第3話 1・3 疑心暗鬼の底

 潮風に煽られ、錆び付いた階段を下り終える。

 ジャングルのように緑が多い茂る地上には、先にシオが降り立っていた。

 彼女は、僕を見上げている。こちらの行動を見張っているかのようだ。


「シオ、君はこれからどうする?」

「あなたに伝える情報は無い」


 シオは、僕に言葉をぶつけるように告げた。


「じゃあ、僕の目的を伝えておくよ。今から、狙撃手の所に行ってくる」

「……は?」

「説得する。戦わないように、って」


 趣味の悪い冗談を聞いたように、シオは首を横に振る。


「的になりたいの? 相手は、こっちの姿を見た途端、殺しに来る相手なんだけど?」

「だからこそ対処しないと。一度、狙撃手から狙われたら、逃げ続けるのは無理だ」

「そう言える根拠は?」


 シオは軽く目を細める。

 思考に入ったようだ。彼女は思慮深げな視線を僕に見せた。

 僕は続ける。


「狙撃手の能力は、『超長距離からの殺害アン・ノン・キル』。敵の間合い外から、一方的に殺戮をまき散らせる。陣取っているのは、島の中央にある丘だった。あそこから僕らを正確に狙ったとなると、島の全域が、攻撃範囲だろうね」

「……何てデタラメな力」


 シオは恐怖を思い出したように、木々の陰から丘のある方角を見る。


「逃げ続けられないなら、対処するしかない。一刻も早く」

「隠れていれば、それで済むでしょう?」

「無理だよ。狙撃手は、なによりシオの命を狙っている」


 僕が告げると、シオはゆっくりと腕を組んだ。


「狙撃手の能力は、確かに破格だ。だけど、この島に喚ばれた能力者全員が、それと同等の、『ルールの破壊者ゲームチェンジヤー』と呼べるほどの力を持っている。中には、それに対抗出来るような能力者も存在している」

「……」

「シオ、恐らく君がそうなんだろうね」

「私が狙撃手に恐れられていると?」

「ああ。きっと、君は天敵だ。だからこそ、真っ先にシオを殺そうとしている」


 シオは一息ついた。


「つまり、この島の戦いは、まともな戦闘とは違っていると考えた方がいいんでしょうね。戦いの優劣を決定づけるのは、筋力や知力じゃなくて、能力の相性」

「その通り」

「そして、この島にはそんな能力者が百人集められている。目に付いた相手を殺せば良いって訳じゃない。敵であろうと、敢えて生かしておく事で、後に優位になる可能性が出てくる。……たとえば、自分が敵わない相手を、他の能力者に殺させるとか」


 そしてシオは、僕を見据えた。


「あなたが鎖でつながれていたのにも、何か意図が存在する」

「それは……」

「記憶を消して、都合の良い駒にされている可能性もあり得るでしょう?」

「……うん」

「あるいは、洗脳されているのかも」


 シオは苦い顔をした。

 気まずさを押し殺して、彼女は言う。


「自分の中の正義感が、他人に植え付けられている物だったら、あなたはそれでも、誰かを救うと言えるの?」

「ああ。言える。この気持ちだけは、本物だ」


 ハッキリと言うが、逆効果だった。


「なら、あなたの正体は、次の三つに絞られる」


 シオは、僕を計るように見る。


「第一の可能性は、自分が何者かも分かってない、憐れな操り人形」


 矢継ぎ早に彼女は言う。


「嘘つきだって言うのが、第二の可能性。記憶を無くしたフリをして、私を操ろうとしている」

「……それと?」

「第三の可能性は、『戦いの知識を得る』というのが、あなたの能力だって言うもの。でも、これだって、あなたは嘘つきでしかない。自分の能力が分からないと言っているんだから」


 僕は、ゆっくりと頷いた。


「どれが正解でも、私の気持ちは変わらない。命が懸かってる状況で、あなたみたいな人間を信じるなんて、無理に決まっている」


 シオは理性的に断じた。

 言い返せなかった。彼女は、しっかりと理屈を持って、僕の話を否定している。

 だが、それは逆に、僕にとっては好都合だ。

 シオが話の分かる相手ならば、正論をぶつければ、説得の余地は生まれる。


「信じてくれとは言わないよ。ただ、利用できる駒だと思ってくれればいい」

「駒?」

「僕はこれから狙撃手の元に向かう。結果がどうなったとしても、少しの間は、シオから注意が外れる筈だ。君の安全にプラスになる」

「……」

「シオ。そこで、信頼を得るチャンスを一度でいいから与えて欲しい。必ず、狙撃手を何とかしてみせるから」


 シオは組んでいた腕を解いた。

 その表情には迷いが表れている。

 生き残る為の選択は、何が正しいのか。その決断を、彼女は選び取れない。

 僕らは無言で見つめ合った。

 だが、心を通わせるまでには至らない。

 すると、どこからか、近づこうとする足音が聞こえた。


「逃げるよ」

「逃げるって、どこに……」

「隠れ場はある。僕はそれを知っている。それを信じるか、君が、選んでくれ」

「くそ……!」


 シオは憎々しげに呟くと、僕の側へ走り込んできた。

 その手を掴み取ると、僕は、慣れた道を行くように走り出す。

 すぐに戦いが始まる。

 その匂いをかぎ取った僕は、思考も、体も、研ぎ澄まされていくのを感じた 

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