第2話 1・2 人を救うという絶望

 銃口は、ドレス姿の女性に向けられていた。

 何度も射撃を繰り返すと、ようやく一発がドレスの女性の脚に当たる。

 だが、それだけだ。

 ドレスの女性は、何事もなかったかのように、歩みを止めない。


「何なの、アレは……!」

「いいから、早く僕を解いてくれ」

「誰も信じられるわけないでしょう! こんな、バケモノだらけの世界で!」


 白髪の彼女は叫びながら、小さく涙をこぼす。

 それでも、恐れに負けないようにと、再度銃を構え直した。

 だが、彼女の精神は、もう限界だ。銃は揺れ動き、照準はまともに合わせられていない。


「く……!」


 僕は唸る。

 ドレスの女性はもう、僕らの目前に迫っていた。

 こちらも白い肌。だが、それは血の通わないような病的な白さ。

 その口が、何かを伝えようとするように開きかける。

 が、音を放ったのは、鼓膜を振るわせる風切り音だ。

 ヒビの入った壁もろとも破壊しながら、一本の矢が入り込む。

 それは、狙い澄ましてドレスの女性の胸を貫いた。

 倒れ込む女性。それを見た僕は、顔を青ざめさせて叫ぶ。


「僕を解き放て! このままじゃ狙撃手スナイパーに殺されるだけだ!」

「狙撃手……?」

「君も情報が欲しいだろう、だったら、伝える。この島で生き残る為の方法を!」


 白髪の彼女は苦しげな顔をしながらも、その銃を、僕を縛る鎖に押し当てる。

 銃弾が放たれ、僕はようやく自由を取り戻した。

 長い間同じ姿勢だったのか、筋肉は強ばっている。

 それを無視して、白髪の彼女の手を取る。


「逃げるよ。ここに居たら殲滅させられる」


 言ったと同時に、再び室内に矢が飛び込んできた。

 矢や、壁の破片から逃れるように部屋を出て、階段が置かれたホールに出る。

 僕は頭上を見上げた。


「上に行く」

「何言ってるの、逃げ場があるわけないでしょう!」

「出口に向かえば、狙いうちにされるだけだ」


 有無を言わせないように、僕は彼女の手を引いて階段を上った。

 下に続く階段部分は、機関銃の攻撃を受けたように破壊されていく。

 僕らは、階段が崩れ去るのから逃れるように、屋上に出た。

 潮の香りのする風が吹き付ける。


「これが、戦場」


 屋上に出ると、島が一望できた。


「海に囲まれた孤島か。昔は、人が住んでいたんだろうけど、それも過去の話らしい」


 漁港に、採掘場に、ビルに、キャンプ場。

 多くのホテルも存在しており、かつてはリゾート地として栄えた形跡がある。

 だが、今や人工物の多くが、緑に覆われ、どこを見ても廃墟の印象だ。


「言ってる場合じゃないでしょう! こんな開けた場所じゃ、それこそ、狙いうちにされる」


 白髪の彼女は息を荒げながら、島の中央に置かれた丘を見た。

 そこに狙撃手は陣取っているようだ。

 理解すると同時に、丘の頂上部分に光が煌めいた。

 矢が放たれる。それは風を切り裂く音を立て、狙い違わずこの屋上に向けられる。


「見えているなら対処は出来る」


 僕は腕を伸ばし、超高速で迫り来る矢を掴み取った。

 それは、僕ではなく、白髪の彼女の心臓を狙い澄ましている。

 自分の胸元に迫る鏃を見た彼女は、その場にへたり込んだ。


「無駄な矢は放たない、か」


 追撃は無かった。それを見て、僕は矢を地面に投げ捨てる。

 僕は彼女の前で跪いた。


「行こう。向こうに非常階段がある」

「記憶喪失だというなら、どうして、それを知っているの?」


 彼女は、眉間に皺を寄せて僕を睨む。


「それに、この島で生き残る方法なんて、そんなの、参加者が知るわけない」

「……」

「あなたの言葉は、全部、下らない嘘」


 彼女は片手で自分の姿勢を支えた状態で、僕に銃を向ける。

 しかし、殺意は感じられない。彼女は今にも泣き出しそうだった。

 引き金を引く。

 だが、弾切れだ。

 最後の一発は、僕を拘束から解く為に使われていた。


「私は……。何度、裏切られれば気が済むの」


 涙声で俯く彼女に、僕は近づいていった。


「僕は君を裏切ったりはしない」


 握っていた銃を、彼女へ差し出す。


「銃を預けるよ。もし、僕を信じられなくなったら、その時は、撃てば良い」


 彼女は、理解できないというように首を振る。


「あなたは、ただ狂っているだけなのかもね」


 彼女は僕の差し出した銃を手に取る。


「それとも、英雄だった? 元の世界で、誰かを救い続けていたとでも言うの?」

「それも、今じゃ分からない。ハッキリと言えるのは、自分の名前だけかな」


 彼女は、理解できないというように首を振る。


「ミソノ・ハルキだよ」

「シオ」


 彼女、シオは、自分の名前を吐き捨てるように告げる。


「どんな態度を取ったって、私は、あなたを信じる事は出来ない。後ろから撃たれるのが嫌なら、さっさと私を殺せ」

「誰かを殺すぐらいなら、死んだ方がマシかな」

「なら、やっぱり、あなたはまともな人間じゃない」


 シオは、鼻で笑うような顔で僕を見た。

 その顔を、いつか、どこかで見たような気がする。

 人を救うという願いを、嗤い、見下げるような表情だ。

 僕は、何度も繰り返しているのだろうか。こんな、無謀とも言えるような真似を。


「まともでなくても構わない。僕にとって大事なのは、この戦いを終わらせたいという願いだけだ」

「……」

「じゃなければ、僕らは、誰一人として救われないよ」


 僕は、戦い続ける皆へ告げるように言った。

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