7.影の気配

 その日、王都の魔道艦空港は再び式典が催され、湧き立っていた。海外へと出航した調査船が帰港したのだ。船員たちは一人も欠けることなく無事に帰還。出迎えの人たちの盛り上がりの中、海外で入手した品々を積み下ろししつつ、下船してくる船員たち。


 下船するのは船員たちだけではない。海外でメディオ王国の話を聞き、是非渡航したいと希望した人たちも数名居た。彼はその中の一人。タラップから空港の地面へと降り立ち、王都の町を見渡す。その口元が僅かに歪み、笑みを浮かべていた。




「なんと海の向こうからいらしたのですか! それはそれは! ということは、この品も海の向こうから?」

 話を聞き、商人は男から渡された品を改めて定める。

「これほどの珍品なら、そうですな……、この金額でいかがでしょうか?」

 商人は手元の算盤を弾き、金額を見せる。

「ええ、ではそれでお願いします。」

 男は一瞬怪訝な表情をした後、再びにこやかな顔に戻り、品物の代金を受け取って店を出た。


「どういうことだ……? この町の人間は何かがおかしい……。なぜ"入れない"?」

 男の独白は、町の喧騒に消えた。



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「えっ、もう壊したの!?」

「え、ええ。」

 俺はルクトから謝罪と共に、マグナが壊れたことを聞かされた。まあ、でも訓練とはいえ実戦だったわけだし、大なり小なり損傷くらいはするか……。

「まぁ、壊れたものは仕方ないか。で、どのくらいの損傷具合なんだ?」

「あ、その……」

 俺の問いかけに、ルクトの反応がやけに悪い。よっぽど酷い傷でもつけたのかな。

「どんなものでも壊れることはあるから、そんなに気にするなよ。」

「バ、」

「バ?」

「バラ……」

 薔薇?

「バラバラです。」

「……え?」



 近衛兵団 第13独立部隊屯所。格納庫に山積みになった魔核と金属の山。

 あはは、新しいマグナを作るための材料を準備してくれたのかな? うれしいなぁ。よーし、今度はどんなマグナにしようかな。そうだなぁ、後方支援タイプもいいよね。タンク型とか。いや、中距離タイプもいいか。キャノン型とか。いや、ここは意表をついてスナイパー型に……。スナイパーは怖いぞぉ、宇宙戦艦の打ち上げを狙われたらひとたまりも無い!


「コースケさん! 戻ってきてください!!」

「コースケ! 気を確かに!!」

 あれ、ルクトにエリーゼ、必死になってどうしたんだい? 俺は正気だよ。


 その日から俺と整備班のデスマーチは3日続いた。え、別に急ぐ必要は無いんじゃないかって? いや、俺も整備班の面々も、作り始めると時間を忘れてしまうのです。ええ、そうです。自業自得です。ついでの気晴らしで、アルバートのマグナをさらに魔改造したのなんて誤差みたいなものだな。

 3日ぶりに帰った下宿では、心配そうなレインと鬼の形相のサンディさんが出迎えてくれた。死体に鞭打つとはまさにこのこと。でもその後レインとめちゃくちゃ膝枕したので、差し引きで言えばプラスだと思う。





「また連続殺人事件?」 

 レインの膝枕、もといデスマーチの翌日。いつもどおりに唐突に朝食の場に現れたエリーゼは、ここ数日の事件について告げてきた。

「俺は最近ずっと変身してないぞ……。わかった! 犯人はルクトだ!!」

 俺の後ろの席で朝食を食べていたルクトが朝食を吹き出す。汚い奴だな。

「おれじゃないですって!!」

「犯人はみんなそう言うんだ。おとなしく自首した方がいいぞ。その方が情状酌量の余地も付くかもしれない。」

 俺はルクトの肩に手を置きながら、諭すように言い、

「カツ丼、食うか?」

「いや、意味わからないです。カツドンってなんですか?」

「カツ丼というのは容疑者の取り調べで使う道具でな、それを食べると涙と鼻水が止まらなくなり、自白せざるをえなくなるんだ。その上、カツ丼の料金はしっかり徴収されるという──」

「情報が虚飾と虚偽に塗れています。」

 食器を片付けつつ、レインは冷静にツッコミを入れる。


「手口は似ているのだけど、以前の連続殺人とは別の犯人よ。」

 エリーゼは、俺たちのふざけたやり取りはスルーすることに決めたらしい。何事もなかったかのように話をつづけた。

「実行犯は死亡、黒幕だったサニス・ノゴナは既に処刑されているわ。サニスの隠れ家も捜索したけれど、今回の事件につながりそうな物はなかったわ。」

 サニス・ノゴナという男は、奴の言う"神"とやらのお告げで人を誘拐し、人体実験を繰り返していた。一時はオメガとの闘いでも共闘したフィーデとその弟ロディもサニスの元被害者だ。エリーゼの言う前回の事件では、ロディが暴走し連続殺人を行っていた。当のロディも、その時の戦闘で死亡している。フィーデはこれまでもたびたび共闘したことはあるが、今も行方はわからない。まさか──

「もしかしてフィーデを疑っているのなら、それは間違いよ。彼女は容疑者じゃないわ。」

 俺の思考を先回りするように、エリーゼは言葉をかぶせてきた。

「行方を知っているのか?」

「ええ……、まあ、ね。」

 エリーゼは微妙に歯切れ悪く答えた。行方を知っていて、明確にはできないけど、今回の犯人ではないということか……。いや、待てよ?

「まさか、本当に俺が犯人だって疑ってるわけじゃないよな……?」

「ええ、もちろん。」

 窺うように問う俺の言葉に、エリーゼは迷うことなく答える。ということは……、

「まさか、また夜の見回り?」

 俺の言葉に、エリーゼはにっこりと笑う。どうやら今日も徹夜らしい。



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 夜の闇に溶け込んでしまうような、王都の袋小路。そこに一人の少女が倒れている。その少女を見下ろすように立つのは全身が黒い外殻に覆われた男。やや猫背気味で、両手が異常に発達しており凶器のような爪が長々と伸びている。

「シャァァァァ……、」

 口からは吐息のような、威嚇のような声を漏らし、今夜も人の命をその爪で刈り取るべく右手を振り上げ──

「そこまでだ。」

 私の声に、爪を振り上げたままの男が振り向く。

「シャァァァァァァッッ!!」

 とても正気を保っているとは思えない声を上げ、男はその手を振り下ろす。


「言葉もツウジナイカ」

 私はその手が振り下ろされる前に走り抜け、赤熱する自身の爪で、奴の腕を切り落とした。

「ギィィヤァァァァァァァァ!!」

 男は耳障りな悲鳴を上げた後、切り落とした腕が急激に肥大化する。

「っ!!」

 私は全身の外殻を強化し、倒れた少女をかばうように伏せる。直後に腕が炸裂し、爆散した破片により袋小路が粉塵に覆われる。


 粉塵が晴れると、既に黒い外殻の男は姿が無かった。

「痛……」

 外殻を強化したが、いくつかの破片は肉に到達したようだ。私の肉体はそれらの破片を自らの力で排出し早速自己修復を始めた。忌々しい身体だが、こういう時は便利だ。

 倒れている少女も、幸いにして無事のようだ。

「取り逃がしてしまったか……。」


 その時背後から気配。私は再び警戒を露わにする。

「フィーデ?」

 背後の気配が声を出す。

「その声はルクト……、いやシキナ・コースケか。」

 黒い全身甲冑のような姿の男、シキナ・コースケがそこに居た。どうするか、この状況では私が容疑者になりそうだな……。


「その娘は、生きているのか?」

 シキナは顔の装甲を変化させ、素顔を見せつつそう述べた。私の推測とは裏腹に、シキナの言葉には私を疑うようなそぶりが見えない。

「そんなに警戒しないでも、フィーデを疑っているわけじゃないぞ!?」

 私の内心が透けて見えたのか、シキナはそんな言い訳をする。むしろ、なぜ私をそこまで信頼するのか、私のほうが戸惑う。

「意識は無いが生きてはいる。」

 私は素っ気なく答える。正直この男とそこまで慣れあう気にはなれない。何度か手を貸したこともあるし、悪い奴ではないのはわかっている。だが、それと心情とは別だ。あの場は仕方なかったとはわかっているが、弟の命を奪ったこいつと仲良くする気にはならない。


「さっきの爆発は、犯人が?」

 理由はわからないが、シキナの中では私は容疑者ですらないらしい。

 私は先の状況と、逃走した男の特徴などを伝えた。心情的に許せないが、こいつも犯人を追うのは仕事だろう。そこは割り切って情報を提供する。

「そうか、教えてくれて助かる。助かりついでに、どうだろう、協力しないか?」

 私はだんだんとイラついてきた。なぜこの男はこうも馴れ馴れしいのだ。


『私の秘書を勝手に勧誘しないでいただきたいな』

 頭に直接響く声が届くと共に、黒いローブを纏った人物が私の横にフワリと舞い降りる。その銀の仮面から覗く双眸が放つ威圧に、奴も硬直しているようだ。

「せっ……、ハーヴァシターさん……。」

『……。』

 さすがに奴も、我が主の登場では緊張するらしい。何か非常にまずい言葉を言いかけた気もするが……。いい気味だ。主に痛めつけられたらいい。

 私は完全に変身を解き、主の背後に控える。

『彼女は私の秘書兼、護衛だ。』

「えっ、ご、護衛……?」

 奴の言葉に再び主が沈黙する。こいつ、喧嘩を売っているのか?


『おっといかんいかん、私はただの通行人・・・だ。王国で起きている事件とは何も関係ない。』

 我が主は神聖レジオカント帝国のメディオ王国駐在官だ。王国内に在って、王国からは治外法権な存在だ。そのため、王国内の事件にはおいそれと干渉できない。

『彼女に夜の王都を案内してもらっていたら、偶然・・通りかかったのだ。』

 主は私に向き直る。

『ではフィーデ、夜の散歩の続きと行こうか。』

「はい、ヴァラティ様」

 彼の言葉に、私は軽く頭を下げ答える。

『被害者の少女は、任せても良いかな?』

「あ、はい!」

 シキナは主の言葉に、飛び上がるような勢いで答える。


『……、そうだな。何かの偶然・・で情報を入手した際には、君の上司に報告するようにしておこう。』

 主は奴に向けそう思念を飛ばした後、私の体が浮き上がった。主がその力で自身と共に私を浮上させていく。その力の使い方からは私に対する気遣いを感じられた。まるで淑女をエスコートするかのような柔らかで、繊細な力の流れ。主従が逆転しているかのようなこの気遣いに、なんだか可笑しくなり、自分の口角がわずかに上がっているのを感じた。


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スペックシート:アルバート専用マグナ・改3


名称:なし

種別:マグナアルミス

搭乗者:アルバート・ワカーロック

全高:5.1m

重量:7.5t

装備:

・高周波振動式大剣×2

 高周波振動により対象を切削する大剣。それを両手に所持し二刀流で戦う。

・障壁展開式シールド

 思念力障壁ウィラクトシールド搭載のシールド。

・鋼鉄製装甲

 マグナ専用に鍛えられた鋼鉄で造られた装甲。

・管制システム

 各部機能、各火器の制御システム。機体全体の動作サポートや火器類の出力調整などを行う。

 さらに、機体の破損個所を診断し、自己修復を行う。修復には予備μファージを利用するが、素材が足りない場合

 には優先度の低い部位を解体して補填するなどの処置も行う。

 レミエルの管制システムと同様のシステム。

・思念同調システム

 操縦者の思考領域に一部専用プログラムを仕込むことで、機体との同調を格段に引き上げるシステム。

 手動操作も受け付けするが、思念による操作が可能となり、反応速度は劇的に向上する。

 レミエルに搭載されていたものをルクトが流用。

思念力ウィラクト式慣性制御システム

 コックピット内に高濃度でディール粒子を封入し、機体駆動による慣性力を思念力ウィラクトで相殺し、

 超高速機動においてもパイロットの負担を最小限に抑えるシステム。

・アクチュエータ

 全身義体アモルファスの駆動システムWASを応用した駆動系を使用。

 (Willact Actuation System 思念力ウィラクトにより対象物を稼働させる駆動系)

 関節部は全てフロート化(接触部を浮遊させ、摩擦を無くす)し、関節部に動力を加えて駆動させるのではなく、

 四肢そのものを思念力ウィラクトで稼働させるため、さらなる高速稼働を実現した。

 さらに、思念力ウィラクトによる制御は、四肢の動作だけに留まらず、機体そのものの機動制御も可能。

 思念力ウィラクトで機体そのものを移動させることで、空中での姿勢制御や方向転換すら行う。

 操作者が直感的に使用しやすいように骨格構成や動作パターンは人体を模してはいるが、その反射速度は

 人間のソレを凌駕する。かなりピーキーなシステム。

・ハイドアーム×4

 各部に隠された展開式アーム。腰部前方の装甲に2本、背部に2本の合計4本が設置されている。

 各アームには高周波振動式の短剣が装備されているため、接近戦での奇襲で使用できる。さらに、自重を支える

 だけの出力もあるため、4本を展開して昆虫のように移動することも可能。

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

 遺跡からの出土品を使用。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:3000kWh、最大出力:500kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器

 最大出力:100kW(推力:20000N)

技能:

・飛刃

 大剣に思念力ウィラクトを纏わせ、斬撃と共に撃ち出す。

・光盾

 盾の思念力障壁ウィラクトシールドにエネルギーを過剰供給し、瞬間的に小爆発を起こす。

 シールドを使った体当たりというわけではないが、シールドバッシュと呼ばれることが多い。

特記:

・WASによる駆動系により、関節部駆動は完全無音化。さらに人間の知覚限界を超えた機動が可能。

 パイロットへの慣性力による負担も慣性制御システムで軽減する。最大機動速度は音速を超える。

 ただし、音速を超える場合、衝撃波により機体が自壊する。超音速機動を行う場合には、自機周辺の

 空気も思念力ウィラクトで移動させる必要があるため、非常にエネルギー消費が激しい。が、

 不可能ではない。さらに、ハイドアームの展開により、単なる人型に収まらない戦闘・機動が可能

 であり、もはやマグナアルミスとは呼べない機体。

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