7.魔王

攻勢手甲ガントレット重撃オーバーレイィィィィィ!!!!」

煌輝コルシェントォォォォォォ!!!』



 浮遊島全体が激震する凄まじい衝突。余波が周囲にあふれ、島のあちこちを削り取る。

 殲滅卿は衝突を続けながらも、更に力を集める。

 俺も次々分身体を生み出しては光の中へと投入していく。


 光球は破壊をまき散らしながら、それ以上の力を飲み込んでいく。

 これはチキンレースだ。先に力尽きた側へとすべての負債が押しかかる。



 永遠に続くと思われた拮抗。だが、天秤は傾けば一瞬。


『っ!!』

 光球は急速に楕円に広がり、そして殲滅卿を飲み込んだ。

 浮遊島から放たれ、虚空の彼方へと消える光刃。


「ぐ、あ、あぶなかった……。本当に生身の人間かよ……、あいつ……っ!?」

 俺の視界の先、閃光が消え去った射線上には人影が浮いていた。


 殲滅卿は生き残っていた。衣服はボロボロになり、仮面は剥がれ落ちている。

 その姿がグラリと傾き、力なく落下していった。



「勝てた、か……、しまった! エリーゼ!!」

 そういえば割と間近でとんでもない大技をぶっ放してしまったが、エリーゼ大丈夫か!?


「あ、レイン。」

「コースケ、むちゃくちゃしすぎです。」

 しっかりとレインはエリーゼとルクトの両方を保護してくれていた。ありがたい。


「ぅ、あ、あなたは……、ルクト?」

 エリーゼが目を覚ましたが、今の見た目はなぁ。そうだ、たしか……。

 俺はアモルファスの表層擬態機能を起動し、頭部をルクトの顔に変換した。


「顔はルクトだけど、なんだか雰囲気が違う……。」

「話すと長くなるんだ。またゆっくり説明するさ。それより、動けるか? 殲滅卿はまだ生きている。」

 相手は大物だ。首を取るならエリーゼがやるべきだろう。


 レインには引き続きルクトの身体を頼み、俺はエリーゼに肩を貸し、殲滅卿のところまで連れて行った。


「ハーヴァシター卿。」

『エリザベート殿下か……、自身で言うのも何だが、大殊勲だな。優秀な部下が居て羨ましいよ。』

 殲滅卿は仰向けに倒れたまま動かない。張り付いた前髪の隙間から覗く顔面には酷い火傷跡が見える。破れた服の隙間からもケロイド状の皮膚が見て取れる。見たところ古傷のようだが、仮面はこのためにしていたのか……?


『見ての通りの身体でね。魔力無しでは身動きができないし、声も出ない。今なら討ち取るのも容易だろう……。』

 思念を伝わる声は自虐な色が含まれていた。先ほどまでの自信満々な雰囲気とは大違いだ。もしかするとこちらの方が"素"なのだろうか。


「あなたは討ち取らない。捕虜として捕えます。」

『私が、あの皇帝陛下への交渉カードになるとは思えんがな……。』

「それでも、可能性のあるものを利用するしかないわ。」

 エリーゼは毅然とした態度で言い切る。まるで眩しいものでも見るように、殲滅卿は目を細める。


『殿下は、強いな。あのような王の下では、"古代兵器ヴェタスマグナ"の力もいいように利用されるだけだろうに……。』

「残念だけど、間違いね。私は強くない……。でも、私は一人じゃないの。」

 エリーゼは一瞬俺をみてニヤリと笑った。

「それに、訂正させてもらうわ、彼らは部下じゃない……。私の"仲間"よ。」

『……、そうか、それは失礼をした。』

 殲滅卿が何を思ったのか表情は窺えない。だが、悪い印象ではなさそうだ。



『ふっ、これは私の独り言だ……。皇帝陛下のご判断は、正しいとは思えなかった。しかし、私は忠誠を誓った軍人だ。命令は最大限実行する。正しくあろうとなかろうと、剣はその持ち手に答えるのみだ。だが、ただの剣でしかなかったが故に、私は破れたのかもしれんな……。』

 すがすがしさを感じさせるような口調で、殲滅卿は述懐する。


「急に饒舌に語り出したけど、どういう風の吹き回し?」

 殲滅卿は引きつった皮膚でニヤリと笑みを浮かべる。



「私は力及ばなかったが、"王国を滅ぼせ"という陛下のご命令は遂行できそうなのでな。」



 次の瞬間、大地が激しく揺れる! いや違う、振動しているのは大地ではなく浮遊島だ。


「コースケ!!」

「レイン! すまない、ルクトの身体を頼む!!」

 俺はエリーゼと殲滅卿を担ぎ、浮遊島から離陸する。


 振動は浮遊島全域を揺るがし、全体がひび割れ、徐々に崩壊していく。

 だが、これで王国が潰せるのか? 王都まではまだ少々距離があり、ここで崩れても王都の近くに新しい小山ができる程度だが……。



 グウゥゴォォォォォォォォォォォォォォォ!!



 腹の底に響く重低音な音が鳴る。

 崩落する浮遊島の表層部から何かが突きだされる。あれは……しっぽ?



「ま、まさか!!」



 崩れ落ちる瓦礫の隙間から、赤く輝く双眸が覗く。

 2本の脚が地に降り立ち、激しく地面を揺るがす。

 背中に乗っていた浮遊島の上層部が滑り落ち、その巨体が全貌を表す。



 グウゥガォォォォォォォォォォォォォォォォ!!


 

 首を伸ばし、空に向けて咆哮を上げる怪物。


 体長100mはあろうかという巨大なドラゴンが出現した。


『私の魔力が途切れたことで、要塞の、いや、魔王"ヨルムンガルド"のくびきが外れた。』

「あ、あれはまさか、四魔王の1体!?」

 四魔王……。なんだったか。なんかどっかで聞いた覚えがあるが……。


「レイン! 一旦下へ!!」




「お、おいルクト!! あれはどういうことだ!!」

 丁度良いことに、アルバートと遭遇した。


「丁度いい!! アルバート、二人を頼む!!」

「きゃっ!」

 俺はエリーゼを投げ渡す。案外かわいい声を上げながら、アルバートに抱き止められる。

 そのあと、殲滅卿は地面に横たえた。身動きできない人を投げるのはかわいそうだしね、一応……。


「せ、殲滅卿!?」

 アルバートは素っ頓狂な声を上げているが、無視だ。


「行ってくる。」

「コースケ……、無理しないで。」

「アレは、俺の敵だ。」

 俺は振り向かずにレインに告げる。

「コースケ……?」


 脳裏に紅蓮に沈む街の風景がちらつく。なんだろう、アレを見ていると落ち着かない。俺はそのまま浮上する。


 奴は浮遊しつつ、ゆっくりと王都に向けて動いている。だが、巨大なためか、ゆっくりに見えてもかなりの速度だ。

 背中に申し訳程度の小さな翼が付いているが、ほとんど羽ばたいていないところを見ると、翼では飛んでいないようだ。



 あの時とは違う。今ならやれる。アモルファスなら!!



==================================================



 コースケはこちらを振り向きもせずに飛び去ってしまった。

 送り出して良かったのだろうか。なにか様子がおかしかった。でも……。


「マグナ隊が攻撃を加えるぞ!」

 王都側を見ていたアルバートが声を上げる。


 王都外壁に展開した数十機のマグナ達と、歩兵部隊が構え、ヨルムンガルドへ向けて魔法攻撃を一斉発射する。

 ヨルムンガルドの脚部から腹部に掛けて着弾し、色とりどりの爆発を起こす。


 歩を止めたヨルムンガルド。直後その背中が光りを帯び、数百に及ぶほどの大量の光線が曲射される。


 空を飛び回るうねった光線。曲がりくねったそれらが王国軍マグナと魔法部隊を次々と貫き蹂躙していく。


「な、なんだと!?」

「あ、圧倒的だわ……。」

 エリーゼとアルバートも空いた口がふさがらないらしい。もはや次元が違いすぎる。


 再び前進を開始したヨルムンガルド。その歩みを止めるモノはもうなにも──、



 青い閃光が空を駆ける。



 ヨルムンガルドが検知できる以上の速度で接近し、巨大な顎をかちあげる。遅れて空に衝突の爆音が響き渡った。


 グウゥォォォォォォォォォォ……、


 巨体が仰け反り、たたらを踏む。



 空に浮かぶ青い閃光はその輝きを更に強める。

 キィィィィンという耳をつんざくような高周波音が響き渡り、青い光が拡大していく。それは巨大な青い人型へと変貌した。


 渦まく雷光を身にまとう10mの青い巨人。マグナの2倍はある巨体だが、ヨルムンガルドに比べれば小人のような大きさだ。


「オオオオオォォォォォォォ!!!」


 青い巨人が咆哮を上げる。その両腕に光が集約し、未だ立ち直らないヨルムンガルドに向け振るう。


 右拳が巨体の腹を捉える。再び空に響く衝撃。

 青い巨人が連続して拳打を打ち込む。空を揺らし地を震わす衝撃の連打。ヨルムンガルドの体表が次々と凹んでいく。

 一撃一撃が、攻勢手甲ガントレット重撃オーバーレイにも匹敵するほどの攻撃だ。


 グウガァァァァァァァァァァァ!!!!


 巨体が背中から多量の光線を吐き出す。その全てが青い巨人の身体を貫き──、その刹那、青い巨人は燐光を残して霧散する。

 次の瞬間には、ヨルムンガルドの側頭部へと回し蹴りが炸裂していた。


 青い巨人はその大きさとはあまりに不釣り合いな速度で移動する。その次の瞬間には、横へと倒れそうになった反対側へと出現し、頭部を蹴り上げる。


「す、すごい……、これなら!」

 エリーゼが感動の声を上げている。

『……、よもやこれほどとは……。』

 殲滅卿すらも感嘆している。


 ヨルムンガルドはまさにサンドバックの状態だ。目に見えて弱っている。

「たしかに、行けるかも……。」


 青い巨人は分裂したかと思えば再び集合し、さらに細長い帯状になり背後へ回り込み、無形体アモルファスであることの利点を最大限生かした戦いを繰り広げる。


「オチロォォォォォォォォォ!!!」

 青い巨人は咆哮し、更に右手の光を強める。



 そしてその右手がはじけ飛んだ。



 青い巨人だった人型は、膨張収縮を繰り返しつつ徐々に縮んで、そして落下していく。


「い、いけない!!」

 私は急いで浮上し、コースケの元へと向かった。



 落下地点、そこには、半分溶解したような状態のアモルファスが横たわっていた。

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