6.絶望領域

 建物をぶち破り、王都の大通りに投げ出される。


「ぐはぁっ!」

 口から噴き出した血液により、フルフェイス内部に液体が溜まる。


 義手義足もガタガタだが、それ以上に生身が限界を迎えそうだ……。μファージによる修繕が間に合わない。


 視界にノイズが走る。

【Block unauthorized access...】


 先ほどから再三、何者かからの不正アクセスを受けている。今のところブロックで来ているが……。



 俺が突きぬけてきた穴の中を悠然と歩き、フィーデが姿を現す。

 不正アクセスへの対応と、フィーデとの戦闘。内外同時攻撃に少々手一杯だ……。



 単純な速度では圧倒的にフィーデが上だ。制限解放リリースを使っても逃げ切れない。

 こんな相手によく以前は勝てたな……、やはりただ逃げるだけではだめか……。


「はっ!」

 両手で束撃弾スラストを建物の壁に撃ちこみ、崩落を誘う。

 だが、崩れる直前にフィーデは離脱し、俺の胸部に蹴りを打ちこむ。


「ぐっ」

 吹き飛ばされながらも、何とか踏ん張り、後ろに束撃弾スラストを撃って前へ加速する。



 無幻残影デヴァイドミラージュを発動しつつ攻勢手甲ガントレットを起動。

 フィーデも呼応するように、両手の爪を赤熱させ、こちらに突っ込んでくる。


 激突する拳と爪。

「おぉぉぉぉぉっ!!」

 俺は連続で攻勢手甲ガントレットを繰り出しながら、周囲の分体をフィーデに向けて叩き込む。

 彼女は両手と更に両足まで駆使し、それらを悉く迎撃する。


 打ち合う力の衝突で衝撃波が発生する。俺とフィーデの狭間で、もはや"連続"を越え"断続"して発生し続ける衝撃波は周囲の石畳や建物を崩壊させていく。正気を失った住民たちも、この破壊領域にはさすがに踏み込んで来ない。

 俺とフィーデだけの戦闘空間が形成されていた。


【Block unauthorized access...】

 くっ、またか!!

「うっ!」

 フィーデの膝蹴りが腹に入り、前のめりになったところで後頭部に衝撃。石畳へ強かに打ち付けられ、石材にヒビが入る。

 直後フィーデの脚が頭を押さえつける。


 ギチギチとフルフェイスが軋みを上げる。



 ──存外にしぶとい、私のアクセスにここまで抵抗するとは……



「ぐ、う、うるさい……。」



 ──困ったものだ、お前も思うだろう? 予定通りに行かないというのは……



『すっきりしない。』

 先ほどまでの脳に嫌らしく響く声ではなく、間近からの耳朶を打つ声が聞こえた。


『仕方なく、私が直接出向いた。』

 押さえつけられた視界の隅に見える人影。体から白亜の炎を噴き上げた人型がそこに立っていた。


『自己紹介をさせていただこう。私はオメガ。この世界の上位に存在する者だ。』

「か、神様気取りのウイルスプログラムの、間違いだろ?」

『私は人類の"上異種"だよ。』

 良く見えないが、何やらエラそうな態度だというのはわかった。


 オメガの足が目前まで近づき、俺の前に膝を着く。

『さて、君も楽になりたまえ。』

 直後視界が白一色に染まる。


「う、ぁぁぁ……、ああアアァァァァァァ、ガァァァァァ!!!!」

 纏わり付くような白い炎の思念力ウィラクトが頭部を覆い、視界だけでなく意識すらも白色に染めていった。



==================================================



 視界投影型ディスプレイインサイトビューを高速で流れていく文字群。

 逃げながらも思考回路の一部を利用して、構築を進める。


 ひゅるるるるるるるるるるる


 空を斬る落下音を響かせ、石飛礫と呼ぶにはいささか大きな塊が多数落下してくる。


 私は大通りを高速で低空飛行しながらそれを回避する。

 落下した塊は石畳を破壊し、大穴を開けている。


 だが、そんな石畳も、直後にめくれあがり空に舞うと、再び私の頭上に降り注ぐ。



 殲滅卿は有り余る思念力ウィラクトを用い、まるで木の葉でも掃き清めるかのように、王都の石畳を舞い上げ私の上に降らせる。


 突然、進行方向左右にあった建物がものすごい勢いで横滑りし、ぴったりを道を塞ぐ。


 そして空から降りくる石畳。私は巨大破砕槌オープレシーインジェンスを振り回し、石畳を打ち砕く。

 破片が体のあちこちを打ち付け、視界投影型ディスプレイインサイトビューに異常を知らせる。


 その間にも、遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートで行く手を塞ぐ建物に穴をあけ、即飛び込む。

 直前まで私が居た場所に多数の石材が降り注ぐ。


 視界投影型ディスプレイインサイトビューには相変わらず多数の文字列が流れ、構築途中であることを示す。

 もう少し時間が要る……。


「ふっ!」

 息を強く吐き、半壊状態の建物の中を走る。後ろから破壊音が聞こえてくる。

 まるでミキサーにかかった野菜のように、建物が何かに削られ粉々に砕けていく。


 遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートで空けた穴を通過し、建物を抜ける。

 外には多数の住民が待ち構えていた。


「にがさない」「にがさない」「にがさない」「にがさない」「にがさない」「にがさない」「にがさない」

「どこへいく」「どこへいく」「どこへいく」「どこへいく」「どこへいく」「どこへいく」「どこへいく」

「にげばなど」「にげばなど」「にげばなど」「にげばなど」「にげばなど」「にげばなど」「にげばなど」



「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」

「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」

「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」

「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」

「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」「ない」


 取り囲むように住民たちが掴みかかってくる。


「っ!!」

 足元へと思念力ウィラクトを放出し、体を浮上させる。

 住民たちの頭上を飛び越え──、


 一陣の風と共に激しく吹き飛ばされる。



 キルゥェェェェェエェェェェ!!



 風の中には多数の翼が混じり、通り過ぎる度にドレスアーマーに切り傷を刻んでいく。

 少しでも飛び上がれば、頭上を抑えているドラゴンか鳥に攻撃されてしまう……。


 完全に弄ばれている。


 これだけの物量なら、いつでも私をすり潰すことができるはず。でもそれをしないのは"奴"の嗜虐趣味故か……。

「昔の世界をあれだけ混沌化させた奴なら、それも納得……。」


「レインちゃぁぁぁぁん!」

 気が付くと、サンディさんがおぞましい笑顔で私の腰にしがみついていた。


 飛来する石材。


 サンディさんをはねのけるべきか、庇い護るべきか、一瞬の逡巡。

 私は気持ちを殺してサンディさんを押しのけ、突き飛ばす。


 だが、判断の遅れにより、石材が私の身体を打ち付けた。

「うぐっ!」

 私は落着する石材に押し倒され、石材に埋まる。


 視界投影型ディスプレイインサイトビューには構築中のログとは別に、ダメージ表示が多数点灯する。

 右手が損傷大。でも、それ以外はまだ、いける……。だ、大丈夫だ、まだ、動ける。


 石材の隙間からサンディさんが倒れているのが見えた。よかった……、怪我は無さそうだ。


 その時、視界投影型ディスプレイインサイトビューに流れていた文字が止み、【Completed】の文字が表示される。

 視界投影型ディスプレイインサイトビューの隅に、新しいアイコンが表示される。


 ≪システム:スティグマ≫


 プロトタイプオメガを元に構築したアンチオメガシステム。しかし実態として、やることはオメガと変わらない。人々の脳内余剰リソースに入り込み、それを繋ぎ合わせた巨大システムを構築する。

 ただ、稼働目的が「オメガとそのリソースの抹消」であるというだけだ。



 これはまさに最後の一手……。



 私は遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートで石材の山を打ち砕き、そこから這い出す。

 砂塵に紛れて路地へと逃げ込む。


 最後の一手を打つ。だが、それは大きな犠牲も伴う……。


「でも、コースケが……。」


 私の周囲を浮遊していた遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートの内、2基が撃墜される。

「えっ!?」


 遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートは敵の攻撃をある程度自動回避する。そんな遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートをあっさり撃墜できるのは……。


 赤と青の光が交錯し、横をすり抜けていく。


「あぐっ!」

 右手に持っていた巨大破砕槌オープレシーインジェンスがあっさりと切り刻まれ、そして左手には見覚えのある"輪"が嵌っている。


 途端、体が重くなる。

 この"輪"から力が抜けていく……。


 振り返った先、そこには両手の爪を赤熱させたフィーデそして、


「ああぁぁぁ、そんな……、ルクト、貴方まで……。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る