9.海の向こうへ

 巨大な怪物の振り抜いた拳をまともに受け、吹き飛ばされ私は数m先の大岩に激突した。

「ぐはっ」

 口から血があふれる。両手両足共に砕かれ、身動きもままならない。怒りに身を任せた結果がこれだ……。

「主に……、怒られてしまうな……。」

 私は折れた腕で這い、少しでも距離を取ろうと試みる。


 背後から拍手の音が聞こえる。

「小型とはいえ、まさか2分で3体も戦闘不能にされるとは。驚きの戦闘能力だ。」

 オメガが拍手をしている。再び私の中の狂気が湧きあがってくる。呼応するかのように身体が負傷を急速に修復しようとしている。でもだめだ。また同じことの繰り返しだ。

「驚嘆すべき性能だな。しっかりと残骸は活用させてもらうよ。」

 オメガが右手を上げる。人間サイズの6人が一斉に襲い掛かってくる。

 最後に心に浮かぶのは意外にも憎しみではなく、銀の仮面から僅かに覗く口元で、ぎこちなく笑うあの人の姿だった。


 私の頭めがけて鋭利な爪が振り下ろされる──


 しかし、巨大な爪は私に届くことは無く。その爪が、いや手が、体が、ミシミシと押しつぶされるように縮小し、そして破裂した。


『私の秘書に、ずいぶんなことをしてくれたものだな。』

 いつもとは違い、地面が陥没するほどの速度で我が主は着地した。我が主はただならぬ空気を発している。非常に怒っているみたいだ。

『フィーデよ、私を待てと伝えたはずだ。』

 私はうまく動かない軟弱な自身の脚に鞭を打ち、立ち上がる。そう、確かにヴァラティ様を待てという命を受けていた。自身の怒りの感情を抑えられなかった結果だ。言い訳のしようもない、

「申し訳……、ありません。」

 倒れそうになる私を、我が主がその手で支えてくれた。

『無理をするな。』

 主の手を煩わせてしまうとは、秘書としても、護衛としても失格だ……。


「何者か知らないが、1体倒した程度で──」

 オメガの背後に居た2人が突然、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。

「2体追加かな。」

 シキナが緩やかに着地した。

 更に頭上から舞い降りる光る羽根に触れた途端、2人が痙攣し倒れた。

「私も追加で2体です。」

 白い翼を羽ばたかせ、レインが飛来する。


「こちらにはまだ大型の試験体が──」

 遠方から響く空気を裂く音、そして控えていた3体の巨大な怪物のうち1体、その上半身が弾けるように消失した。

『命中! 狙い通りね!!』

「ちょっ、エリーゼ危ないって! 少しでも逸れたら俺たちが消し飛ぶって!!」


 その直後、巨大な怪物2体の胸から剣が生えた。完全無音、いつの間にそこに居たのか、マグナが怪物2体の背後に立ち、その両手に持つ剣で2体の胸を貫いていた。マグナはそのまま回転、怪物2体はきれいな輪切りになった。


「お前たちか! お前たちだな!! "こっちの私"が居なかったのは!!」


「シャァァァ!!」

 最後の1人! 背後から我が主に向けて跳びかかってくる。

「ヴァラティ様!!」

 私は主を庇うべく、その身を前に──


「ちぇすとぉぉぉ」

 見覚えのない少女が最後の1人を殴り飛ばした。彼女のその手には、体格に対してずいぶんと不釣り合いなガントレットが装着されていた。


「えぇ!? フィルトゥーラ着いてきたのか!?」

 シキナが驚き声を張り上げている。どうやら奴の知り合いらしい。

「これも"いっしゅくいっぱんのおん"です。」

「"一宿"はさせてないだろう……、っていうか意味わかってないよな、明らかに。」


「貴様ら! 私を無視して──」

「あー、うるさい。」

「あがっ」

 オメガを宿した男が激高していたが、シキナがやけに手慣れた動きで首輪を取り付けた瞬間、体の動きが停止しバッタリと地面に倒れた。

「フッ」

 まるで緊張感が無い。気の抜ける連中だ……。先ほどまで、憎悪に塗れていた自分がばかばかしくなる。


「なぁぁぁぁぁ!! 終わってるぅ!!」

 空では遅れてきたルクト・コープが、嘆きを挙げていた。

『ちょっとコースケ!! アルに呼び掛けても返事がないんだけど!? アルのマグナが決めポーズのまま動かないんだけど!?』

 大剣2本を振り抜いた姿勢で動かないマグナのコックピットを開き、シキナが中を覗き込む。

「あ、だめだ。アルバートの名誉のために見ないほうが良い。色々な何かに"まみれてる"」

『コースケ! どんな改造したのよっ!!』

 ……、ちょっと緊張感無さすぎだな。



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「間違いありません。この人物には"システム・オメガ"が存在しています。」

 レインは拘束環バインドで拘束した男に触れながら告げる。

『この男は、海外からの渡航者のようだ。フィーデは奴自身がそのように言うのを聞いたそうだ。』

 海の向こう、そこでは我々とは異なる国があり、住む人たちが居ることは、調査船が帰還したことでわかっていた。そしてそこには……、

「オメガが居るのか……。」

 思考が口からこぼれた。俺の言葉に、全員が神妙な面持ちとなる。


「でも、オメガは、おれたちやレインさんの力で、全て消えたはずじゃ?」

 ルクトが思う疑問ももっともだ。

「300年前、歴史上"聖戦"と言われる戦争は、オメガが暗躍し、世界中を巻き込んだ大戦へと発展しました。」

 レインは、まるで自分が体験したかのように過去を語る。いや、実際に"鈴城怜"は、当時を生きていた。

「当時、オメガは世界中のありとあらゆる場所に居ました。奴が操ることのできるデバイスも今以上に存在しました。オメガが世界を麻のように乱した結果、世界はその様相を大きく変えました。」

 モンスターの発生は、当時の義体反対組織の過激派がばらまいたμファージの暴走だが、その過激派の動きすら、オメガが裏で誘導していたフシがある。

「元々、ディール粒子を媒介としたディールレイヤーネットワークは世界中と交信することができました。しかし現在は王国周辺しか交信できません。ネットワークが分断されてしまっています。」

「つまり、世界に拡散したオメガが、そのまま分断されて残っているっていうことかしら?」

 エリーゼの言葉に、レインは静かに頷く。


「なら、海外からの船が来たら、オメガのチェックしたらいいんじゃないですか?」

 ルクトの言うのはまさしく"検疫"だな。昔なら国際空港と言えば当然検疫所があったしな。

「オメガ専用の検疫システムを構築すれば、空港の水際でオメガの侵入は食い止められます。」

 レインはオメガが僅かにレイヤーネット上に流したパケットすら突き止め、ここを探知できた。専用検疫システムがあれば、確実に水際で侵入を防げるだろう。そんな提案をしつつも、レインの表情はすぐれない。


「なら早速検疫システムというのを導入しましょう! コースケなら構築できるわよね?」

 レイン設計で俺が構築。レインに視線で確認すると、相変わらず浮かない表情だが、しっかりと頷く。それなら……。

「報酬は高いぞ?」

「また魔核で払えばいいかしら?」

 エリーゼは王族だけあって、こういう時の金払いは良い。いつもなら魔核でもらうところだが、今回は違う。

「いや、海外へ行ける魔導艦を1隻。ちょっくら行って、オメガを殲滅してくる。」

 俺はレインの肩に手をまわしつつ、エリーゼに告げた。直後にレインは「えっ」と呟きつつ俺を見る。そんなに意外だったかな?

「レインは"過去の自分"から、"オメガ抹消"を指令として受けてるからな。」

「しかし、コースケ──」

 レインの口に指を当て言葉を止める。

「レインには俺のために・・・・生きてほしいからな。余分な指令はさっさと片付けよう。」

「……、はい。」

 レインは軽く頬を染め、笑顔で答えた。


「ふぅ、わかったわ。最高の船を準備してあげる。」

 エリーゼはヤレヤレといった雰囲気だが、船は提供してもらえるようだ。

 よし、なら、サクっと検疫システム作って、さっさとオメガをぶっとばしにいきますか──

「あ、あのっ!! 私も同行させてくださいっ!!」

 俺の決意に水を差すように、これまで黙って会話を聞いていたフィルトゥーラが名乗りを挙げた。




「あ、うん、いいんじゃない?」

「えっ! そんなアッサリいいんですかぁぁぁっ!?」

「そうよ! コースケ大丈夫なの!?」

 自分で立候補したフィルトゥーラ自身が突っ込みを入れ、エリーゼも心配なようだ。

「二人旅ってのは非常に魅力的だけど、やっぱり戦力的には少々心配もあるしなぁ。出身不明正体不明の怪しい奴ではあるけど、少なくとも"オメガ"とは無関係みたいだし、他に一緒に行けそうな人居ないし、」

 エリーゼは王族だし、部隊長だから無理。当然アルバートも来ないだろう。ハーヴァシター氏は駐在官だから王国出たらダメだし、フィーデもハーヴァシター氏といい雰囲気だし、ルクトは学校だし……。

「あ、怪しい奴……。」

 事実を述べただけなにに、フィルトゥーラは少々落ち込んでいる。

「悔しかったら正体を白状しろ」

「グゥ……」

 グゥの音は出るらしい。

「結構腕も立つみたいだし、いいかなって。あ、ちなみに特技は?」

「へ、あ、重げ……、ま、魔法です。重力魔法!」

 俺の唐突なフリにうっかり言ってはいけない何かが漏れかけた。そのうちポロリと正体こぼしそうだよな、こいつ。

「重力魔法? 聞いたことが無いわね。」

 特技は魔法というわりには、さっき敵をぶんなぐってたけどね……。



「即席パーティだけど、行ってみますか、"海の向こうへ"!」


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スペックシート:レイン


氏名:レイン(本名 ,%&#|$'-レイ^n)

性別:女

年齢:16?

タイプ:遠距離戦

装備:

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

・全身義体

 チタン合金による骨格、強化繊維ベースの強靭な人工皮膚によって構築されている。

 【思念力ウィラクト】という名の新物理力を発生させる装置が搭載されており、それにより飛行が可能。

 動作には人工筋繊維と思念力ウィラクトを併用し作動出力を上げている。

・バックパックフロートベース

 遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートのコントロール装置兼、遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピート

 搭載用銃架。レインの義体背中には装備増設用のアタッチメントがあり、そこへ取り付けて使用する。

 (ドレスアーマーの背中はバックパックを邪魔しないように大きく開けてある。)

 増加した重量を補助するためにフィールド発生器を1基内蔵している。

・メタルエクステンションヘッドギア

 一見すると開閉式フルフェイスヘルメットだが、大量の演算装置が圧縮積層し内蔵しており、システム・アルファや

 フロートシールド操作などで演算処理を行うことの多いレインの役割を補助する。演算能力が上昇したことで、

 遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートを8基操作可能となった。

 加えて、このヘッドギアには更に演算処理能力を上げるために「仮想演算装置拡張オーバーエクステンション

 システムが搭載されている。

・リキッドドレスアーマー

 孝介が【EQコンストラクタ】で構築した長袖・ロングスカート形状のワンピースアーマー。全身黒色。

 ポリアミド素材にダイラタント流体を合わせた素材で作られており、通常時は柔らかいが、速いせん断刺激(衝撃)

 には強い抵抗力を発揮する。

 両足のフィールド発生器の邪魔にならないようにスカート形状としてある。

 残念ながらスカートの中はショートパンツをはいている。

・シールド発生器×2

 両腕に取り付けられた簡易式フィールド発生器。拒絶障壁ウィラクトシールドの発生専用。

遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピート×8

 フロートシールドシステムに多段式魔導加速銃スコルペンドラ・改を取り付けた装備。

 元々は思念力ウィラクトを用いてシールドを浮遊、展開し、相手の攻撃を防ぐ専守防衛用装備。

 浮遊は思念力ウィラクトで本体側から操作、多段式魔導加速銃スコルペンドラ・改が消費する

 エネルギーも、本体から供給されているため、飛行稼働的には限界は無い。だが、弾薬は有限であり、10発

 撃つとリロードが必要。

 多段式魔導加速銃スコルペンドラ・改の仕様

 衝撃発生器を銃身に多数取り付けた多段式加速銃、通称ムカデ銃

 口径20mmにもなる大型銃。全長は140cm程度、銃身は70cm。装填数 10発

 銃身内に多数の衝撃発生器が配置されており、連続衝撃による超加速で弾丸を打ち出す。

 フロートシールドに搭載するにあたり、フルオートに改造された。

 通常はこの銃を撃てるほどの魔力袋アニマがあるなら、魔法系に就くべきという代物。

 魔力袋アニマの大きさは十分に大きいが、制御力が皆無というような特殊なタイプの使用者が対象の武器。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:5800kWh、最大出力:800kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器×2(両足)+バックパック

 最大出力:65kW(推力:1500N)(3基合計)

技能:

・飛行

拒絶障壁ウィラクトシールド

仮想拡張演算装置オーバーエクステンション

 周囲のディール粒子を集約、独自のローカルレイヤーネットワークを構築し、拡張演算処理装置を組み上げるシステム。

 実行中はその場から移動できなくなるが、自身の演算能力を爆発的に引き上げることができる。

 多人数の脳余剰リソースを並列化するシステム・オメガに換算すると、最大で数千人分の演算能力に匹敵する。

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