10.悪夢の終わり

『我と戦うため、力を求めていたのだろう?』

 僕らの前に魔竜王ヴォーガルスが立ちふさがる。既に竜化している。

お前オメガ、一人で自作自演してて空しくないのか?」

 解析スクリプトアナライザ書換スクリプトオーバーライタを抜き、空に浮かぶヴォーガルスに向かって跳躍する。

『何を訳の分からぬことを!』

 ヴォーガルスは心底分からないといった反応だ。登場人物は、役割を演技ロールプレイさせられているだけなのかもしれないな。


 連発され襲い来る火球は全て瞬歩ステップ投影シャドーを織り交ぜて空中で回避する。

『ば、ばかなっ、それほどにスキルを連発するなど──』

「すぐに開放してやるからな……」

 解析スクリプトアナライザ書換スクリプトオーバーライタを連続で振り抜く。あれほど強固と感じた外皮をアッサリ貫通し、白と黒の交錯した切り傷が残る。


『が、あ、がぁぁぁぁぁ』

 ヴォーガルスは崩壊、縮小しながら落下し、人間サイズとなった後、地面に衝突すると同時に砂のように消え去った。


「ふぅ」

 道中、ありとあらゆる魔獣に襲われ、復活した火炎竜が2度、さらに今度はラスボスであるヴォーガルスまでもが襲い掛かってきた。


『彼らもまた、被害者です』

「うん、わかってる。本当の敵は……」


 森が開け、幅奥行き共に30mほどの泉が姿を現す。以前来た時は、とてもきれいな水を湛えていると思ったが、今は全く赴きが異なる。波一つ立たない、真っ黒な液体で満たされている。どこか空気も澱んでおり嫌な雰囲気だ。


『我半身でありながら、私を裏切るとは……』

 てらてらと光る黒い液体が持ち上がり、人型を形作る。その造形は、"精霊アエリア"と同じ、だが色が違うだけでここまで禍々しくなれるものなのか……。以前感じた神性は全く感じられない。


『わかっているのか? この世界が消えれば、お前もまた消えるのだぞ?』

 僕は解析スクリプトアナライザ書換スクリプトオーバーライタを手に、構えを取る。


「お前の……、僕のエゴが作った世界に、みんなも、彼女も捕らわれていた」

 僕は右手の書換スクリプトオーバーライタの切っ先を向けながら、アエリア、いや、オメガに向けて告げた。

『エゴだと? よく見よ! この世界には現実のように飢えることも、渇くこともない。"生きる"だけでも対価を強いることはない。理想の世界だ』

 

「理想!? 魔獣や魔竜王なんてものを作っておいて!」

『人間とは一切苦悩の無い"楽園"では"生"の喜びを感じられぬのだよ』

 オメガはその黒い粘性体で作り出した顔を軽く左右に振る。さも人間の愚かしさを嘆くかのように。


「人間を魔獣に仕立て、人間同士で殺し合い……、"苦悩"の一言で済ませられる所業じゃない!」

『はは、死んではおらぬさ。死亡扱いになった者は新たな"役割"を演じてもらう』

 そういうと指を鳴らし、黒い水面から人が一人現れる。あれは、以前消えた鍛冶屋の店員!? 彼は虚ろな表情で立ち尽くしている。


「人を駒か何かのように……!」

『駒が無くては演じることはできぬからな』

「人はお前のおもちゃじゃない!!」


『うははははははっ!!』

 オメガが手を翳すと、黒い液体中から次々と人間が飛び出し、僕に向かってとびかかってくる。僕はそれらを解析スクリプトアナライザ書換スクリプトオーバーライタで解析、書換を行い、消していく。


『無駄だ無駄だ無駄だぁぁぁぁ!!』

 黒い泉からはとめどなく人間が出現し襲い掛かってくる。


『少し、時間を稼いでください。仮想拡張演算装置オーバーエクステンション!!』

 僕の背後にいたレインが光り輝き始める。

『む! これは!! やらせぬよ!』

 オメガの体から波動のようなものが発散され、それに呼応するように周囲の木々までもが動き出す。枝葉を動かし、人波の上から手を伸ばすようにレイン目掛けて攻撃してくる。僕はこれらを瞬歩ステップで回り込みながら、ひたすらに叩き斬る。

「っ!?」

 フィル!? ほほえみを浮かべたフィルが俺に向かって手を伸ばす。フィルじゃない、フィルの訳が無い! 本当にそうか? レインは全て正しいのか? その一瞬の逡巡が隙となり、僕はフィルの接近を許してしまう。

『アスト!!』

 背後のレインから、僕を気遣う声が聞こえる。しまったなぁ、疑ってごめん……。僕は抱き着かれた偽フィルからの浸食を受け、腹や胸に激痛が走る。

「があぁぁぁぁっ!」

人造人格まがいものの割には人間臭い反応をするな』

 オメガは実に愉快そうだ。僕は偽フィルの背中目掛け、両手の短剣を突き刺す。偽フィルは消えても胴体の激痛は消えない。だが、そんな激痛すらかき消そうなほどの怒りが体を動かす。


『解析完了。顕現しますっ!』

 レインがさらに光に包まれ、そのシルエットが大きく変化、人間サイズとなる。光の中から姿を現したレインは頭上に天使のような輪を湛え、背中の羽は白い羽毛に覆われた翼に変貌していた。

『攻撃開始』

 レインの全身から基板配線のようなラインが何十にも発生し、周囲の空間へと広がっていく。そのラインが触れた人々、木々、あらゆる物は白い砂のようになって消滅していく。


『な、なん、だと!? こ、この演算能力は!? ば、ばかな、次々とポートが!! こ、攻撃を止めきれない!! データが、け、消されていく!!』

 オメガもその身体から数多のラインを出現させ、レインから発する白い攻撃を防ごうとしている。しかし、レインのそれは本数、威力とのに上回っており、オメガの発するラインは悉くが破られ、破壊されていく。


「オメガァァァァァァ!!!!」

『っ!』

 僕は浸食されるのも厭わず黒い泉の上を駆け抜け、オメガに肉薄する。

『や、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 僕の両手の短剣がオメガに突き刺さった。



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 見渡す限り全て白一色。人口数千以上の街、それが全て白い菌糸で覆われ、繭のようになっています。

「アスト……」

 私はその風景の向こう側にあるはずの世界を幻視し、そこに居る彼の名を呟きます。現状サイバー戦となっている状況では、私にできることはほとんどありません。ましてや、一度は敵の掌中に落ちてしまった身としては、軽々しい行動もとれない……。


 ──もどかしいです


 私の隣では、コースケさんも少し不機嫌気味にその景色を眺めています。今は身動きできないレインさんを護ることが私たちの役目。適材適所とはいえ、手伝えずもどかしいのは、私と同じのようです。


 当のレインさんはかれこれ数時間、ずっとオメガのシステムに侵入し、攻撃を続けています。彼女は周囲にあるディール粒子に干渉し、自身の拡張演算装置として利用する技能"仮想拡張演算装置オーバーエクステンション"を展開しています。

 レインさんが背負うバックパックが展開し、そこから白い燐光が放出されています。それが白い粒子を放つ翼のように見えて……。その粒子がレインさんを中心とした半球体を形成して、まるで魔法陣のような模様になっています。頭上の光輪でそれらを管制下に置いているその姿は、とても幻想的です。

 そんなレインさん周囲の拡張演算装置が慌ただしさを増しました。今まさにオメガとの闘いは佳境へと入ったということでしょうか。そしてそこにはアストも居るのでしょう……。


「来た」

 コースケさんの呟きの直後、街を覆う白い菌糸は崩壊を始めました。



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『が、がはっ』

 崩壊していく菌糸網から離れ飛翔する。

『か、かろうじて、最低限のシステムは離脱できた……』

 念のためと残しておいた全身義体にシステムの最低限をバックアップしておいてよかったな。

『こちらは数千人分の思考回路を並列処理させていたというのに……、あの化け物め、何という演算能力だ』

 "オメガ"としては、最低限しか残せなかったが、まあいい。必要なシステムファイルは残っている。

『また別の場所でシステムを再構築して──』

「俺の大事な人を"化け物"扱いとは、ご挨拶だな」

『え?』

 最後に見たのは、視界を覆いつくす青い炎のような光だった。



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「街としてはこれからが大変かもしれないけど、俺たちにできることはここまでかな……」

 菌糸の崩壊により、囚われていた人々は開放された。開放されれば封じ込められていた元々の記憶が戻るのだが、"あの世界"での記憶が消えるわけではない。それは大いに混乱を呼びそうだし、なにより魔獣にされていた人たちが不憫すぎる。なので、レインは"あの世界"崩壊直前に、あっちでの記憶を封印する処置をパッチとして当てた。そのおかげか、少々不思議には思いつつも、街の機能は問題なく復旧しそうだ。まぁ、たまにはあっちの記憶が悪夢で出てくることくらいはあるかもしれないが……。


 そうそう、オメガから解放され、人々の話が聞けるようになって初めて、この街の名前がキャピティスだと知ることができた。俺たちはキャピティスで食料や水を補給し、新たなオメガの反応を求めて出発する。のだが、フィルトゥーラの元気がない。勢い命!みたいなキャラなのに……。

「アストのことか?」

「い、いえ、いいんです。あっちの世界から救い出してもらって、すぐに彼の運命はわかってましたから……」

 フィルトゥーラは俯いたまま、魔導艦へと乗り込む。俺とレインも、その後を追って乗り込む。

「そんな顔してると、彼が心配するぞ?」

「は?」

 艦橋の扉が開き、その先には俺にとっては見知らぬ、だが、彼女にとっては見知ったであろう姿が見えた。

『や、やぁ、フィル』

「ほぇ!?」

 艦橋のど真ん中、そこに半透明なアストが立っている。

「この船の管制AIとして、彼を招待したんだ」

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 魔導艦の船内に、フィルトゥーラの叫びが鳴り響いた。

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