2.孝介の記憶~聖戦~

 病院前で戦闘音が鳴り響く。外は変性生物の世界になった。

 大国の首脳部にトゥルーライフ信奉者が何人もいたために、全身義体トランスヒューマンと彼らとの戦争が始まった。

 いや、既にそれも違うのかもしれない。誰が敵で誰が味方なのか。戦う相手も目的も、あらゆる戦場はそれらを見失っているようだった。


「全身義体化兵器になれば、俺でも戦えるかな……。」

 俺の言葉に、怜は沈黙する。


「妹は……、もうすぐ結婚だったんだ……、それなのに………、あんな姿にっ!」

 姿を見たわけじゃない……。でも窓の外、遥か遠くに見える変性生物。一様に黒い甲殻に覆われ、異常な形質をしている。どれを見ても生き物とは思えない……。


「ここなら、安全です……。」

 怜が絞り出すように声を出す。


「それだって、永遠に続くわけじゃない……。」

 軍の1部隊がここを死守すべく、防衛戦を引いている。今のところ後退する様子は無いため、安全だとは思う。だが……。


「怜、頼む。誰が妹の仇とか、そんなのは無いってわかっている、でも、俺はここでじっとしていられない!!」

 心の内に溜まる黒い物を、どこかにぶつけてしまいたかった。

 正直、ぶつける相手は何でもいい。倒せる敵がほしかった。


「……。」

 怜は一瞬何か言いかけ、ゆっくりと頷いた。







 聞くと見るは大違いだ。

 確かに戦場は混沌としていると聞いていた。それは聞いた通り、いや、それ以上だった。



 全身義体化処置を施してもらった俺は、病院の駐留部隊に合流させてもらった。

 どうやら指揮系統もむちゃくちゃで、階級もなにもあったものじゃない状況のようで、俺はすんなりと入隊した。

 そうそう、義体はμファージ対策済みの新型なので外に出ても問題ない。更に怜がいろいろとチューンしてくれた特別製だ。



 俺は入隊のその日に遊撃部隊として投入され、旧市街地に徘徊する変性生物の討伐を行った。

 普通の人からしたら狂暴な怪物も、戦闘用義体の前ではただの的状態だった。


 翌日も調子よく変性生物討伐を行っていたが、更に翌日には突然に別の義体部隊との戦闘を指示された。その部隊は前日まで変性生物討伐で共闘していた部隊だ。


 引っかかりを覚えつつも何とか生き残り、病院へ戻るも、即、別方面への出撃命令が出る。だが、現地に向かう途中で急遽予定変更。いきなり転進し、全く逆の現場へと向かうこととなった。


 終止こんな調子で戦場はあちこちに移動するし、敵もコロコロと変わる。まさに昨日の友は今日の敵。



 だが、そんな状況に慣れつつある自分に気が付くと、もしかして俺も狂っているのか?という気になってくる。



「お前の装備状態いいなぁ。特別な手入れしてるのか?」

 戦闘の合間、休息しつつ糧食を取っていたら、部隊の仲間が話しかけてきた。


「いや、特に珍しいことはしてないよ。」

 実は、この義体には普通の義体には無い機能がある。

 怜が数日徹夜で仕組んでくれたらしいのだが、μファージを素材として設計図面から色々な物を立体成型することができる。

 これだけμファージだらけの中なら素材には事欠かない。新しい装備を1から作るのは少々大変だが、破損部品の補充や弾薬補充に困ることは無い。


 と、実は多少特別ではあるのだが、いつ誰と敵になるかわからない状況で、俺はそれをオープンにはしていない。

 事実、その仲間とは翌日に殺し合った。






『ディヴァステータだ!!』

 今は友軍の誰かから、無線通信が入る。


 俺は夜空を滑るように進む。

 地上には転々と燃える炎が見える。あちこちのビルや家が炎上し、夜空を赤く照らしていた。

 燃え盛る街の中、屹立するビル群の間から頭一つ以上飛び出した化け物。

 大怪獣と呼びたくなるような怪物が、街を焼野原に変えながら悠然と歩いている。

『目標を発見! 全隊攻撃開始!!』

 誰かの掛け声に呼応し、俺はバックパックから無人機を射出、20機以上の飛行体と共に巨大な怪物に向けて降下する。


 怪物は背中から無数の光線を放ち反撃してくる!!

「散開散開っ!!!」


 曲射され、空を歪曲しながら駆け抜けていく光線により友軍が堕ちる。



 ディヴァステータ。



 話によると、全身義体トランスヒューマン派の最大戦力として投入された戦闘兵器らしい。

 全部で4体。仕組みは全身義体と同様であり、"彼ら"も元は人間であったらしい。


 だが、この状況の中、気が付けば彼らはどこの勢力にも属さない、完全独立の怪物へと成り果てた。


 近づく動くものなら生物無生物に関わらず攻撃対象。まさに"動く厄災"と呼ぶべき存在だ。


 ──倒せ


「いけぇぇ!!」

 無人機をその巨体に向け飛翔させる。

 次々と奴に落とされるが、構わない! 俺はその隙に両肩にマウントされた砲身を展開しつつ後頭部へと回り込む。


 砲身の中ほどにあるグリップを握る。視界投影型ディスプレイインサイトビューで照準を合わせ引き金を引いた。

 両肩の電磁加速銃コイルガンが低い唸りを上げ弾頭を射出する。後頭部に命中した弾頭内の炸薬が爆裂し、メタルジェットが外殻を穿つ。



 グウガァァァァァ……、



 空に響くうめき声を上げる怪物。


「今日こそは!!」


 再び背中から大量の光線を吐きだし、俺の行く手を阻む。


 俺は射線上に無人機を滑り込ませて盾にする。無人機が融解し円形の穴が開く。その脇を通過し更に接近。

 右腰部にマウントされているパイルバンカーを展開。


「オラァァァァ!!」

 タングステン製の杭、その先端を電磁加速銃コイルガンが穿った穴へと押し込む。


 パイルバンカーのトリガーを引き絞る。爆発音と共に射出された杭は外殻の更に奥へと捩じり込まれる。



 グガウッゴボゥ……、



 効いている!

 この一撃で到底倒せるような攻撃ではない。だが、効果はある!


「ならば何度でも撃ちこんで──、」



 何かに激しく衝突。俺の意識はそこで刈り取られた。







 あれから何度の戦闘をくぐり抜けたか……。

 もはや誰からの指示で戦っているのか、良くわからない。


 4体のディヴァステータとも度々戦った。だが、1体として倒すことができない。だが、次こそは……。



 ──その機械化兵たちを撃滅せよ


「了解。」


 戦闘用義体同士の戦いは泥臭い。少々の損傷では戦意を失わない。徹底的に破壊する必要がある。


 ボディにパイルバンカーを打ち込み、バラバラに打ち砕く。

 その向こうの敵に電磁加速銃コイルガンを打ち込む。上半身が砕け散った。


 ──戦闘ヘリ部隊が接近している迎撃しろ


「了解」


 5機の編隊だ。遠距離からまずは1機を落す。俺の接近に気が付いたヘリ部隊が散開して包囲する。

 だが、俺の方が小回りが利く。


 俺は無傷で5機全てを撃墜した。



 ──その先に居る機兵部隊を迎え撃て


「了解。」


 5m級の大型人型兵器だ。やたらと装甲が頑丈だが、電磁加速銃コイルガンまでは防げないようだ。

 8機編成の部隊だったようだが、既に残りは1機。だが、電磁加速銃コイルガンは弾頭切れだ。


 仕方なく敵の弾幕を避けつつ接近し、装甲の隙間へとパイルバンカーを打ち込む。


 ギャリギャリと耳障りな音をたてつつ、杭が機体内へと潜り込む。

 まだ動いて反撃を試みてくる機兵。俺は2発目を打ち込む。


 あちこちから機械油を吐き出しながら、機兵は停止した。



 その機兵の胸部が展開し、中から何かが落下した。


「ぅ、ぁ、ぁあ、ぁ……。」

 女だ、それも生身。俺が撃ちこんだ杭により、右肩周辺が無くなっていた。




 え……、

 俺は、何をしていた?


 なぜ?


 俺は、何と戦っていたんだ……?



 見知らぬ女性に、恐る恐る手を伸ばす。だが既に事切れ、動くことは無かった。




 脳裏に妹の死がよぎる。

 



 俺は、護りたかったんじゃなかったのか……?



「なぜ、俺は、殺して……、」




 あああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!




 何処をどう飛んだのか思い出せない。

 気が付けば、眼下には見覚えのある建物。


「……、病院。」


 近づいてみると、あちこちと崩壊している。

 何かに導かれるように、崩れた建物の跡へと向かう。



 真新しい血だまり、その中に一人の女性が倒れていた。


「──、こ、ごぶ、ふ──け──、」


 俺の内で、何かが悲鳴を上げていた。

 俺は何をしていた! どうして離れた! 大事な物ばかり失って!!


 こんな時、俺が生身の人間なら、打ち震え、涙の一つも流しただろう。

 だが、内面とは裏腹に、顔は一切の動きを止めていた。まるで本当の機械になってしまったかのように……。



 こんな俺が、触れて大丈夫だろうか、触れて、いいのだろうか……、



 俺はゆっくりと怜を抱き起し、壊さないよう、気をつけて抱きしめた。忘れていた、彼女はこんなに小さかったのか……。



 ごめん───。



 俺のその言葉は、果たして呟きだったのか、それとも自責の想いだったのか。




 そして俺はμファージ溶液の中に溶け込んだ……。









 ふわふわとした不思議な空間でまどろんでいたところへ、何かが落ちてきた。

 女の子だ。なぜか裸の女の子。


 なんとか引き上げてあげたいところだが、俺には既に体が無い。でもこの子が死んでしまってはいけない。

 俺は周りの液体を集め、その子を包み込んだ。どうやらこうしておけば大丈夫なようだ。


 女の子の断片的な記憶が見える。



 義体……


 オメガ……


 プロトタイプオメガ……



 なぜか重要な気がして、俺はそのプロトタイプオメガを保存しておいた。


 さて、それでは休むとしよう。しばらく俺は休まなくてはいけないみたいだし。



 俺はその女の子を包み込み、眠るように微睡まどろみの中へと沈んでいった。









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 俺は肉体を失った状態でディールネットワークを漂っていた。それ故か、怜が施してくれた記憶の封が緩んだらしい。

 ふと、右手に何かを持っていることに気が付く。


 "プロトタイプオメガ"


 俺はずっとこれを持っていたらしい。いままでずっと気が付かなかった。

 早くレインのところに帰らないと……。


 粒子の海の向こうに、光が見えた……。

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