6.激突

 俺は体を起こす。パワードアーマーは4割破損。義手も義足も、ガリガリとおかしな音を上げている。全身状態表示では赤くない場所は数える程しかない。


 俺が顔を起こした先、殲滅卿の不可視な腕によりレミエルが釣り上げられている。その手足はダラリと垂れ下がり、動く様子が見られない。

「ぐ……、エリーゼ……、」


 右手20m程度の位置にはレインも倒れている。何とか体を起こそうとしているようだ。


『貴女も哀れな方だ。こんなものに魅入られなければただの一王族として過ごせただろうに。』

 殲滅卿が右手を軽く捻る。レミエルの胸部装甲板が1枚はじけ飛ぶ。


『私が、あなたのその"呪い"を……、』

 レミエルの右上腕部の内部機構がむき出しになる。


『祓ってさしあげよう。』

 レミエルの左足がねじ切れた。



 これが祓いだと? 救いだと? 嬲っているだけだろうが!!!



『!』

 殲滅卿の至近距離に浮遊する砲台が浮かぶ。


「させません!」

 残った1基の遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートは銃弾を吐きだしつつ、殲滅卿へと体当たりを敢行する。更にそれを追うようにレインが巨大破砕槌オープレシーインジェンスを構えて突撃していく。

 銃弾は逸らされ後方へ、遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートはねじ切られて上へと投げ出され、レインは弾き飛ばされた。


『死に急ぐか、それも潔し。』

 再び、殲滅卿の右手に異常な量の思念力ウィラクトが集まっていく。


「れ、レイン!!」

 落下したレインの前に割り込み、拒絶障壁ウィラクトシールドを展開する。


 閃光がシールドに衝突、瞬く間に消滅させる。


「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 消える前に更に展開、それも消える前に展開、殲滅卿の放つ光に向け、俺は拒絶障壁ウィラクトシールドをひたすらに展開し続ける。

 両手のフィールド発生器は異常加熱し、今にも破裂しそうだ。支える全身もギシギシと嫌な軋みを上げる。


「こ、コースケ……、」

 俺の背中を抱くように、レインが支える。


 右腕のフィールド発生器が爆裂し火を噴く。

「なっ!」

 これまでか……、


 その直後、限界を迎えたのは意外にも──、



 地面だった。



 圧力に耐えかねた地面が崩落し、俺とレインは地下空洞へと落下していった。







「レイン、大丈夫か?」

 暗がりの中、手探りでレインを探す。

「う、うん……、あっ」

 俺の手がやわらかいレインに触れた。え? やわらかい?


「だぁぁっ!! 今のは事故だ! 故意じゃない!!」

「コースケは、いつも急に積極的になりますね。」

「勘違い甚だしい!!」

 いやいや、そんなことをしている場合じゃない。あ、そうだ、暗視装置ナイトヴィジョンにしたらよかった。


「こ、コースケ、あれを……。」

 レインが何やら緊張を含んだ声で何かを示している。どうやら先に暗視装置ナイトヴィジョンに切り替えたらしい。

 俺も暗視装置ナイトヴィジョンに切り替えた。


「っ!!!!」

 目の前にある巨大な爬虫類顔に、俺の全身がビクッと反応した。


 あまりに巨大な怪物は、頭部だけでも10m以上はありそうだ。しばし緊張して観察するが、どうやら動かないらしい。


「し、死んでいるのか──、」

 瞬間、記憶がフラッシュバックする。



 燃え盛る街を蹂躙していく巨大な怪物。


 背中から放たれる光線群。



「ディヴァステータ……。」

「コースケ?」 

 レインの声に俺はすぐ意識を戻す。


「あ、いや、すまない。この島が飛んでいるのは、もしかしてこいつの機能なんじゃないだろうか。」

 俺は怪物の顔に手を当て、情報接続を試みる。

 確かに動力炉は稼働し、何かの機能が働いているようだ、が、セキュリティが掛けられており閲覧できない。


「そのようですね。詳細はわかりませんが。」

 レインも同じく情報接続を行っているようだ。



「これをどうにかすることは難しい、が、一つ僥倖だ。」

「?」

 俺の言葉にレインが小首を傾げる。


「こいつには大量のμファージが含まれている。装備造り放題だ!」


 俺は【デザインドラフト】を起動し、ルクトが見つけた図面を展開する。

 同時に、怪物の顎の一部に侵食し、μファージを強奪する。内部のデータは閲覧できないが、まともに免疫機構も働いていない状態の今なら、強制上書きによる強奪が可能だ。


 【EQコンストラクタ】で対象物を構築する。


 2つのモノが完成した。


 一つは全身義体「アモルファス」、もう一つは思考人格移行装置「エスプリト・ミグ」。

 アモルファスの見た目は、パワードアーマーのようなマッドブラックの装甲で覆われてる。中に生身が入っていない分、少しスリムだ。


「俺の意識を、"識名しきな 孝介こうすけ"をこの義体へ移行してくれ。」

 俺は手袋状のエスプリト・ミグをレインに渡す。何もこのタイミングで?と言えないことも無いが、物のついでだ。俺とルクトの意識も分離してしまおう。


「……はい。」

 レインは一瞬の逡巡を見せたが頷き、手袋をはめる。


 レインは慣れた手つきで手袋をはめた手で何かの操作を始める。記憶を無くしているとはいえ元義体技師だったみたいだし、こういうのは手馴れているのかもなぁ、などと小さく感動を覚えているうち、意識がふわりと浮きあがり始めた。頭より少し高い場所を漂い、新しい義体へと入り込む。


「終わりました……、え?」

 最後にレインは戸惑うような声を上げた。

 隣にあるルクトの身体が倒れている。今ルクトは眠っていたから、もしかしてまだ寝ているのだろうか?


「ルクトの意識も、一緒に移動してしまいました……。」

「ありゃ。」

「どうやら意識と記憶が複雑に絡み合っているようです……。分離できないことは無いですが、今すぐには難しいです。」

 物のついでとは思ったが、そううまくは行かなかったか。


「今はこれで行こう。すまないレイン、ルクトの身体を頼む。」

「はい、コースケ、気をつけて。」

 俺はサムズアップしながら体内にある6基のフィールド発生器を起動、浮上加速していく。



 落ちてきた暗い穴を抜け、再び表層部へ。



「ふぐぅぅぅっ……、」

 吊り下げられたエリーゼがうめき声を上げる。

 その周りにはレミエルだったものが散乱していた。


「それ以上はやらせないっ!」

 俺は両手に攻勢手甲ガントレットを宿し、殲滅卿に向けて突撃する。


『貴様は……?』

 様子の違う俺に少々の戸惑いは見せたが隙は見せない。殲滅卿の突きだした左手から放たれた力と、俺の右手の攻勢手甲ガントレットが衝突する。


 空間に溝ができるほどの拮抗。

『こ、これほどの力……、まるで別人だが、まさか貴様は先ほどの小僧か?』

「さぁな。」

 答えてやる必要はないな。フィールド発生器6基は伊達じゃないぞ。俺は足にも攻勢手甲ガントレットを起動し、蹴りを放つ。


 脚の攻勢手甲ガントレットが殲滅卿の障壁を揺るがし、わずかに後退させる。


『ぬぅ、私を退がらせるとは。』

 奴の呪縛から解放されたエリーゼを空中でキャッチし、地面に寝かせる。


「これから敗北も教えてやる。」

『できるかな?』

 殲滅卿の両手に光が集まる。


無幻残影デヴァイドミラージュ!!」

 俺は自身の幻影を多重に生成し、空を埋める。


『そのような見かけ倒しを!!』

 殲滅卿の放つ閃光が次々と分身体をかき消していく。俺はそれ以上の速度で分身体を増やしていく。


『見え見えだぞ! そこだっ!!』

 閃光が俺を捉えた。

 胴を貫く閃光。衝撃で体がバラバラに分解した。


『な、なんだと!?』

 俺のボディパーツはバラバラのままに飛翔し、分身体に紛れる。


 そして、殲滅卿の背後で再構築。


『なにぃぃい!!』

 フィールド発生器6基を全力稼働させる。全身の関節部から青い炎が吹き上がる。


「分身体は目くらましじゃない。このためだ。」

 分身体が俺の右手に宿る白銀に輝く攻勢手甲ガントレットに呼応し、急速に収束する。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

『かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 殲滅卿がより多くの光りを集める。同時に俺の攻勢手甲ガントレット目がけ、分身体が収束する。



攻勢手甲ガントレット重撃オーバーレイィィィィィ!!!!」

煌輝コルシェントォォォォォォ!!!』



 二つの輝きが衝突した。



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スペックシート:識名 孝介(with ルクト・コープ)


氏名:識名しきな 孝介こうすけ(with ルクト・コープ)

性別:男

年齢:28

タイプ:中近距離戦

装備:

・PEバッテリー×2

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

・全身義体 アモルファス

 外殻とフィールド発生器、PEバッテリーのみで構成された全身義体。

 駆動はWAS(Willact Actuation System 思念力ウィラクトにより対象物を稼働させる駆動系)にて行う。

 そのため、非常に軽量で恐ろしく柔軟な稼働が可能。極論、人型を取る必要も無いため、無形体アモルファスの名称がつけられた。

 スペック上は史上最強とも言うべき義体だが、あまりに人型を離れてしまうため正常な精神で使用できる使用者が現れなかった。

 この義体に馴染める者は、"新たな人類種"であると言える。

・圧縮格納μファージ

 機能を停止し、体積圧縮されたμファージ。体内や義手義足の余剰スペースに格納保存されている。

 そのままでは使用できない。使用する場合には解凍展開、機能の再起動を行う必要がある。

 展開すると黒い粘液体で広がる。展開状態であれば装備の設計変更、再構築など、様々な用途に使用可能。

諸元:

・PEバッテリー×2

 容量:6000kWh、最大出力:1000kW、最大蓄積能力:600kW

・フィールド発生器×6(全身の各部位)

 最大出力:290kW(推力:3000N)(6基合計)

技能:

・飛行

迫撃掌アサルト

 ウィラクトによる衝撃波。近距離用であるため、射程は数十cm。

束撃弾スラスト

 ウィラクトによる衝撃波。高収束による遠距離用。射程は数m。

 スラストタイプは距離で威力が減衰するため、攻撃力は迫撃掌アサルトの方が高い。

速射束撃ガトリング

 連射式の束撃弾スラスト。義手内部のフィールド発生器を改造し、圧縮器を並列2層としたことで可能となった。

攻勢手甲ガントレット

 ウィラクトで手足のアーマーを強化し、攻撃力を上げる。射程は手足の届く範囲。

 威力は迫撃掌アサルト束撃弾スラストに及ばないが、一旦起動すると数分間は効果が持続する。

思考攪乱パラライザ

 ディール粒子かく乱により思考混乱。一時的な全身麻痺を起こす

 相手の頭部付近に直接触れる必要がある。

思考攪乱改ハイパラライザ

 思考領域の一部に自立稼働プログラムを埋め込む。そのプログラムは継続的に思考攪乱を発生させ、全身麻痺を誘発する。

 従来の思考攪乱では効果の薄い相手への対策として考案したシステム。

 使用には相手の頭部付近に直接触れる必要がある。

無幻残影デヴァイドミラージュ

 全身の簡易式フィールド発生器から放出されるウィラクトで、自身の残像体を発生させる。

 体の一部だけ、もしくは全身の残像を発生させることができる。

 残像体はウィラクトの塊であるため、攻撃として使用することが可能。ただし攻撃すると消滅する。

攻勢手甲ガントレット重撃オーバーレイ

 攻勢手甲ガントレットによる攻撃に無幻残影デヴァイドミラージュの分身体による攻撃を積層し、

 お互いの効果を増幅させた攻撃。それぞれ単発で行った場合の攻撃に比べ数倍の威力がある。


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