8.行き倒れ

「昨夜は被害を防げたわね。」

 徹夜明けの朝。第13独立部隊屯所内、部隊長室にてエリーゼが高らかに宣言した。

 室内には、俺、エリーゼの脇に控えているアルバート、徹夜明けげぐったりのルクト、そしてレイン。レインは夜回りの最中から沈痛な表情だ。


「フィーデのこと教えといてくれればよかったのに……。」

 フィーデだけでなく、ハーヴァシターさんにまで遭遇した。相変わらずの威圧感に、生きた心地がしなかった。

「あ、もしかしてハーヴァシター氏にも会ったとか……?」

 エリーゼは面白そうに聞いてくる。完全に面白がってるな。


「被害者の少女はどうだったんだ?」

 自分から振った話だが、旗色が悪くなったため話題転換を図る。

「ちょっとしたかすり傷程度よ。多少栄養不足気味みたいだけど。」

 栄養不足は事件とは関係なさそうだな。それはそれで別の問題かもしれないが……。


「……? レイン大丈夫か? 疲れているなら、先に下宿に戻っても……、」

 レインはなぜかずっと表情が暗い。彼女も全身義体だし肉体的疲労の限界ということもないと思うが……。

「わかりません、勘違いだと思いたいです。」

 レインが絞り出すように告げる。

「なにかあったのか?」

「……、一瞬でしたが、レイヤーネットに流れる通信パケットを検知しました。」

「まさか、」

「はい、システム・オメガです……。」

 一時は王都中の人間を洗脳したシステム・オメガ。だが、システムに感染した人たちから全て削除したはずだ。

「どういうこと? もしかして生き残りがいたっていうことかしら?」

 エリーゼの言葉に、レインは静かに首を振る。

「わかりません。本当に一瞬です。ただの検出ミスかもしれません……。今は検知できません。」

 気持ちとしては検知ミスと思いたいが……。

「実は昨日、サニスの事件を話しているときに思ったんだが……、サニスの言う"神"ってのは、もしかしてオメガだったのかも……。」

 俺は「推測にすぎないけどな」と付け加える。エリーゼの顔は驚きに彩られる。対してレインはある程度予測していたのか、あまり表情に違いは見られなかった。

「どのみち今時点で検知できないなら探りようもない……。もしまた検知したら、すぐに場所を割り出してくれ。」

「はい。」

 レインは今だに少々暗い表情だが、先ほどよりは気分が持ち直したらしい。


 その時、扉がノックされた。

「入っていいわ」

「失礼します」

 エリーゼの言葉を待ち、部隊員が入室する。

「保護した少女が目を覚ましました。」

「わかったわ、すぐに行きます。」

「はっ」

 伝令を伝えた部隊員は敬礼し退室した。


「行きましょうか。」

 エリーゼは腰を上げ、部屋を出ようとする。

「いや、その前に……、ルクト! 学校始まる時間だぞ!」

 俺の言葉に、応接机に突っ伏して居眠りしていたルクトがガバっと起き上がる。

「んがぁ、い、いってきます」

 ルクトは部屋から飛び出し、外で何かとぶつかりながら、去って行った。


「あとエリーゼ、アレはいいのか?」

 先ほどまでエリーゼが座っていたソファー。その背後に控えるように立つアルバート。エリーゼが席を立った今。そのソファーは無人だが、アルバートは相変わらず同じ場所に立ち続けている。


「zzzz……」

「彼、一昨日も徹夜で夜回りしていてくれたのよ。そっとしておいてあげましょ。」

 一度も会話に入ってこないから何故かと思ったらそういうことか……。立ったまま、目を明いた状態で寝ている。すごい技術だな……。俺たちは、アルバートを起こさないように、静かに退室した。





 目も髪も濃い茶色でショートヘアのその少女は、まるでリスのような状態になっていた。食卓に並べられた食事を次々と口に頬張り、胃に流し込むように平らげていく。

「その、すみません。目を覚ましたのですが、空腹で再度倒れそうになっていたもので……。」

 先ほど伝令に来てくれた部隊員が、申し訳なさそうに告げる。

「え、ええ、そのくらいはいいのだけど……。私はエリーゼ・ナトリー。お名前を聞いてもいいかしら?」

「ふぁふぁふぃふぁ、ふぃふふぅふぁみおふぁいふぁふぇふ。ふぉふぉおふぃふぉあふぃいふぃふぉふぁふぃふぇふふぇ」

 少女は頬袋に食料をありったけ詰め込んだままにしゃべりだす。

「あ、いいの、食べてからでいいわ、ごめんなさいね。」

 少女は言われる前から、食事を継続し、次々と皿を平らげていく。そのスリムな体のどこに入っていくのか……。きっと成長期なんだな、まだいろいろと未発達だし……。そんなことを考えていたら、エリーゼとレインに冷たい目で睨まれた。俺の心の声が聞こえたのか!? 解せん。



 たっぷり15分ほど。少女が食卓の皿を全て空にしたのち、

「ごちそうさまです。ありがとうございます。ケプ」

 体形が変わるんじゃないかというほど食べた少女は、エリーゼに礼を言った。

「えーっと、あなたお名前は? 住所はどこかしら?」

「あ、申し遅れました。私はフィルトゥーラ・ミオタイカです。住所というか、その、旅です。旅人してます。」

 フィルトゥーラと名乗った彼女は、確かに腰丈のフード付き外套を着用しており、一見旅人風にも見えなくはない。だが、旅人というには荷物が無い。なによりやけに厳つい篭手と具足を装着しており、旅をするには少々邪魔のように感じる。

「ふぅん。あなた、昨日の夜のことは覚えている?」

 エリーゼも不自然さは感じたようだが、まずは彼女の不自然さよりも昨夜の事件について聞くことを優先したようだ。

「え、昨日の夜ですか? 昨日の夜のことは何も……、その……、たぶん昨日の昼ごろ、ですかね……? お腹が減って限界で……。路地で倒れて、そこから記憶が……。」

 まさかの行き倒れ。エリーゼの表情からも完全に次の言葉が吹き飛んだのがわかった。つまり、この少女は昨夜の事件で倒れたのではなく、推定昨日昼頃にあそこで行き倒れ、昨夜の殺人犯はたまたま倒れていたこの少女を狙っただけ……。被害者が事件と完全に無関係とは予想外すぎる。


「あ、あなた、荷物は? お金は持っているの?」

 一瞬の後、再起動したらしいエリーゼが改めて質問を投げかけた。

「あ、その、いろいろあって無くしてしまって……。あ! もしかしてご飯のお金ですか!? その、今手持ちがなくて……、な、なんとか近いうちに払うので……。」

 だめだ。なんかもう、早く帰したほうがいいんじゃないだろうか、この子。エリーゼも頭痛を抑えるように頭に手を当てている。徹夜明けの頭に響くな、これは。


「コースケッ!!」

 突然、レインが声を挙げた。

「奴の反応か!?」

 レインの頷きに呼応し、俺たちは弾かれるように駆け出した。



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 王都にある防壁の外。広がる畑の中に一軒家がある。王都の防壁がいかに広いといえども、農地の全てをその中に納めることはできない。実際には壁外に多くの農家が存在する。

 壁外の農家は、常にモンスターの脅威が付き纏う。王都に近ければそれだけ安全性も高い。離れれば離れるほどに危険は増す。ここの農家も王都から遠い。

 あの怪物の残した"匂い"を辿った結果、ここへと至った。フィーデは「またか」と小声で呟いた。農地の真ん中に立つ一軒家を見ると、自分の昔をどうしても思い出す。


 また、昔の私のような"弱者"が食い物にされるのだ。父が居て、母が居て、弟が居て……。だが奪われた。あの男に……。いや、あの男すら傀儡だろう。今はわかる。魔力と一緒に漂うこの"匂い"。

「オメガの匂いだ……」

「ほぅ、どのような匂いがするのか興味深いな。」

 いつの間に背後を取られたのか。私は外殻を成形しつつ飛び退き、正面にそいつを捉える。間違いない、この精神を逆なでるような空気。奴だ。

「まさかここを嗅ぎ付けられるとは……、参考までに、どうしてわかったの聞いても良いかね?」

 見た目は何の変哲もない男。明らかに隙だらけで私の前に立っている。だが、周囲から凄まじい殺気が飛んでくる。


「……、魔力に混じる匂いだ。」

 今にも飛びかかりたくなる衝動を抑え、私は時間を稼ぐために問答に乗る。

「ふむ、つまりディール粒子、いやレイヤーネット上のデータパケットを感じ取る能力があるのか……?」

 男はこの状況でも無防備に考え込み、「まだまだ調べる余地があるか」などと思考の海に浸かるように独り言をつぶやく。


「お前は一体何者だ? 何処から来た?」

 私の問いに男は思考を止め、私を見る。

「わかっているのだろう。こう言って通じるかな? 私は"オメガ"だよ。」

 その名に、私の中の憎悪があふれ出る。

「先日、魔導艦とやらに同乗させてもらってね。ここへやってきたばかりだよ。」

 怒りに理性が侵食されていく。だめだ、まだ押さえろ。

「うむ、よく抑えるものだ。不利を悟り自制している。"こっちの私"もなかなか面白い物を作るじゃないか。」

 オメガは指を鳴らす。周囲に伏せていた者たちが姿を現す。私同様の黒い外殻に覆われた男たち。その数9。一対一なら勝てる。だが、9人相手では分が悪すぎる。そう思っていると、後方から破壊音が聞こえた。振り返ると農家の納屋の天井を突き破り、巨大な黒い外殻の怪物が立っていた。マグナと同じ程度、7mはあろうかという怪物が3体、納屋を破壊しながら現れた。中に隠されていたのか……。


「最後に聞いておこうか。君は"私"を知っていたようだが、"こっちの私"はどうなったのかな? 王都の住民の中には既に居ないようだし、"私"も彼らに"入れない"。これはどういうことなのか……。」

 奴はおどけたようなしぐさで付け加える。

「こんな人紛いの人形を作るくらいしかできることが無かったよ。」

「ガァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 瞬間、私の理性は吹き飛び、奴に向かって狂気を持って襲い掛かった。

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