能力者達のキリング・フィールド・アイランド

@hamami

第1話 1・1 全てを失った少年

 目覚めると、僕の体は自殺のポーズを取っていた

 自分の側頭部、こめかみ部分に銃を突きつけるシルエットだ。

 体はベッドに寝かされている。

 仰向けの状態で鎖に縛り付けられており、実際に、右手には銃が握らされていた。

 自分の意思で動かせるのは、眼球。

 それと、銃の引き金に置かれた、右手の人差し指だけだ。


「僕に許されたのは、ここで命を絶つ事だけか」

「それは違います」


 僕の独り言に誰かが返事をする。

 眼球を左に寄せると、白いローブを着た女性が立っている。

 女性、と感じたが、声から判断したに過ぎない。

 その顔はローブのフードで隠されている。


「実際に、あなたに行ってもらうのは、殺し合いですから」

「物騒な事を言う」


 冷静に返しながら、僕は周囲を見た。

 そこは廃墟ビルの一室に見える。

 コンクリートで出来た色気のない壁。ひび割れ、光が微かに入り込んでいた。


「物騒とは言えないでしょう? あなたは、その為の力をお持ちですから」

「どういう意味?」


 聞き返すと、彼女は戸惑ったように言いよどんだ。


「ここに来る前に、一度、殺し合いのルールを聞かされているはずですが?」

「なら、もう一度訊かせて欲しい」


 問いただすと、彼女は少しの迷いを見せてから言う。


「ここは廃棄された孤島。そこに現在、百名の人間が集められています。それも、ただの人間ではない。その一人一人が、たぐいまれなる力を持った者です」

「……」

「彼らは、それぞれの別世界からこの島に呼び出されました。元の世界へ抜け出す方法は一つ、他の全ての参加者を殺害し、生き残る事」

「恐ろしい話だ」

「……あなたも、その参加者の一人なのですよ?」

「らしいね。だけど僕は、少し事情が違っていて」

「何が、ですか?」

「記憶喪失で」


 ピクリと、彼女の体が震えた。


「君の説明は初めて聞いた。それに、僕も何かしらの力を持っているんだろうけど、全く見当が付かない」

「いいえ。あなたも説明は受けたはずです。参加者全員が集まった、あの塔の中で」

「塔?」

「そこで起きた出来事を、忘れられるとは思えません」


 彼女の言葉に、朧気に記憶が蘇った


「……そうだ。僕らは一カ所に集められ、君の言う説明を聞かされた。そして」

「ええ」

「そのルールに逆らう人が居たね。十四歳ぐらいの、僕よりも、小さな女の子だった。だけど彼女は、反抗の言葉を叫んだ瞬間、体を弾けさせ、死んだ」

「……」

「あれを見て、自分の体に爆弾でも仕掛けられているんだと、みんなが思った。逆らえば、命は無いと。殺し合いを受け容れざるを得ないと」


 僕の言葉を黙って聞いていた彼女は、そこで首を振る。


「確かに、そのような事件がありました。ですが、死んだのは壮年の男性です」


 彼女は押し黙った。

 見えないはずの、視線の鋭さを感じる。

 だが、僕は沈黙の重さをはね除けるように告げた。


「君を騙そうとはしていない」

「……ですが」

「君が偽物の案内人だと見抜いているから、嘘を言ってるわけでもない」

「あなた……」

「君も参加者だろ? この、能力者同士の殺し合いの」


 彼女はローブのフードを脱いだ。

 白い髪に、薄い緋色の瞳。

 動いた勢いで露わになった脚も、日差しを浴びた事がないように白い。

 冷たい視線と相まって、整いすぎた人形にも見えてくる。

 年は僕と同じ十七ぐらいか。

 彼女は、手にして居た小型の拳銃を僕に突きつける。


「正直に答えなさい。これは脅しじゃない。私があなたを殺さない理由なんて、何もない」

「だろうね。君も参加者なら、僕を殺すのが、当然の流れだ」

「そう! 他人を殺し合うのがここでのルール。なのに、あなたはこの密室で捕らえられていた。その意味は何? 殺されず、生かされたままで置かれている理由は?」

「なるほど。こんな隙だらけの姿で居が、逆に不審を抱いた、と」

「いいから早く……!」

「ヘタに手を出さないのは、僕の能力を恐れてのことか」

「答えろと言っている!」


 あくまでペースを崩さない僕の態度に、彼女は弾かれたように叫ぶ。

 その声が廃墟となったビルに反響すると、どこかから音が生まれた。

 ギイギイと軋みを上げる、何か。

 それと共に、階段を上る音。


「来るよ。僕らと同じ能力者が」

「え……」

「拘束を解いてくれ。じゃないと、二人合わせて死ぬ」

「そんな事を言って、私を騙す気で……!」

「違う。君のおかげで思い出したんだ」

「……何、が?」

「僕の目的は、この島に呼ばれた全員を、救い出すって事だ。誰一人として、殺す気はない」

「そんなバカな話、誰が信じると思う。殺さなきゃ死ぬ。それ以外のルールは、この戦いには存在しない」

「僕は、そんな馬鹿げたルールに従う気はない」


 強く彼女を見据えた。

 彼女は、構えた銃口を、僕の顔に向けたまま、動かそうとはしない。

 しかし、その指先は震えていた。

 迷い、そして恐怖が、彼女の意思を揺らがしている。

 その意思は、最後まで揺らいだままだった。

 やがて現れたのは、不思議な格好をした女性だ。

 服は、フランス人形が着るような、煌びやかなドレス。

 それだけでも戦いの場には似つかわしくないのに、彼女の体も、僕と同じく拘束されていた。

 両足首には鎖が掛かり、両手も、背中側で固定されている。

 そして眼球に当たる部分も、目隠しをするように、鎖が巻き付けられていた。

 ドレスの女性は、目が見えているように、真っ直ぐ僕らに向かって歩き出す。

 白髪の彼女は、強く息を吸い込む。

 そして、一発の銃弾を放った。

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