3章 Monstrify

1.日常

「くそっ、私の研究を二度も邪魔しおってっ!!」

 くぐもった音。外から聞こえる苛立たしげな声。続けて、周囲ではバタバタと駆け回るように騒がしくなる。

 急激な圧迫感と共に、低く振動を伴う音が響く。


『これでもくらえ!』

 これまでで一番激しい破壊音が響く。

 うっすらと目を開ける。揺らぐ視界に大きな銀色の何かが、壁の穴から出ていくく様が見えた。


 その後も断続的に響く衝撃。地を揺らす振動で私の入っている"入れ物"が転倒し、破損する。

 中見は大量の液体と、私だ。


 液体は床にぶちまけられ、私は床に倒れ伏す。

 震える腕で体を起こし、しっかりと目を開き周囲を見る。




 ここは、どこ?





 私は……。






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 緩衝地帯での戦いの後、俺たちは無事帰還した。

 王都へ戻ってから、俺とレインは直ぐに下宿へと帰された。エリーゼはその後"上"への報告があり、いろいろと紛糾したようだ。


 今回一連の作戦で動員兵力が壊滅してしまった近衛兵団第13独立部隊は一時活動停止、ヴァルデ砦に駐留している"ウィレンス中隊"もかなりの戦力を消耗したため、その補填をどうするとか、司令のバァルヴレスが非協力的であったとか……。細かくは俺も聞いていないが。


 白い巨人はその後もチラホラと姿を見せることがあるようだが、俺たちが遭遇したような"群れ"は現れないらしい。数が少なければ対処も難しくは無いだろうが、どうやら"新種"のモンスターとして定着しつつあるらしく、殲滅はできそうにないようだ。




 下宿に戻った際のサンディさんの歓迎ぶりは凄まじかった。「怪我は無い!?」と言いつつレインの全身をくまなく確認し、「ひどい目に遭わなかった!?」とレインに迫り、「なかなか帰ってこないから、何かあったのかと思ったわ!!」と、終いにはレインを抱きしめたまま涙を流していた。もちろん、その間、俺の存在は空気だった。


 確かに、当初は三日程度の予定だったが、転戦したために五日ほどの工程となってしまったため、心配をかけたようだ。でも一応、王都詰の兵員に連絡してもらっているはずだが……。

 念のため、帰りが遅れて申し訳ない旨をサンディさんに伝えたところ、「あ、おかえり」の一言が返ってきた。




 帰宅後、一日は休養し、俺は兵学校へ登校した。


「うわー、あついー、こりゃたまらん(棒)」

「……。」

 俺の悲鳴(?)に、マグダイムは何やら不満げな表情だ。

 ああ、以前は魔法模擬戦なんて鬱陶しいばかりだったが、今はいつもの日常に帰ってきたのだなぁと、むしろ感動すら覚える。


 "負け"ということで模擬戦を早々に切り上げた俺は、残像を残す程の速度で校庭の隅へ移動し"自主練"と称して情報端末メディアの図面を確認する。

 今の装備は白い巨人相手で倒せないことは無いが楽ではない。加えて殲滅卿、すぐに彼と戦う事態になるわけではないが、あのレベルの"化け物"のような力を持つ人間が他にも居ないとは限らない。


「今のままでは、もしもの場合にレインを、仲間を護れない……。」

 俺は自身の戦闘スタイルに合う装備を探すため、残りの授業時間中、ひたすら図面漁りを続けた。




「──、では、発表するぞー。」

「……ん?」

 図面漁りを続けるうち、気が付くとホームルームの時間になっていた。


「マグダイム・ヒジエ! 魔法科!」

「はいっ!」

 なんてこった。2年次のクラス分け発表がなされていた。

 マグダイムが教壇に進み出て成績表を受け取っている。成績表に行き先クラスについても書かれているのだろう。


「メイベル・ルマノンサ! 戦技科!」

「……、んぐ。」

 あいつ、相変わらず食べているぞ……。今日は硬そうなパンだ。パンを食べながら成績表を受け取っている。教官もよく怒らないな。


 次々とクラス分けの発表と成績表の受け渡しが続く中、俺の思考が再び沈み始める。結局、俺はマグナには適合できなかった。ゆっくりとマグナの改造・調整をさせてくれたら俺専用機に仕立て上げられるのだがなぁ……。

 一期一会で以心伝心できるマグナには今のところ巡り合えていない。


「レイヴ・ヘイアンド! 機兵科!!」

「っ!!」

 俺は思わず息を飲む。周囲からは「おぉー」といった感嘆の声や、「やっぱりな、」という納得するような声が聞こえる。

「はい。」

 レイヴはゆっくりと席を立ち、教壇で成績表を受け取る。


 席に戻る際、ちらっと目が合ったように感じた。その目には特に感情が浮かんでいない。いや、あえて伏せているのか……。

 あいつの視線は同情心なのか、顕示欲なのか。レイヴは何も告げずに通り過ぎていく。


「ルクト・コープ! 整備科!」

「はい……。」

 整備科か……、マグナと適合できなかった、だが、整備科なら、ルクトに合うようにマグナを改造するチャンスがもしかしたらあるかもしれない。


 俺は成績表を受け取り、自身の席に戻る。

 まだ諦めたわけではない。だが、意外とショックを受けている俺が居たことに驚いた。

「まだ、チャンスはあるさ……。」

 俺は誰にも聞こえないように小声でひとりごちた。





 一心不乱にバイトをこなし、下宿帰宅後は倒れるように俺は床についた。






 俺は夜空を滑るように進む。

 地上には転々と燃える炎が見える。あちこちのビルや家が炎上し、夜空を赤く照らしていた。

 燃え盛る街の中、屹立するビル群の間から頭一つ以上飛び出した化け物。

 大怪獣と呼びたくなるような怪物が、街を焼野原に変えながら悠然と歩いている。

『目標を発見! 全隊攻撃開始!!』

 誰かの掛け声に呼応し、俺はバックパックから無人機を射出、20機以上の飛行体と共に巨大な怪物に向けて降下する。


 怪物は背中から無数の光線を放ち反撃してくる!!

「──────っ!!!」




 起き上がると、風景は一変していた。

 空には僅かに雲が浮かび、朝焼けなのか夕焼けなのか、日の光で山吹色に輝いて見える。

 見渡す景色は丘陵地に拓いた田畑だ。

 先ほどまでの殺伐とした様子とはずいぶんと違う……。


「ここはどこだ……?」

 いや、見覚えがある。正確にはルクトの記憶で知っている。慣れ親しんだ景色だ。

 ここはベネの街近くの田畑。ルクトがジェイスさんの手伝いとして良く農作業をしていた場所だ。



「すごく昔のようだ──、」

 背後からの声に、俺はゆっくりと立ち上がり、振り返る。


「ここで、リリアと一緒にお昼を食べたのは……。」

 そこには俺が……、いや、ルクト・コープが立っていた。気が付くと、俺の服装は"識名しきな 孝介こうすけ"が最後に着ていたものだった。

 ということは、俺は今、"識名しきな 孝介こうすけ"の姿ということか……。



「君は……、ルクト・コープ?」

「そういうあなたはシキナ・コースケ?」

 奇妙なやり取りだ。毎日のように鏡でルクトの顔を見ているのだから、知らないわけがない。

 彼にしたって、俺がルクトの記憶を知っているように、彼も孝介の記憶を知っているかもしれない。それなら識名しきな 孝介こうすけの姿だって知っているはずだ。


「これは夢?」

「たぶん、半分は夢みたいな物だと思う……。」

 俺の問いに、ルクトが自信無さ気に答える。確かに良くわからん現象だ……。とりあえず、今は気にしないでおこう。


 俺はふと、ルクトに伝えるべきことを思いだした。

「あぁ、そうだ。ルクトすまない、機兵科へ進めなかった……。」

「えっ、あ、いや、いいんだ。実のところ、おれも無理だろうとは、思っていたんだ……。」

 ルクトは少し目を逸らし、寂しげな表情を見せる。

「それに、もう、おれの体じゃないし、好きにしてくれていい。」

 そう言うと、ルクトは少しだけ笑顔を見せた。


「えっ!?」


 俺、転生とか、前世を思い出すとか、そういう風なアレだと思ってたんだけど、ルクトのニュアンスだと──、

「その、もしかして、俺、ルクトの体を乗っ取った感じになってる……?」


 ルクトは少々考えた後、口を開いた。

「……、どうだろう。あの時、おれは一度死んだようなものだし……。でも、その時にコースケが入ってきたような感じだったなぁ。」

 廃墟遺跡で手足をもがれたときか……。


「ごめん、俺はてっきり前世を思い出した的なアレかと……。ルクトの記憶もあったし……。」

「ああ、いや、違うんだ。コースケは命の恩人だ。あの時助けられなかったら、間違いなく死んでいたと思うし。」

 ルクトは笑顔で俺を気遣う言葉をかけてくれる。大人やなぁ……。


「……、いや、ルクトの記憶も覗き見したみたいになっちゃったし、ほんとごめん……。」

「そこは、その、お互い様っていうか……。おれもコースケの記憶が一部見えるし……。」

「ファッ!?」

 予測できたであろう事実、だが認めたくなかった事実に、俺は変な声が出た。


「く、黒、黒歴史……。」

「あぁ……。うん。」

 俺の中高生での痛い思いでが走馬灯のように駆け巡る。ルクトは恐ろしく同情的な目で見ている。ヤメテ、そんな目で見ないで!!


「そのー、おれのことは気にしないで。たぶん、おれが自分で生きるより、コースケに"ルクト・コープ"として生きてもらった方が、人生は充実すると思うし。」

「なっ!」

 立て続けの衝撃発言に、俺の思考回路はショート寸前だ。だが、これは違う!


「いや、あきらめちゃだめだって! 俺も手伝うから! 体返す方法探すよ! マグナ乗りだってなれるって! 俺にいい案があるし!」

 諦めの表情を浮かべるルクトに、俺は矢継ぎ早に言葉を繋ぐ。

 もともとマグナは作ってみようと思っていたし、ルクトのために作るのもいいかもしれない。それに、レインのように全身義体の例もあるし、俺とルクトが独立して生きられるような方法もあるはずだ。


「ありがとう、期待しないで待っておくよ。あぁ、そろそろ起床時間だよ──。」

 ルクトは泣きそうな顔になりながら消えていく。併せて周囲の田畑風景も色あせて消えていく。



 目を開くと、いつもの下宿の天井が見えた。

 俺は寝床で上体を起こし、窓から朝日に照らされる街並みを見た。


「目的いろいろあるじゃないか。俺の新しい体、それにルクト用のマグナ……。これは魔核をたくさん集めなきゃな。」

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