終章 Endbringer's Revel

1.孝介の記憶~審判~

 魔法を打ち放ちながら接近する2機のマグナ。だが、今の彼女には酷くスローに見えた。

『遅いわ!!』

 打ち出される思念力ウィラクトの塊を全て紙一重で避け、通過しながら2機を切り裂く。

 大剣も以前より大幅に切れ味が増している。全く抵抗感が無い。

『本当にすごいわね……。』

 これがレミエルの真の性能なのか。なにより、今の自分はかつて感じたことが無いほど、レミエルとの一体感を感じていた。


『エリーゼ様!』

 そんな高揚した気分に水をさすように、声をかけてくる部下。

『なによアル! 今ちょっと忙しいのだけど!?』

 更に3機の帝国軍マグナが接近する。

『ヴァルデ砦からの伝令です!』

 アルも敵の攻撃を受け流しながら、私に報告を続ける。

『王都との連絡が不通になったとのこと!!』

『え!?』

 私は一瞬手が止まった。

 まさか、まだ別働隊が居た?

『どういうこと!? 王都が陥落したの!?』

 私は語気を強めて聞き返す。

『いえ、そこまでの情報はありません。』

 レミエルが金色の燐光を放ち、一気に敵機3機を切り裂く。

『急いでバジスへ! 王都へ帰還するわ!!』



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 白一色に染まる視界。

 光を浴びながらも、意識は粘性のある闇の中へと沈んでいく。


 突然、視界が開け、山吹色の世界が広がる。

「こ、ここは……、」


 丘陵地に広がる田畑。日の光で山吹色に輝いている。

 あぜ道の上、うずくまる男が居た。


「ルクト……?」

 うずくまっている男、ルクトがわずかに顔を上げる。

「ぅぐ、コースケ、い、行くんだ……、」

 ルクトの足元から黒い靄が立ち昇り、ルクトを覆っていく。


「お、おい、ルクト、大丈夫か!?」

 山吹色だった景色は黒ずみ、闇に染まっていく。

 地面が唐突にひび割れ、空に亀裂が広がる。


 俺はルクトに近寄り、だが、彼により突き飛ばされる。


「あ、あなたは、彼女を……」


 俺はそのまま空の亀裂に入り込み、外に広がる闇へと吸い出された。

 亀裂が遠ざかる。その中が闇色に染まっていくのが見えた。


「ルクトォォォ!!」

 手を伸ばしても届かない……、俺はそのまま闇の中へと溶けていった。









 これは悲劇。滅びの情報。

 これは誕生。いびつな生を得たものたちの情報。

 これは事実。記録と記憶の混ざり合った情報。粒子の海に漂う残滓。










 冷え込む年末のある日。空から降る白。


 それはビル群の間を降り、人々の上へ舞い降りる。



「お、雪?」

 彼はその風景に寒さを覚えたのか、肩を寄せ身震いする。


 前を歩いていた女性が振り返る。彼にとってなかなかに好みの顔立ちをした女性と目が合う。




 あれ、もしかして街中でばったり出会ってとか、そんなドラマみたいな展開!?



 

 "無い"とは思いつつも、そんな妄想が一瞬よぎる。

 だが、次の瞬間にはそんな"平穏"な妄想は掻き消えた。



「ごぼっ」

 女性はいきなり嘔吐した。


「え? ごばぁぁ」

 彼も同じく嘔吐していた。


 吐き気が止まらない。もう胃には何も残っていないのに嘔吐感がこみ上げる。

 腹の中がひっくり返るような感覚。


 もう何も無くなったはずの臓腑から、何かがせり上がってくる。



 口から何かが飛び出した。



「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 どこか割と近くっぽいところから悲鳴が聞こえる。


 なんとなくそちらを向く。





 ああ、人間だ。



 人間はいいな。オレも人間になりたい。



 適当に働いて、適当に生きていけたらいい。



 責任とか面倒だしな……。



 あれ、オレは人間だった?



 なら今はなんだ? どうしてこうなった?



 こいつはなんで人間なんだ? オレみたいになるのか?



 ならない? なぜならない?



 どうした、早く変われよ。



 そんな赤くなってどうした。



 早く変われ、早く早く早く早く早く早く早く



 ハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤクハヤク



 ナンデ変わらない。変われよ! ナンデダよ!! ナンデ動かなくなってるダヨ!?



 クソッ、ナンデオレだけ!



 クソックソックソックソックソックソッ



 お前も変わるか? 変われよ!!



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 義手義足を取り付けてから約1か月。俺の神経系へ最適化してくれているとはいえ、やはりすぐには思った通りに動かすことはできない。

 ここ最近は毎日リハビリをしている。

 見舞いに来た妹は「すごい! ターミ○ーターみたいだね!!」と言っていた。俺は未来から来たロボットじゃないぞ?


識名しきなさん、少し義足の調整をしましょうか。」 

「あ、鈴城さん。はい、お願いします。」

 俺の義手義足を作ってくれた技師の鈴城さん。何かといろいろ気遣いをしてくれている。

 見舞いに来る妹とも、よく話をしているみたいだ。


 事故に遭う前は、こんな気分になることがあるなんて思わなかった。自分でも惚れっぽいと思わずにはいられない。

 でも、もしかして案外脈ありなんじゃないだろうか? なんていうのは自惚れすぎか。


 鈴城さんはテキパキと俺の右義足を取り外し、白衣のポケットから取り出した端末を接続する。

 画面を操作しつつ、義足の関節部を稼働させている。


 俺はその作業に見入っていた……。本人はもう若くないと謙遜していたが、そうは見えない。とても綺麗だ。


 俺の視線に気が付いたのか、鈴城さんと目が合う。

「……ぁ。」「あ、」

 な、なんだか恥ずかしい。


「と、とりあえず、反応値を、な、直しましたから。」

 鈴城さんは俯きながら俺の右足に義足を取り付ける。

「あ、ありがとうござる!」

「ぶっ!」

 語尾のおかしな俺の言葉に、鈴城さんが噴き出す。


「ぷっ、ぷふふふふ、ご、ごめんなさい。」

「あ、あはは、こちらこそ……。」


 二人の間に変な沈黙が降りる。でも、不思議と嫌な感じはしない。

 その間にも、鈴城さんは俺の左足を外し、そちらの作業に取り掛かる。


「あ、そうだ!」

 唐突に鈴城さんは顔を上げる。いい笑顔をしている。思わず見惚れてしまう。


「この間ついに見つけました! 『時空警察ソルドレッド』のDVD-BOX!!」

「え! ほんとですか!?」

 鈴城さんは笑顔で何度も頷く。


「今見ると、また違った感動がありますね! あの時間を巻き戻す話とか!」

「そうそう、俺も小学生の時、アレ意味わかんなかった!!」

 歳も近いせいか、昔見た特撮やアニメの話題でよく盛り上がる。

 今もアニメを見るのが好きらしく、今期の感想なんかもよく話題にあがる。


「今見ると、子供向けにずいぶん小難しいシナリオだな!って。」

「そうそう、ラスボス戦も、いきなり20年くらい未来に跳ぶじゃないですか。俺きょとんとしたまま最終回終わってましたよ。」

「あははははははっ」

 ヤバイ、すっごい楽しい。女の人とこんなに話を盛り上がった経験なんて無い。

 俺、これならずっとリハビリでもいいや。


「見終わったら貸してください!!」

「ぇー、どうしようかな。」

 鈴城さんはいたずらっぽい表情で言う。

「そう言わずに!!」

「うーん、なら……。」

 急に恥ずかしそうな表情をし、言葉を続けた。


「私のこと、"怜"って呼んでくれたら、貸してあげます。」

 少しはにかんだ笑顔に、俺は何かに撃ち抜かれたような衝撃を覚える。

「ぇっ……、」

 こ、これは、すごい破壊力だ……。

「ん?」

 彼女は赤面しつつも、俺に耳を向け、言葉を促してくる。

「れ、」


「れいさん。」

「ぇぇー」

 怜さんは言葉こそ難色を示しているが、表情は明るい。


「まあ、しょうがないですね。」

 どうやら勘弁してもらえたようだ……。動悸がやばい。



「……?」

 急に怜さんが俺の後ろ、遠くの方を見ている。

「どうかしました?」

「なんだか騒がしいです。何かあったみたいですね。」



 俺は怜さんに支えてもらいつつ、人々がざわつく原因の場所へと向かった。

 リハビリスペースの横に併設されている待合室。そこのテレビの前に人が集まっていた。



 テレビには凄惨な光景が映されていた。


 そこは都心の真ん中。繁華街だった場所だ。




 真っ赤に濡れた布を頭に当てた人が救急隊員らしき人に支えられ、カメラの前を通り過ぎる。


 その奥では、倒れた誰かの脚を掴み、消防隊員がこちらに引っ張っている。だが、その人は明らかにこと切れているように見える。


 カメラの先、謎の奇声が上がり車が宙を舞う。

 "異様な何か"がその先に居る……。



『ごぼっ』

 消防隊員の一人が嘔吐する。

 ごぼごぼと胃の中身を吹き出し続け、唐突に硬く黒い何かが口から飛び出した。


『ギャォォォォォッ』

 その何かには鋭利な歯を持つ口があり、そこから不快な鳴き声を上げた。まるで産声であるかのように。


 画面に鮮血が飛び散る。


 先ほどの消防隊員だったモノが、周りの人々に襲い掛かった。



 そこで映像は途絶えた。



『あ、ぇ、えー、渋谷の様子をお伝えいたしました。く、繰り返しお伝えします。現在、原因不明の死亡事故が多発しています。決して屋外には出ないでください。繰り返します……、』


 収録スタジオの映像に切り替わり、アナウンサーは繰り返し警告を放送している。




 俺は、目の前に展開される異常な状況に、ただただ絶句するだけだった。

 ただ、すぐ横で体を小刻みに震わせている存在だけが、俺に強く存在を主張していた。


 彼女の震えが少しでも和らぐよう、俺は強く肩を抱き寄せた。






『ガガッ──…… 神により創造された肉体を捨て、人造の身体に乗り換えるなどあるまじき行為であり──』

 あれから数日、事実は容易に知れた。


『──、 これは神罰であり、なおも神への冒涜を続ける者たちには更なる悲劇と終末が──』

 テレビ電波をジャックして行われる犯行声明。いや、奴らに言わせれば説法なのかもしれないが。


 μファージテロ。


 義体、特に全身義体をターゲットとし、μファージに義体破壊システムを仕組んでの全世界同時散布。

 人体至上主義の過激派集団『トゥルーライフ』が発表した声明では、人が人として生きる世界とするために灰は灰へ、全ての義体を抹消するために、今回のテロを敢行したらしい。


 だが、彼らの計算違いは、そのμファージが人体。生き物へも作用してしまったことだろうか。

 個人差はあるが、そのμファージを取り込んだ人や生き物が狂暴化する事例が多発した。先日のテレビに映った怪物もそれだろう。


 μファージの"降雪"は止んだが、土壌などが既に汚染されており、未だに時間遅れでの発症者が出ている。

 更に、変質してしまった人や動物が外を徘徊しており、出ることもできない。


 俺は不幸中の幸いと言っていいのか、入院していたために無事だった。

 μファージ実用化以降、時折プログラムミスをしたμファージによる事故は発生していたため、病院設備はそういった事態からの隔離がなされていた。


 一つ気がかりがあるとすれば、混乱状態で連絡が取れないため、妹の"美月"の無事が確認できないことか……。



 テロの翌日は1時間に何回も情報端末メディアでコールしていた。が、一向につながらなかった。

 あれから数日、ライフラインの安定性が低下しているのか、今はコール自体ができない時がある。


「はぁ、今日もかからないか……。」

 俺は視界投影型ディスプレイインサイトビュー操作で電話アプリを停止させる。

 手に持っていた情報端末メディア本体をベッドの上に投げ捨てる。


「……。今日もリハビリしておくか……。」

 ここ数日は義足の具合もいい感じになり、ゆっくりであれば普通に歩けるようになってきた。

「でも、出られないんじゃ意味ないかな……。」

 俺は自嘲しつつ、病室を出ようとした


 プルルルルルルル


「え!?」

 俺は焦って情報端末メディアを取り上げ、視界投影型ディスプレイインサイトビューから電話アプリを起動する。


「美月か!?」

『あ、孝介君?』

 電話の先からは、妹とは違う、少し年配女性の声が聞こえてくる。


「あ、佐倉さん?」

『よかった、やっと繋がったわ。』

 佐倉さんは俺たちが住むマンションの大家さんだ。結構仲良くさせてもらっていて、たまに野菜なんか貰ったりしていた。


『ごめんね、連絡遅くなって……、伝えなきゃって思ってたんだけど……。』

「……え?」

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