6.反乱の末

 何人もの魔法使いから、炎や吹雪が放射され、合間には物理魔法の衝撃波が飛来する。

 俺がそれらを相殺したり、メイベルが盾で防いだりしているが、攻撃が激しくて接近できない。

「マグナ隊は来ないのか!?」

「格納庫方面でも火の手が上がってたみたいっしょ? たぶんあっちも襲われてるっしょ。」

 俺の問いかけに、メイベルの影に隠れているスピネルが答える。


 領主館が襲われていることにいち早く気が付いたのはゲントだった。"ニンジャ"というのは良く知らないのだが、どうやらスパイの一種らしい。とにかくゲントは敵の気配や物音に敏感だ。とはいえ、宿泊棟と領主館とは1km程は離れている。彼の言葉を半信半疑ながら領主館に来てみれば、正門前で警備隊が黒づくめのローブを纏った所属不明の魔法使い集団と戦闘中だった。俺たちは魔法使い集団へ側面攻撃を行った。

 奴らは突然二方面戦闘になったにもかかわらず、撤退せず、戦線も崩れず、こう着状態に陥った。

「奴らかなりの使い手だ……。」

 同じ魔法使いであるため、良くわかる。あいつらの魔法技術は、かなりのものだ。


「このままではまずい。マグダイム殿、拙者が接近し奴らを攪乱しようか」

 ゲントが俺に提案してくる。確かに、奴ら"何か"を待っている。いずれ戦況を覆す何かが来るのを待っているように感じられる。長引かせるのはまずい。だが……、

「一人で接近など……、」

「拙者、隠形を心得ている。忍びと言えば暗殺だ」

 "しのび"というのは良くわからないが、何とかなるなら……。

「わかった、頼む──」

 その瞬間。体にものすごい苦痛と倦怠感が襲う。

「ぐぅぅ」

 メンバー全員が、その苦痛に悶え、膝を着く。これは──

苦痛パーティエンス……だと?」

 相手に苦痛を与える幻想魔法。その強烈の苦痛の思念により、精神だけでなく肉体にまで苦痛を発生させる。見れば、領主館の警備隊も苦痛に顔を歪め、膝を着いている者もいる。これだけの人数を一斉に術中に嵌めるなど、到底ありえない……。


「お待たせしました。苦労をかけましたね」

 空から同じく黒づくめローブ姿の男が舞い降りる。その後ろに追従する半透明の球体。その中には女の子が囚われていた。


「全員、眠りなさい。」

 更なる苦痛に、俺の意識はそこで途絶えた。



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「あれは、マグダイム達!?」

 領主館入り口横の通りにマグダイム達が倒れている。領主館入り口では、警備兵らしき人達も昏倒している。敵は既に警備を突破しているか!!

 おれは領主館の塀の中、豪華な建物の二階部分に目をやる。明かりが揺れているのか、窓が明滅している。

【Willact Field Detected ...】

 その部屋から強い思念力ウィラクトの反応が出ている。そこだ!!

 空を滑空し、二階部分の窓を破壊しながら中へ飛び込む。


「な、なんだきさま!!」

 黒いローブの男二人が無詠唱で炎と吹雪を放ってくる。しかしこれは幻想魔法だ。視界投影型ディスプレイインサイトビューに【Thought transmission Detected ...】と表示され、別枠の画面で炎と吹雪の様子が映るのみだ。

 おれは作業のように弱めの束撃弾スラストを二人の男に当て、昏倒させた。


「ほぅ、ただの変質者ではないようですね。」

 そこにも黒いローブの男。そしてその男は腹回りがふくよかな男を釣り上げていた。あれはたしかベネの領主、そして……。

「リリア!?」

 黒いローブの男の背後、半透明の球体内部にリリアが囚われていた。ぐったりとして意識が無いようだ。


「彼女を知っているとは……、もしや昼間の小僧か?」

 ローブの男は領主を下におろす。その顔は……、確かにリリアの家で会った、あの糸目の男だ。

「彼女を離せ。」

「協力者を手放すわけにはいかないな」

 男の両手に思念力ウィラクトが集まる。

「彼女の意志なのか?」

「力があるなら、相応の義務というものがあるのだ!!」

 男の両手から、火の玉が発射される。これは実際の火だ!

「顕現魔法か!!」

 幻想魔法のように、思念イメージを撃ちこむ魔法とは異なり、空気の超圧縮などで実際に高温を作り出す魔法だ。超加熱され、燃焼状態になった空気がこちらに撃ち出されてくる。

 おれは束撃弾スラストで相殺する。

「貴様のその鎧、貴様も不浄な力を用いる者か!」

「不浄?」

 俺の撃ちこんだ束撃弾スラストを、男は揺らりと浮遊して躱す。

「魔核など、モンスター同様に邪悪な代物だ!」

 おれは攻勢手甲ガントレット無幻残影デヴァイドミラージュを起動、数十の拳を撃ちこむ。

「かぁっ!!」

 男から強力な思念力ウィラクトが放出され、分身体が掻き消える。

「魔核だってただの道具だ。善悪は使用者の問題だろう」

「その道具が人を悪に誘うのだ」

 強烈な衝撃波が、おれの全身を打ち据える。体が背後に流されるが、何とか堪えた。

「人を傷つけるお前が、悪を語るのか?」

 おれは男に接近し、迫撃掌アサルトを撃ちこむも、男も衝撃波で迎撃。力の燐光をまき散らしながら、二つの力がせめぎ合う。

「これは世を正すための必要な犠牲だ。」

「独善を!!」

「偽善だろうとも、私は善を成すのだ!」

 衝撃波が暴発し、おれは背後に飛び退いた。右手の状態はイエローに変わっている。


「"魔力の徒"指導者たる私、シヴィ・プラーセンの道行を邪魔するというならば、貴様にも消えてもらう。」

 そういうと、更に強い思念力ウィラクトがシヴィに集まる。そして翳した右手から放たれる閃光!

「っ!!」

 咄嗟に躱したおれの脇腹を掠め、背後の壁を穿つ。

「この光は!?」

「そうだ! かの殲滅卿しか使えぬという魔法"煌輝コルシェント"だ! 今の私ならばそれすらも操れる!!」

 おれはシヴィはを中心に部屋の中を駆け巡る。おれの後を追うように、煌輝コルシェントを連発してくる。次々と壁に穴が穿たれていく。

「あぁぁぁっ!」

 半透明の球体内部から呻く声が聞こえた。意識がないはずのリリアが、苦痛に呻きを上げている。

 そうだ……、なぜ気が付かなかった。シヴィとリリアの間に、微かだが思念力ウィラクトの繋がりが見える。この強力な思念力ウィラクトは──

「リリアから吸い上げいてるのかぁぁ!!!」

 怒るおれに向け、煌輝コルシェントが殺到する。

「おぉぉぉぉ!! 攻勢手甲ガントレットォォ!!」 

 おれは両手に宿した攻勢手甲ガントレットを振るい、煌輝コルシェントを弾く。両手の義手がイエローからレッドに変わるが、構うものか!!

 リリアの囚われた球体に両手を着く。途端に、両手のひらが火花を放ち弾かれそうになる。

「ぐぅぅぅ!!」

「はっ! 無駄だ!!」

 煌輝コルシェントが胴体に命中し、アーマーがはじけ飛ぶ。口の中に鉄の味が広がる。

 手に攻勢手甲ガントレットを纏ったまま、球体へと押し込んでいく。


「……、ル、クト?」

 意識の無いはずのリリアがつぶやく。おれはフルフェイスでわからないはずなのにな……。まるで何かを察したように、リリアは朦朧とした意識で、おれの方へと這い寄ってきた。

 おれはフルフェイスの中でニヤリと笑いリリアの首に手を宛て、義手内蔵のソレを射出した。


 拘束環バインド


 はじけ飛ぶように球体が解除され、おれはリリアを抱きとめた。再びリリアは意識を失っていた。

「なっ!? 私の同調魔法が切れただと!?」

「同調? 隷属の間違いじゃないのか?」

 シヴィの言う同調魔法とやらだが、オメガが王都の人々を操っていた機能とよく似ている。いや、もしかしたら同じものかもしれない。

「こんな……、こんなことが……、」

 シヴィは口に手を宛て悲嘆の言葉を呟いている。細かった糸目は、白目が見えるほどに広げられていた。

 おれはリリアを床に寝かせる。


「こ、こんなところで、私の希望を潰させない! 潰させないんだぁぁぁ!!」

 シヴィは先ほどまでとは比べ物にならないほどに弱々しい煌輝コルシェントを撃ち出した。おれはそれを片手で弾き、シヴィに接近。

「うるせぇよ。」

 奴の頭部に当てた左手、そこから思考攪乱改ハイパラライザを打ち込む。シヴィは雷に打たれたように痙攣し、バタリと倒れた。


「これで、オメガの遺産も消えるかな……、ふぅ、疲れた……。」

 階下から、新たな喧騒が近づいてくる。窓の外には、ベネの町の警備兵が集結している。

「よし、面倒ごとからは逃げよう。きっとエリーゼが上手くやってくれるはず!」

 おれはリリアを抱き、窓から飛び立った。




「もうすごかったんだよ! 暴走するマグナを──、」

 魔導艦の甲板上、レイヴはあの夜の出来事を興奮気味に話し続けている。その話何回目だったっけ? いいかげん、マグダイムたちもうんざりのようだ。

「本当は今日も休息予定だったんだから、もう一泊してきてもよかったんじゃない?」 

「あ、エリーゼ……様。」

 おれのぎこちない反応に「いいわよ、エリーゼで」と返してくれる。いや、独り言なら呼び捨てにしたりもするけど、さすがに本人の前では……。だって、近衛兵団の部隊長だし、一応・・お姫様だし。コースケさんと一緒だった頃の癖で、うっかり呼び捨てにしてしまうけど、あの人のそういう度胸は真似できない。いや、できないほうがいいか。

「幼馴染が目を覚ましたら、帰れなくなりそうだったんで……。」

 おれは苦笑しつつ答える。

 あの後、リリアは家に連れ帰った。ジェイスさんたちも襲われたみたいだが、幸いにも軽症だったため、リリアのことを頼んで、おれはそのまま出てきた。

 兵団施設が襲われたため、おれも"ルクト"として集合する必要もあったし、事情徴収や片付けもあったしね。まあ、今リリアが目覚めたら、何かヤバイ予感がしたのも事実だ。無いとは思うがリリアの部屋に軟禁……。無いとは思うが、絶対無いと言い切る自信がない。


「あんまり冷たくしてると、愛想つかされちゃうぞ?」

 俺のおでこに指を宛てながら、エリーゼが言う。ほとんど背丈も変わらないのに、なんだか子供扱いされている。いや、確かに3つほど年下ではあるけど。でも、不思議と嫌な気はしない。

「そう、ですね……。」

 踵を返し、「いやぁ、青春だなぁー」と呟きつつ、エリーゼは船室へと消えていった。

 エリーゼを見送ったあと、おれは改めて魔導艦の甲板から下を覗き込む。王都の景色は既に間近に迫りつつあった。



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 寄せては返す波の音。浜辺に人が倒れていた。



「ぶはっ、ぺっぺっぺっぺっ」

 口が砂でいっぱいです。いくら空腹でも砂は食べられません。


「う、迂闊でした。まさか海がこれほど危険だとは……。」

 出発前に聞いてきた情報とはだいぶズレがありました。これは報告が必要かもしれません。

「うぅ、それにしても……、」

 海中から現れた巨大な怪物に襲われ、私の"船"は水中に没してしまいました、同時に荷物のほとんども。装備を身につけていたのがせめてもの救いでしょうか。

「生きていただけでも儲けものと考えましょう。」


 私は立ち上がり、体の砂を払い周囲を見渡します。目の前の小高い丘に登ると、遠くまで続く丘陵地でした。故郷の景色とはかなり違います。

 目を凝らすと、丘をいくつも越えた先には壁に囲まれた都市らしきものが見えました。

 ぐぅぅぅとお腹が鳴りました。


「航行の途中で食事をするべきでした……、あそこまで行けば、食べ物、手に入るでしょうか」

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