2.要塞集落へ向かおう

「えぇっ!? 要塞集落って最前線なの!?」

 クスタと旅立ってすぐ、行先について聞いたところ、「最前線の集落へ行く」との答えが返ってきた。

『そりゃそーさ! あんたはこれから魔獣と戦って力をつけなきゃいけないんだからさ!!』

 クスタは『最前線なら魔獣には困らないよ!!』と笑顔で付け加えてくる。

「もう少し、その、安全な場所から徐々に慣れていく、ってのはどうかな?」

『なにいってんのよ。内地には魔獣なんて出ないわさ! 内地で魔獣がでるなら、そこは"最前線"だよ!』

 魔獣が出現する場所 = 最前線 という図式らしい。確かに言われてみればそうか……。


『それに精霊様にも言われたように、あんたには特別な力があるんだから心配いらないって!!』

 クスタは僕の鼻先に指を突きつけながら、言い聞かせるように宣言する。特別な力か……、全く実感がないから、不安しかない。


『あ、ちょうどいいのがきたよ! あれやっちゃおー!!』

「え?」

 クスタの指した先、そこには二本の角が生えたウサギらしき生き物が居た。いや、ウサギにしてはやけに大きい。


『あれは魔獣の鬼ウサギだよ! さぁ! やっちゃって!!』

「やっちゃって! って、まだ何の準備もできてないよ! 主に心とか!! それに魔獣って最前線にしか居ないんじゃなかったの!?」

『ここはもう最前線だよ?』

「速いよっ!!」

 まだ精霊様の泉から大して歩いてないよ! 思った以上に要塞集落って近かったのか!? そんな僕たちのやり取りが騒がしかったせいか、鬼ウサギはこちらを凝視し、僕と目があった。


「あ……。」

 鬼ウサギはこちらに向き直る。その角がこちらに向けられている。なんかすごくヤバい気がする。あれ? いつの間にかクスタが居ない。あいつ逃げたのか!! その間にも、鬼ウサギは力をためているのか、殺気のようなものが放たれているように感じる。やるしかないのか!!

 僕は両腰の短剣を抜き、よくわからないが何となく適当に構える。


 沈黙……。


『くしゅん』

 クスタの奴がどこかでくしゃみをした。瞬間、鬼ウサギは僕に向けて突撃してくる。

「うぁぁ!」

 僕は横に転がるように回避! 左肩に何かが引っ掛かったような感触があった後、背後で「カーン!」という甲高い音が響いた。振り返ると、鬼ウサギは岩に衝突し、ぶるぶると震えていた。


 ──やるしかないっ!!


 僕は決意し、いまだ震えの収まらない鬼ウサギに向け、短剣を振り下ろした。ブツリ、という手ごたえと共に、短剣が皮を裂き肉に刺さるのを感じる。すごく気持ち悪い感触だ……。


「ぎゃぅぅ」

 思った以上にあっさりと、鬼ウサギは息絶えた。そしてその姿が消え、後には角と毛皮が残った。

 僕は引っ掛かりを覚えた左肩に触れる。特にけがはない、が、衣服は裂け肌が見えていた。うっかりしたら、あの角が左肩に刺さっていたかもしれない……。僕は怪我がなかったことに安堵しつつも、「もし角が刺さっていたら」という仮定を想像し手が震える。その手には、ウサギを突き刺した感触がまだ残っていた。しかし、既に死体どころか、返り血すら消え去ってしまった。その上、やたら綺麗な品が残される。この革なんてなめし革じゃないのか? なぜ生き物を倒すと加工品が出現するのか……。手に残る感触や襲い来る恐怖感は本物なのに、倒した後の現実感が薄い……。


『やったぁ!!』

 数m離れた木の陰に隠れていたクスタが勢いよく戻ってきた。こいつ戦闘になったら逃げやがった──


【ドロップ:ウサギの角、柔らかい毛皮】

【スキル:加速スピードをドレインしますか? > Yes / No 】


 ん? なにやらシステムメッセージ的なものが頭の中に流れている。

「なんか、加速スピードをドレインするかって出てきたんだけど……。」

『そう! それがドレイン能力!! 魔獣を倒したら、その力を"スキル"にして吸収することが出来るの!!』

「おぉ! もしかしてこれが僕の特別な力!?」

 嫌な感触は消えないが、特殊能力っぽいものが見えたことで、少しテンションが上がる。

『いいえ、違う。』

「え、違うの?」

『全員ではないけど、この世界の人も、ドレイン能力持ちはたくさんいるよ。』

 膨らんだテンションが急激にしぼんでいく。

「じゃぁ、僕の特別な力って……。」

『まあまあ! まずはドレインしてみよー!』

 そろそろクスタのテンションがうっとおしく感じてきた。この先大丈夫だろうか。僕はしぶしぶ言われた通りにYesを選択した。


【スキル:加速スピードをドレインしました】

【所持スキル

 1.大吉ラッキー

 2.加速スピード

 3.No Skill】


「所持スキルは大吉ラッキー加速スピードだってさ。」

『そうそれ! 大吉ラッキースキル!! 魔獣からのドロップ品が出やすくなって、いいものが出るの!!』

「どうせこれも、特別なスキルじゃないんだろ?」

『とんでもない! これは固有ユニークスキルだよ! 固有スキルはドレインでは覚えられなくて、生まれつきの能力なの! それにこの大吉ラッキーはあんたしか持ってないんだから!!』

「え、マジ?」

 僕専用のスキルで、ドロップ率アップとか、レアドロップ強化とかそういう類のスキルか……。


「地味、ものすごく地味だよ! レアアイテムを入手しやすいとか、ハクスラゲームなんかだと垂涎物の能力だけど、そもそも敵を倒せることが前提だよね。今の僕にそんな貴重なアイテムを落すような敵を倒せるとは思えないんだけど!!」

『え、あ、うん。』

 クスタの表情は可哀想なモノを見るようだ……、なんだか扱いが雑じゃない?

『そ、それだけじゃないんだから! あんたスキルを3つ持てるでしょ? 普通は1つしか持てないんだからねっ!!』

「えっ!? マジっ!?」

『な、なんかさっきとは反応がちがうね……。』

「当たり前だよ!! 普通1つしか持てないスキルを3つ持てるって、すごいじゃないか! それを先に言ってよ!!」

 つまり、複数スキルによるシナジーを生み出すこともできる。バフスキルを重ね掛けしたり、攻撃スキルを同時使用したりできる。

『と、とりあえず、気に入ってもらえたならよかったよ……。』





『ここが要塞集落ラインフォートだよっ!』

 クスタの言葉に、僕は視線を向ける。森が開けた先、少し小高い丘の上には高さ3m程の木柵に囲まれた集落があった。

「あれが、要塞?」

『もちろん要塞だよっ! ほら見てよ、ちゃんと堀と土塁もあるんだから!!』

 確かに、僕が勝手に、鉄筋コンクリート製の軍事要塞をイメージしていただけであって、防衛拠点として建築されていれば要塞だよね……。

『まずは、ソルジャーギルドに行って、ソルジャーに登録しよー!』

 おおー、ギルドとかあるんだ。ソルジャーって名前が少し不穏だけど……。




「おぅ、ようこそソルジャーギルドへ。登録かい?」

 カウンター越しの受付に居たのは野太い声のオッサンだった。頭部の防御力はかなり低そうだ。うん、わかってた。そうだよね、最前線だし、危険だもの。女性美人受付嬢とか居ないよね……。

「坊主なら……、っ!?」

 一瞬受付のハg──、オッサンの目が光った気がした。直後オッサンの表情は驚愕のソレになる。

「坊主、スキルを複数持てるのか……、話には聞いたことがあったが、眉唾もんだと思ってたぜ。」

「クスタ、複数スキルは僕だけの"特別"じゃなさそうなんだが?」

『そ、そうかな!? でも滅多に居ないっ!!……はず』

 僕の懐に入り込んでいたクスタが飛び出しつつ答える。

「はずって言った……?」

 僕はクスタにじと目を向ける。

「その上、妖精持ちかい。こりゃ、ラインフォートにも運が向いてきたかもしれねぇな!」

 受付のオッサンは嬉しそうに語った。

「というか、オッサン、どうして僕のスキルがわかったの?」

「オッサンじゃない、俺にはバッシュ・シミグズって名前がある。俺は固有ユニークスキルの看破シースルー持ちだ。どこのギルドにも大抵一人は看破シースルー持ちがいるんだよ。」

 そんなスキルもあるのか……、でも固有スキルだと僕は覚えられないか。


「そんで坊主、ギルドに登録でいいのか?」

「僕にもオオムラ……、じゃなくて、アーヴァ・スクラビーっていう名前がある。」

 バッシュは片眉を上げ一瞬意外そうな顔をし、すぐに笑顔に変わる。

「そりゃすまなかったな、アーヴァ。で、ギルドに登録するかい?」

 このオッサン、多少口が悪い感じだけどいい人のようだ。

「うん、登録するよ。」

「よし、ならここに名前を書いてくれ。」

 名前記入欄だけが大きく記載された用紙がカウンターに置かれた。僕字が……、あ、日本語だ。用紙には"氏名"って書いてある。どういう文明状況なんだ、ここ。


「アーヴァはドレイン能力持ちだから、1級ソルジャーだな。」

「ソルジャーに等級があるの?」

 バッシュは口元にニヤリと笑みを浮かべる。

「それもこれから説明してやるよ。ソルジャーギルドは国が資金提供し、運営されている。ここには宿舎があるし、滞在中は食事も提供される。どれもソルジャーは無料だ。ただ、給金は出ないから、金がほしいなら魔獣を狩って、素材を売ってくれ。」

 バッシュは「ラインフォート内のギルド以外では金が要るからな。」と付け加える。

「あれ? 魔獣討伐で報酬とか無いの? 依頼達成金とか。」

「そういう金は出ない。あくまでもギルドが提供するのは宿と食事と情報だ。ソルジャーはギルドから魔獣の生息地や発生の情報を入手することができる。まあ、情報を元に狩りに行くも行かないも、それぞれのソルジャーの裁量次第だな。」

 なんだかずいぶん緩いんだな。そうしたら狩りをしないで、ひたすら食べて寝ててもいいのか?

「特にノルマなんかは無いが、定期的に発令される集団討伐遠征は必須参加だ。これに参加しないと処罰される。最悪死罪だな。それに、集団討伐遠征はなかなか過酷だ。そこで死にたくなきゃ、しっかり魔獣を狩って、実力を高めて装備を充実させろってこった。」

 タダで上手い話は無いってことだ。

「っていうか、結構危険じゃん!!!」

「わっはっはっ、まあ、複数スキル持ちのお前さんなら大丈夫だろ。ああ、それとソルジャーの等級だったな。こりゃ単純だ。アーヴァみたいなドレイン能力持ちは1級、能力無しは2級だ。1級は2級と比べて情報提供や物資の融通を優先的に受けられるっていうくらいだな。ギルドとしても能力持ちには活躍してほしいからな……。ほれ、これが1級の登録証だ。」

 手のひらに収まるサイズのメダルを渡された。"アーヴァ・スクラビー"という名称が入っている。あっさり登録されてしまったが、よかったんだろうか……。


『よーし! んじゃ、早速討伐にでかけよー!!』

「いきなりだなっ!!」


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アエリア用語説明


・ソルジャー

 アエリア独特の兵役形態。傭兵と正規兵の中間。

 軍隊ほどには管理されていないが、出動命令などが出された場合には従う義務が発生する。当然逃亡は即処断対象。

 指令が無い場合には、各自自由に討伐や、独自に遠征を行っても良い。ただし遠征に出る場合には事前申請が必要。

 最低限の装備は支給され、宿舎や食事も提供されるが、戦死時や退役後の補償などは無い。

 最低限度の衣食住を保証されるため給与は無い。お金を稼ぐためには、独自に魔獣を狩り、素材を売るしかない。

 討伐ノルマなどは存在しないが、定期的に出動命令が発令され、集団での討伐遠征が行われる。非常に過酷な任務

 であり、支給品装備だけでは生き残れない。当然逃亡すれば処断され、最悪死罪。そのため、生き残るためには

 日頃から独自に魔獣討伐を行い、実力を高め、装備を充実させる必要がある。

 かなり劣悪な労働条件だが、魔獣により生存圏が脅かされ人があぶれているため、成り手は少なくない。


 魔獣が席捲しているアエリアだからこそ成り立つシステム。国は魔獣対策が必須だが、魔獣との闘いは非常に頻繁で、

 正規兵を動員した場合、訓練期間などを考えると雇用より損耗が上回ってしまう。加えて、魔獣には戦術や戦略は存在

 せず組織だった行動も行わないため、組織的に運用できる軍隊ではなく、数で使い潰せる駒を用いているのが現状で

 ある。


 ソルジャーには1級と2級の等級がある。ドレイン能力のある者は1級、無能力な者は2級となる。1級ソルジャーは

 使い捨てであるソルジャーの中でも好待遇であり、情報提供や物資の融通など、優先的に受けることができる。


・ドレイン

 魔獣討伐時、その特性を吸収し、自身の能力"スキル"として発現する能力。

 ドレインするためには魔獣の止めを刺す必要がある。そのため、複数人で討伐してもドレインできるのは一人のみ。

 ドレインの実施可否は任意に選択ができる。そのため、不要な場合にはドレインしないという選択も可能。

 ドレインで保持できるスキルは1人につき1つ。新たにドレインを行うと、元々持っていたスキルは消失し、新たな

 スキルが使用可能となる。極稀に複数スキルを保持できる者が居る。


・スキル

 魔獣から特性をドレインした者が獲得する能力。スキルには肉体を強化するもの、純粋に攻撃力だけを上げるもの、

 相手の弱体化など特殊な効果を生み出すものなどが存在する。

 さらに、魔獣からドレインする以外にも、個人が元々保持している"固有スキル"も存在する。固有スキルは魔獣

 からはドレインできない。また、固有スキル持ちが魔獣からスキルをドレインした場合、固有スキルは消え、魔獣

 からドレインしたスキルだけが使用可能となるが、そのスキルを開放し消すことで、元の固有スキルが復活する。


・魔獣素材

 魔獣を倒したときに出るドロップ品のうち、何かの製造に用いる物の総称。

 魔獣素材を用いた装備は、軒並み鉄器や鋼鉄器よりも強力になる。さらに魔獣素材による装備の優れた点は、

 その魔獣の特性に応じて、装着者の能力を僅かに引き上げる効果があることだ。

 より強力な魔獣を倒すためには、魔獣素材の装備が必須と言える。

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