も残っている。

 相変わらず足と目が鎖に封じられた姿だが、手の鎖は解けていた。

 近づく彼女は、再び何か言いたげに口を開くが、その首に矢が刺さる。

 頸動脈を真っ直ぐに貫かれていた。死んだ事にも気付かなかっただろう。

 まともな人間ならば、だ。


「ああ、逃げさせてもらう。そっちが釘付けにされてる間にな」


 彼はそう言って、素早く身を翻した。

 が、その足首に、指が絡みつくと、彼は転倒した。


「……なんだ、こいつは」


 彼は、驚きと言うより、違和感を持って呟いた。

 ドレスの彼女が、連続殺人犯の足首を握りしめている。

 すると、次の瞬間、彼の足首はへし折られた。


「っが……!」


 悲鳴にもならない悲鳴を上げて倒れ込む彼。

 仰向けに倒れた彼に、ドレスの彼女がのしかかると、指先で体を貫いてみせる。


「く……!」


 僕はその光景から目を離して、シオの待つログハウスへ目を向けた。


「シオ、逃げるよ!」


 中に入ると、顔を青ざめさせた彼女の手を引いて、僕は裏口へ向かう。


「どういう事なの、アレは……」

「分からないときは、考えるな。死ぬ気で走れ」


 言ってる間に、飛び出したばかりのログハウスに、一本の矢が突き刺さる。

 流星のように建物を貫くと、地面にヒビを入れ、そのまま大地を弾けさせた。


「生き延びたら、君に伝える。僕らに何が迫っているのか」


 破壊をもたらす矢の雨が降り注ぐ。

 僕は、運に命を預けながら、道を走り抜けた。

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