2.容疑者

 ルクトとの邂逅で目覚めの気分は妙な感じだったが、起こしてもらったお陰か、今日は余裕を持って登校できそうだ。

 いつもなら駆け抜ける、もしくは飛び去っていく王都の道を、今日は歩いて兵学校へと向かう。


 石造りの家々が立ち並び、石畳で整備された道をこんなにゆっくりと歩くのは久しぶりだ。もしかしたら入学式以来かもしれない……。


「どろぼー!!」

 声の聞こえた方向、細かい路地から男が駆け出してきた。俺の方向へと駆けてくる男。その後を追うように、路地からメイド風の女性が飛び出してくる。


「だれか!! だれか、その泥棒を捕まえて!!」

 男の背後から、メイド風女性は声を上げながら追いかけてくる。

 これは、ソルドレッド案件ですかな。どれ、人目に付かないところで──、


 瞬間、逃走していた男が空を舞うように美しい空中回転を見せたかと思えば、背中を地面にぶつけて伸びてしまった。

 伸びた男の前には、十代半ばくらいの女性が立っていた。


「はは、ちょっとひっかけたらうまく転んだみたい。」

 女性は周囲の視線に気が付くと、誰に向けたわけでもないが慌てたように弁解を口にした。

「もう、盗まれないように気をつけるんだよ。」

「あ、ありが──」

 ひったくり犯を倒した女性は、メイド風女性に荷物を返すと、礼も聞かないうちに逃げるように去って行った。



「……、いや、別に正義の味方したかったわけじゃないからね。」

 俺は誰に向けたのかわからない言い訳をひとりごちた。





 2年次はこれまでの戦技や魔術、一般教養的座学に加えて専門毎の授業が増える。俺も整備科へと進んだため、マグナの整備に関する授業が増えた。


 その整備についての授業がなかなかの曲者だった。

 マグナの整備では、武装や装甲の整備も行うが、やはり一番の肝はマグナ本体の点検や修理だろう。そうなると魔核を用いた加工技術が必要となる。


「魔核の声を聞け。」

「魔核にはそれぞれに固有の特性がある。魔核の特性を感じ取れ。」

「考えるな、感じろ!」


 これは実際に整備実習の教官が発したセリフである。なんだ、"魔核の声"って。魔核と楽しくおしゃべりするのか?

 語られるのは"雰囲気"や"直感"であり、これがモノづくりの現場なのか!?と耳を疑った。


 もっと体系的な技術論や、素材に関する知識を聞けるのかと思ったが、"見て覚えろ"という空気が全開な所だった、ここは。

「俺、この科でうまくやっていけるんだろうか……。」






 俺は少々陰鬱とした気分となりつつ下校し、気が付けば下宿の建物前まで帰ってきていた。

 そこには、良く見知った。だが、できれば会いたくない二人組が待ち構えていた。


「ソルドレッドォォ~?」

 二人組の一人、エリーゼが俺に声をかけてくる。

「そんな怪人なんて知らないです。」

「昨夜、どこで何をしてた?」

 俺の返答など全く意に介さず、エリーゼは会話を続ける。あ、無視ですか、そうですか。


「夜の10時まではバイト、その後は帰宅して自習。12時過ぎには就寝した。」

「それを証明できる人は?」

 なんでアリバイを確認されているんだ?


「夕べ何か事件でもあったのか?」

「いいから答えて。」

 俺からの質問は受け付けないらしい。まあ、やましいことは無いし、変に隠す方が怪しまれるだろうな。


「バイトはバイト先に確認してくれ。自習と就寝は……、明確な証人は居ないな……。」

 俺は素直に証人の有無を答える。俺の言葉を受け、エリーゼは考え込む。


「……。最近、夜間に殺人事件が多発しているの──」

「エリーゼ様!!」

 エリーゼが語り出したところで、遮るようにアルバートが大声を出す。


「こいつは部外者です。捜査上の機密は──、」

「彼を再び雇うわ、これで部外者じゃないでしょ。」

「し、しかし、──、」

「え……、俺学校あるんだけど。」

 エリーゼとアルバートの口論で"俺を雇う"という聞き捨てならない言葉が聞こえてきたため、二人の会話を遮るように介入させてもらった。

「殺人事件の目撃者たちの証言が似通っているのよ……、ちょっと、ちゃんと聞いてる?」

 俺の抗議は完全にスルーされたようだ。エリーゼは何事も無いかのように話を続けた。その上、俺が不貞腐れた顔をしていたら逆に注意された。これは俺悪くないよね……。


「全身が黒い外殻に覆われていて、空を飛ぶように屋根の上に上がり、その姿は2人に見える程に素早い……。」

「へぇー、ずいぶんと特徴的な奴だな。」

 俺は"興味ない"という気分を全面に出して答える。

「そうね、まるで怪人ソルドレッドみたいね。」


「……、ぇ……?」

 あれ、もしかして俺容疑者?

「お、俺犯人じゃないぞ!!」

「罪を犯した人は、大抵そう言うものよ。」

 エリーゼは諭すように告げる。

「いや、そうかもしれないけど、そうじゃなくて!」

 なんと言えばいいか、俺はやってないのは間違いない! だから、"やってない"と伝えたいけども、確かに真犯人も同じように言うだろうし……。えっと、良くわからなくなってきた。どうしたらいいんだ?


「コースケは下宿から出ていません。私が証人です。」

「れ、レイン……。」

 いつの間にか背後に居たレインから、俺のアリバイを証明する発言が出る。俺は不覚にも少し泣きそうになった。


「コースケが外に出るときは気が付きます。そんな夜中ならばついて行きます。」

「それはそれで怖い!!」

 さっきの感動が吹き飛んだ。


「あなたはコースケを庇っているかもしれないわね。」

「私は事実しか言っていません。」

 エリーゼとレインが睨み合う。俺を差し置いて一触即発の空気だ。


「わ、わかった! 犯人捜しを手伝うから!!」

「そう? なんだか強要したみたいで悪いわね。早速今夜から夜警するから!」

 一瞬前までの険悪な空気を瞬間に切り替え、エリーゼは明るく告げる。"強要したみたい・・・"ではないな……。

「じゃ、また今夜。」

「6時ごろに迎えに来る。準備しておけ。」

 エリーゼは陽気に、アルバートは苦々しい表情で迎え時間だけを告げて去って行った。




 今日の授業でも相当疲れたが、下宿前でのやり取りでグッタリだ。

「私も行きます。」

 俺の後に続いて玄関に入ってきたレインが告げる。

 今夜は"殺人犯"の追跡だ。もっと凶悪なモンスターの相手もしたことのあるレインに対しては今更感もあるが、それでも"殺人犯"の相手はかなり危険な気がする。

「レインは──、」

「レインちゃんは女の子なんだから、そんな危ないところに行ったらダメよ!!」

 俺の言葉を遮り、いつの間にか話を聞いていたらしいサンディさんが割り込んできた。

 サンディさん相手ではレインも強くNOとは言えないらしく、困ったような、嬉しいような、不思議な表情をしている。


「大丈夫、俺は身の潔白だけ証明しに行くだけだから。危ないところは二人に任せるよ。」

 "納得できない"といった雰囲気だったが、俺の言葉にしぶしぶ納得してくれた。


 さて、夜警に出る準備でもしておきますかね。



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スペックシート:ルクト・コープ(識名 孝介)、アルバート専用マグナ


氏名:ルクト・コープ(識名しきな 孝介こうすけ)(怪人ソルドレッド)

性別:男

年齢:15

タイプ:中近距離戦

装備:

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

・義手義足

 チタン合金による骨格、人工筋繊維による作動、強化繊維ベースの強靭な人工皮膚によって構築されている。

 【思念力ウィラクト】という名の新物理力を発生させる装置が搭載されており、それにより飛行や衝撃波の発生が可能。

・圧縮格納μファージ

 機能を停止し、体積圧縮されたμファージ。体内や義手義足の余剰スペースに格納保存されている。

 そのままでは使用できない。使用する場合には解凍展開、機能の再起動を行う必要がある。

 展開すると黒い粘液体で広がる。展開状態であれば装備の設計変更、再構築など、様々な用途に使用可能。

・パワードアーマー3

 チタン合金外骨格、内部に人工筋繊維によるパワーアシストシステムを搭載した全身鎧。

 頭部もフルフェイスでカバーするため、外からは顔が見えない(中からは各種センサで外の様子がわかる)

 艶消し黒マットブラックでカラーリングされている。

 取り回しなどの関係から、背部ガンアームと「多段式魔導加速銃スコルペンドラ・改」は廃止。

・麻の上下

 住民がよく着ている一般的な服装。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:3000kWh、最大出力:500kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器×4(両手両足の義手)

 最大出力:72kW(推力:1600N)(4基合計)

技能:

・飛行

迫撃掌アサルト

 ウィラクトによる衝撃波。近距離用であるため、射程は数十cm。

束撃弾スラスト

 ウィラクトによる衝撃波。高収束による遠距離用。射程は数m。

 スラストタイプは距離で威力が減衰するため、攻撃力は迫撃掌アサルトの方が高い。

速射束撃ガトリング

 連射式の束撃弾スラスト。義手内部のフィールド発生器を改造し、圧縮器を並列2層としたことで可能となった。

自壊迫撃アウトバースト

 フィールド発生器の圧縮器内圧を限界まで引き上げ、威力を増した迫撃掌アサルト

 収束することができないため、接近して放つ必要がある。粒子圧縮器が過重に耐えられず

 1回で破損する。威力は迫撃掌アサルトの数十倍。

思考攪乱パラライザ

 ディール粒子かく乱により思考混乱。一時的な全身麻痺を起こす

 相手の頭部付近に直接触れる必要がある。

拒絶障壁ウィラクトシールド

 思念波を球状に展開し、防御用の障壁を生成する。物理的攻撃や思念力攻撃を防ぐことができる。

制限解放リリース

 各種リミッターの解除(飛行機能、パワーアシスト機能など)と、思考加速を用いることで、稼働速度域を数段上げることができる。

 使用時間はシステム上の制限は存在しないが、PEバッテリーの消耗や生体部分への負担を考えると3分程度が最適。



名称:なし(アルバート搭乗のマグナアルミス)

種別:マグナアルミス

搭乗者:アルバート・ワカーロック

全高:5.1m

重量:7.5t

装備:

・高周波振動式大剣

 高周波振動により対象を切削する大剣。

・障壁展開式シールド

 思念力障壁ウィラクトシールド搭載のシールド。

・鋼鉄製装甲

 マグナ専用に鍛えられた鋼鉄で造られた装甲。

・動作系

 μファージ(μコロニー)は刺激に対して反射を返す(微動する)。その反射を利用し、部位を動作させている。

・PEバッテリー

 高性能なエネルギー蓄積装置。装置内部に陽電子化した状態でエネルギーを保持するため、小型で超高容量。

 無線給電によりエネルギー量は自然回復する。

 遺跡からの出土品を使用。

諸元:

・PEバッテリー

 容量:3000kWh、最大出力:500kW、最大蓄積能力:300kW

・フィールド発生器

 最大出力:100kW(推力:20000N)

技能:

・飛刃

 大剣に思念力ウィラクトを纏わせ、斬撃と共に撃ち出す。

・光盾

 盾の思念力障壁ウィラクトシールドにエネルギーを過剰供給し、瞬間的に小爆発を起こす。

 シールドを使った体当たりというわけではないが、シールドバッシュと呼ばれることが多い。

特記:

・各部の制御を行うシステムは搭載されていないため、細かい動作までマニュアル操作。

 加えて、部位ごとの機能が最適化されていないため、操作はかなり癖が強い。

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