4.壁内戦線

「よろしいので?」

 いつも私に従順なアルが、珍しく私に意見してくる。


「なにが?」

 なんとなく言いたいことはわかっているけど、なんだか素直に応えたくなくて……。


「奴です。ここ最近のエリーゼ様なら、こういう場合は真っ先に奴を呼びに行かれます。いえ、もちろん、私が居れば、奴など不要ですが!」

 アルと彼はお世辞にも仲が良いとは言いづらい。それでもこういう意見を言うということは、彼の能力は認めているってことかしらね。


「彼にね、頼りすぎたの。それに今回の相手はモンスターではなく人間……。」

「奴とて未熟者とはいえ一兵卒。いかに人間相手とはいえ、敵国との戦いに戸惑うようでは務まりません。」

 アルは彼に来てほしいのかしら、それとも来てほしくないのかしら。


 

「彼にばかり、重い役目を負わせ過ぎたわ。たまには"ヴェタスマグナ"の乗り手としての面目を立てないとね。」

「……。」

 アルは無言だが、たぶん、少し寂しいような、憐れむような表情をしているのだろう。


「さぁ、行くわよ。」

「お供します。」


 私たちはマグナのハッチを閉じ、バジスの格納庫から空へと飛びだした。



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 破損した外壁から覗く空。そこに浮かぶ巨大な島からは銃弾や砲弾が雨の様に降り注ぎ、地上の王国部隊を打ち据える。さらにマグナや歩兵部隊も投下され、既にボロボロになった王国部隊が蹂躙されている。


「これは……、かなり不味い状況だな。」


 王国軍もマグナでの遠距離攻撃や魔法部隊の魔法攻撃を行っているが、敵の"乗り物"が巨大すぎる。まさに焼け石に水だ。

 唯一、攻撃が届きそうな魔導船3機だが、既に1機は火を噴きつつ落下していくところだ。残り2機も時間の問題に見える。


「エリーゼ……。」

 いつも強引だったお姫様の顔が浮かぶ。だが、そんな感傷の時間は直ぐに終わりを迎えた。

 巨大な金属体同士の激しい衝突音が響く。壁内へと侵入してきた帝国軍マグナと、王国のマグナが戦闘を開始した。

 それに続くように、帝国軍の歩兵部隊も姿を現す。


「迎え撃てぇ!! これ以上帝国軍を進ませるなっ!!」

 どこかから、昨日の士官の声が響く。


「う、うわぁぁぁぁぁ!!」

 雄叫びというより悲鳴に近い声を上げつつ、学徒兵たちは帝国兵を迎え撃つ。

 俺は情報端末メディアを起動。特徴情報を設定し、視界投影型ディスプレイインサイトビューに帝国兵を「Enemy」としてマーキング表示した。


「ひ、人を殺すのか!?」

 この期に及んでも、マグダイムは震え、満足に魔法を行使できないでいた。取り巻きの2人も動きが悪い。


 戦鎚を持った帝国兵が接近してくる。

「ふっ!!」

 テレンス教官がスルリと懐に入り、短剣で喉を切り裂く。

「ごぷ」

 帝国兵は口から水音を漏らしながら仰向けに倒れた。

「身を護ることを第一に考えろ! 敵は待ってくれないぞ!!」

 さらに帝国兵が槍を向けて教官に突っ込んでくる。教官は指先に魔力ウィラクトを溜めて撃ち出す。

 帝国兵の顔面に直撃する。が、威力が低く、目くらまし以上の効果は無かった。だが、彼にとってはそれで十分らしい。その隙に接近し、再び喉をかき斬る。


 教官が強敵と気づいたのだろう、帝国兵が複数人で教官へと向かう。


「貴様!! 魔術師だな!?」

「ひっ!」

 別の方向から大剣を持った帝国兵が近づいてくる。マグダイムが杖もちであることに気が付いたようだ。魔術師は場合によっては一騎当千の働きをする場合もある。倒せる時には真っ先に仕留めるのは戦争における定石だろう。


 大剣もち帝国兵が放つ威圧の前に、マグダイムは金縛りのように動けない。そこへ大剣が振り下ろされ──、

 俺は盾からの衝撃波で大剣を弾き飛ばし、剣先の流動金属を高速回転させて帝国兵の首を切り落とした。

 視界投影型ディスプレイインサイトビューに表示していた「Enemy」のマーカーが1つ消滅する。

「る、ルクト!?」

「死にたいのか! やらなきゃやられるぞ!!」


 やはり学生にいきなりの対人戦は荷が重いらしい。侵入した帝国兵は多くないにも関わらず、明らかに押し込まれている。


 直後、間近の建物が崩壊し、2体のマグナが絡み合うように大通りへと転がり出てくる。

「あれは……、」

 確かレイヴのマグナのはず。

 同時に立ちあがった2機のマグナだが、一歩先行した帝国軍マグナが長剣を振り下ろす。レイヴはそれを盾で受け止めるが、よろめき建物へとぶつかる。帝国軍マグナは続けざまに長剣を振るう。レイヴは防戦一方だ。

 マグナでの戦闘も練度の問題か、王国軍マグナは劣勢のようだ。


「このままでは……、」

 正直、あいつらにいい思い出は無いし、俺の見えないところでどうにかなるなら、気にならないだろう。だが、こんな状況で、目の前で死なれるのは気分が悪すぎる。

「くそっ!!」

 俺はイラつきつつ、再び接近してくる帝国兵を切り伏せる。レイヴのマグナはついに左腕を切り落とされ、何とか右手一本で凌いでいる状態だ。

 ここを離れては、班員は全滅必死だ。かといってレイヴのマグナは今にも破壊されそうだ。俺の今の装備では、両方は救えない。


 ついに、レイヴのマグナは引き倒され、帝国軍マグナが長剣を逆手に構えた……、

「くっ!!」

 俺は足のフィールド発生器を起動し、レイヴのマグナに向け──、


 瞬間、帝国軍マグナの頭部が吹き飛んだ。続けて胴体に二つ三つと風穴が空く。

 帝国軍マグナはグラりと傾き、通りに倒れる。


 遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピート4基が上空から飛来し、その中心にレインが降り立った。


「レイン……。」

「ごめんなさい、コースケ。やっぱり待てませんでした。」

 俺の声色を非難と感じたのか、少し落ち込んだ雰囲気でレインが答える。


「サンディさん達も、"自分の一番大事なことを、大事なモノを護りなさい"って。」

 ほんと、サンディさんはレインに甘いな……。

「よし、それならサンディさん達に近づかれるより早く、撃退するしかないな。」

「はい!」

 俺の言葉に、レインは笑顔で応じる。


「そうだ、コースケのコレを持ってきました。」

 レインは黒いドレスアーマーの懐から長いコートを取り出す。タイトなドレスアーマーのどこにこれが?

 受け取ったコートはほんのり暖かい、なんだかいい匂いがするような気も……。


「……、ありがとう、助かった。」

 俺は無心でコートの袖に腕を通す。


「お、おい、ルクト……、彼女は……?」

 マグダイムが戸惑う声で俺に問いかける。が、今は説明している時間は無い。

 レイヴのマグナを見やる。まだ動いている。どうやら無事なようだ。


「出し惜しみは無しだ。」

 俺は剣と盾を置き、アーマーを起動しつつ浮上する。擬態を解かれたアーマーは徐々にロングコートから形態を変え、俺の全身をマッドブラックの装甲で覆っていく。


思考攪乱改ハイパラライザ。」

 俺は両手に思考攪乱改ハイパラライザを起動する。思考攪乱パラライザの効果を高めた改良版だ。

 両手のひらには、相手の思念を攪乱する思念力ウィラクトが宿る。


無幻残影デヴァイドミラージュ起動。」

 新型パワードアーマーの全身に設置した小型フィールド発生器が一斉に起動。放出された思念力ウィラクトが俺の周囲に腕の分身体を大量に形成する。それらすべてが思考攪乱改ハイパラライザを帯びている。

 視界投影型ディスプレイインサイトビューで「Enemy」のマーカーを一斉にロックオン。


「いけ!」

 青白い光を放つ腕の分身体が一斉に飛翔。空間を青の閃光が乱舞する。視界に映る赤い「Enemy」の文字が、瞬く間に灰色の「Down」へと変化していく。


 異常に気付いた帝国軍マグナが接近してくるが、それらは軒並み遠隔駆動多薬室砲フロートセンチピートで撃ち抜かれ、行動不能に陥る。


 「Enemy」の文字は全て消え去り、壁内から敵勢力は全て排除された。


「教官、あとは頼みます。なんとかここで食い止めてください。俺たちでアレを何とかしてきます。」

「あ、ああ。」

 テレンス教官がたどたどしく返事をする。


「行こうレイン。あそこにエリーゼも居るはずだ。」

「はい。」

 俺たちは壁を越え、空に浮かぶ島へと飛ぶ。







「あ、あれ……、ルクトか……?」

 マグダイムは茫然としつつも、小さくつぶやいた。



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スペックシート:ルクト・コープ(識名 孝介)


氏名:ルクト・コープ(識名しきな 孝介こうすけ)(怪人ソルドレッド)

性別:男

年齢:16

タイプ:中近距離戦

装備:

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

・義手義足

 チタン合金による骨格、人工筋繊維による作動、強化繊維ベースの強靭な人工皮膚によって構築されている。

 【思念力ウィラクト】という名の新物理力を発生させる装置が搭載されており、それにより飛行や衝撃波の発生が可能。

・圧縮格納μファージ

 機能を停止し、体積圧縮されたμファージ。体内や義手義足の余剰スペースに格納保存されている。

 そのままでは使用できない。使用する場合には解凍展開、機能の再起動を行う必要がある。

 展開すると黒い粘液体で広がる。展開状態であれば装備の設計変更、再構築など、様々な用途に使用可能。

・パワードアーマー4

 チタン合金外骨格、内部に人工筋繊維によるパワーアシストシステムを搭載した全身鎧。

 頭部もフルフェイスでカバーするため、外からは顔が見えない(中からは各種センサで外の様子がわかる)

 全身の各部位に簡易式フィールド発生器を搭載し、そこから放出したウィラクトにより残像のような現象を発生させる。

 艶消し黒マットブラックでカラーリングされている。

・麻の上下

 住民がよく着ている一般的な服装。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:3000kWh、最大出力:500kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器×4(両手両足の義手)

 最大出力:72kW(推力:1600N)(4基合計)

技能:

・飛行

迫撃掌アサルト

 ウィラクトによる衝撃波。近距離用であるため、射程は数十cm。

束撃弾スラスト

 ウィラクトによる衝撃波。高収束による遠距離用。射程は数m。

 スラストタイプは距離で威力が減衰するため、攻撃力は迫撃掌アサルトの方が高い。

速射束撃ガトリング

 連射式の束撃弾スラスト。義手内部のフィールド発生器を改造し、圧縮器を並列2層としたことで可能となった。

攻勢手甲ガントレット

 ウィラクトで手足のアーマーを強化し、攻撃力を上げる。射程は手足の届く範囲。

 威力は迫撃掌アサルト束撃弾スラストに及ばないが、一旦起動すると数分間は効果が持続する。

自壊迫撃アウトバースト

 フィールド発生器の圧縮器内圧を限界まで引き上げ、威力を増した迫撃掌アサルト

 収束することができないため、接近して放つ必要がある。粒子圧縮器が過重に耐えられず

 1回で破損する。威力は迫撃掌アサルトの数十倍。

思考攪乱パラライザ

 ディール粒子かく乱により思考混乱。一時的な全身麻痺を起こす

 相手の頭部付近に直接触れる必要がある。

思考攪乱改ハイパラライザ

 思考領域の一部に自立稼働プログラムを埋め込む。そのプログラムは継続的に思考攪乱を発生させ、全身麻痺を誘発する。

 従来の思考攪乱では効果の薄い相手への対策として考案したシステム。

 使用には相手の頭部付近に直接触れる必要がある。

拒絶障壁ウィラクトシールド

 思念波を球状に展開し、防御用の障壁を生成する。物理的攻撃や思念力攻撃を防ぐことができる。

制限解放リリース

 各種リミッターの解除(飛行機能、パワーアシスト機能など)と、思考加速を用いることで、稼働速度域を数段上げることができる。

 使用時間はシステム上の制限は存在しないが、PEバッテリーの消耗や生体部分への負担を考えると3分程度が最適。

無幻残影デヴァイドミラージュ

 全身の簡易式フィールド発生器から放出されるウィラクトで、自身の残像体を発生させる。

 体の一部だけ、もしくは全身の残像を発生させることができる。

 残像体はウィラクトの塊であるため、攻撃として使用することが可能。ただし攻撃すると消滅する。

攻勢手甲ガントレット重撃オーバーレイ

 攻勢手甲ガントレットによる攻撃に無幻残影デヴァイドミラージュの分身体による攻撃を積層し、

 お互いの効果を増幅させた攻撃。それぞれ単発で行った場合の攻撃に比べ数倍の威力がある。

自壊迫撃アウトバースト重撃オーバーレイ

 自壊迫撃アウトバーストによる攻撃に無幻残影デヴァイドミラージュの分身体による攻撃を積層し、

 お互いの効果を増幅させた攻撃。それぞれ単発で行った場合の攻撃に比べ数倍の威力がある。

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