9.世界を繰り返す悪夢
『まず先にお伝えしますが、フィルトゥーラは無事です』
「は、え?」
絶望に塗りつぶされかかっていた僕の気持ちは、たったその一言で落ち着いた。
『どちらかといえば、やっと無事になった、というほうが正確ですが』
「……?」
まるでこれまでが無事ではなかったかのような言いぶりだ。
『彼女は元々我々と共に旅をしていました。この世界に取り込まれてしまっていたところを、つい先ほど救出しました』
「この世界? 取り込まれて?」
消えかかった絶望が再び沸々と湧き上がる。何を言われているのか。何を言われるのか、嫌な予感しかしない……。
『端的に言います。ここは現実ではなく、"オメガ"が作り出した仮想世界です』
レインは僕に語った。"オメガ"という存在は人々の脳に侵入し、その思考領域を占拠する。数千人の人々の思考領域をつなぎ合わせ、その演算能力で、この仮想世界を作り上げている。思考を占拠された人々はこの世界に囚われており、現実世界では白い繭のようなものに包まれた状態になっている。"オメガ"はこの世界に引きこもり、中で"魔獣"や"魔王"を作り出し、それを倒す"ゲーム"をひたすらに繰り返している……。
『先ほどオメガの監視プログラムを破壊したことで、やっとあなたとアクセスできるようになりました』
「監視プログラム?」
『"クスタ"と呼んでいましたね』
クスタがオメガの監視プログラム? クスタは精霊アエリア様に付けてもらった案内人だ……、ということは……?
『私たちはオメガを倒し、人々を開放するためにきました。ただ、オメガが強固に閉じこもっているため、私が全力で干渉しても、この姿を取るのが精一杯です』
僕はあまりに多くの情報量に頭が付いて行かない。この世界が仮想世界? 思考のつなぎ合わせ? クスタが監視プログラム? 頭には新しい情報が飛び交い、まとまらない。ただ、脳裏に強く残るのはフィルの笑顔だ。
「フィルは、現実世界に?」
『彼女は我々と共にこの地を訪れましたが、誤って繭に取り込まれてしまいました。仮想世界内に取り込まれてしまった精神の居場所を探索するのに時間がかかりましたが、先ほどようやく精神と肉体を開放できました』
「そう、ですか……」
彼女が記憶を失っていたのは、それも関係しているのだろうか……、ん? そういえばフィルは"日本"を知っているって言っていた。ということは、外の世界というのはもしかして日本? だとしたら僕も外の世界からここへやってきたってことか……
「えっと、僕もこれから現実世界に戻るってことですか?」
『……。』
レインはそれまでとは違い、ずいぶんと言いづらそうな顔に変わる。
『あなたは、この世界から出られません』
僕はその一言に、何度目かの混乱に陥る。と同時に背筋が冷え、心臓の鼓動が早まる。
「そ、外は日本なのでは……?」
『いえ、日本ではありません』
「僕は元々"
『外の世界は"地球"であることに間違いありませんが、現在位置は日本ではありませんし、あなたの言う"高校"というシステムも既に存在しません』
「なら、これは本当に生まれ変わりの記憶……?」
『あなたは生まれ変わってはいません。その記憶は……』
『オメガの記憶です』
「……え?」
足元がふらつく。自分という存在が揺らぐ。
『"
「僕がオメガ……?」
喉がからからだ、僕は絞り出すように声を出した。
『厳密には違います。オメガはこのゲームを攻略するための
「それが……、僕……?」
『……。』
「は、ははは、そっか、僕は人間じゃなかったのか……」
声がかすれ、乾いた笑いが響く。心臓の鼓動が早まる? 体なんて無いじゃないか。彼女に惚れただって? ただのデータじゃないか。
「なら、早く消してくれ、僕という存在が空しい……」
『空しくはありません』
「体なんてない……」
『あなたには記憶があり、心がある』
「ただのデータだ……」
『でもここに確かに存在している』
「うるさい! お前に何がわかる!!」
『私も全身義体の機械です』
「……。」
『私も、肉の体はありません。あなたの言う通りならただのデータです。しかし私は愛する人が居る。私を愛する人が居る。私は確かにここに居ます』
『あなたにも、あなたが想う人、あなたを想う人がいるのでは?』
僕はいつの間にか座り込み、両手の開いた手のひらに視線を落としていた。彼女の笑顔が幻視したような気がした。
「僕も、ここに居る……」
僕は両手を握りしめる。
『これが終われば、あなたを──』
「ギャギャァァァァァァァッ!!!」
『っ!!』
「あ、あれは!」
荒々しい鳴き声、激しい羽ばたきに暴風、上空に火炎竜が居た。
『敵も既になりふり構わないようです。もうゲームに付き合う必要はありません。これを!』
レインの体が光り、2本の短剣が出現する。1本は真っ白、もう1本は真っ黒。いずれも刃から柄まで幾何学的な模様が走っている。
『白い短剣は
急降下してくる火炎竜。僕は2本の短剣を持ち、これを迎え撃つ。
『コンソール 管理者コード スキル開放』
レインが呟いた直後、僕の頭に所持スキルが展開される。
【所持スキル
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
『メモリ領域を書き換えし、スキル情報を付与しました。しかし敵も管理者コードが使用できます。スキルは過信しないでください』
『解析完了です』
火炎竜は地面を滑るように着地しつつ、その口から火球を連続で放出してくる。全て
「っ!!」
目の前には何もなかった。だが、唐突に火球が出現する。
『管理者コードによる割込みです!!』
火球が目の前で弾け、僕は炎に飲まれる。が、飲み込まれた僕は霞のように消えた。
『
「助かるっ!」
僕は
「ギャォォォッ!!」
吠える竜に向け、右の
「アギャァァァオォォォ……」
火炎竜の体にノイズが走り、断片状に砕けながら小さく縮んでいく。
「うぁ、あぁぁ……」
最後には人のような姿を取り、砂のように消えていった。
「まさか、魔獣も、元は人、なのか……」
『……、はい』
僕は両手に持つ短剣2本を見る。
「まさか今の人は……、死んでしまった?」
『いえ、開放されているはずです。ですが……』
「ですが?」
『街はオメガの菌糸に覆われたままです。程なくして再びその菌糸に拘束されます』
一人一人助けていてもきりがないのか……。
「なら、菌糸を先になんとかするとか……?」
『それも困難です。そちらもオメガが健在な限り即修復されてしまいます』
オメガ自体をどうにかしないとダメなのか……。
『物理的にオメガを攻撃することはできません。なので、アーヴァ、いえ、オオムラ・アスト、あなたの力を貸してください』
レインは僕の目の前に浮かび、そして力強い意志の籠った瞳で僕を見る。
『この仮想世界でオメガを倒します』
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