11.回顧録《Memoirs》

「あ、あれは……富士山……?」

 俺は一人つぶやいた。


 そうだ、驚いたが、意外ではなかった。

 薄々感じていたのかもしれない。俺の知る世界とは大きく違う、しかし妙な共通点がある。環境が変わった同じ世界と考えると符合する部分が多く存在していた。

 いや、認めたくない、帰れると信じたい、その気持ちがこの事実から目を逸らさせていた……。


「ここは日本、なのか……?」

 歴史の授業、そこで聞いた過去では300年前には魔王が居たとかなんとか……、ということは、俺の記憶にある世界は、それよりも昔ということなのか?


 一体、世界はどうなってしまったんだ?

 俺は、なぜこんな未来に来てしまったんだ?

 いや、生まれ変わったのか?



 妹は、どうなったんだろうか……?




「富士……、日本……、病院?」

 呆然としていた俺のすぐ背後、抑揚のないつぶやきが聞こえた。

「新粒子……、電子化……、義体……、」

 レインは虚ろな目で何かをつぶやき続けている。


「れ、レイン? 大丈夫か?」

 レインの肩に触れた瞬間、情報が一気に流れ込んできた。


「こ、これは……」



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≪Memoirs-001≫



 小学生のころ、父が買ってくれたのは女の子らしい「ぬいぐるみ」、ではなく簡単なプログラムで動く二足歩行のロボットだった。

 それで嬉々として遊んでいた私も"普通"の女子ではなかったのだろう。その点において、父は早くから私の性質をよく掴んでいたのだと思う。



 結局その性質は大学生になっても変わらなかった。工学部、それも機械系で女子学生はレアだ。私も自分以外ではほとんどお目にかかったことが無い。


 私は大学で義体研究に取り組んだ。ただのロボットアームではない。人間の体の一部を作るのだ。機械工学や電気電子、情報工学だけでは実現しえない。人間工学や生物学にも精通する必要があった。大変だったけど、私は好きだった。


 ただ、少し残念だったのは、時代はクローン技術を応用した再生医療へとシフトしつつあったことだろうか。


 義体。義手や義足といえば、事故などで四肢を欠損してしまった人の新しい手足だ。同じく治療なら、当然生身の手足を再生できることが一番だろう。義体研究者の私だってそう思う。

 でも、再生医療を利用できない患者さんも居るのだ。少なくはなっても、義体の需要は無くならない。そんな人達に満足してもらえるように、本物の四肢よりも本物らしく、より生身に近い義体を……。



 そんな義体研究に大きな転機が訪れた。



 遡ること数年前。ヴィム・ディール博士が企業と共同で「縮退炉」を実用化させた。縮退炉は核燃料のような特別な燃料を必要とせず、大きなエネルギーを生み出せる。

 世界中に建造された6基の縮退炉により、世界のエネルギー事情は一変。エネルギーは誰でも無料で利用できるようになった。



 縮退炉実用化は、もう一つ大きな変化をもたらした。


 縮退炉研究の過程で新たな粒子が発見された。ディール博士はこの粒子を「ディール粒子」と名付けた。

 ディール粒子は基本相互作用の第5の力を伝えるゲージ粒子であり、特に電磁気力との相互作用が強い。


 計算機や脳などの電流による演算や思考を行う装置と作用し、新発見された物理力『Willactウィラクト』を発生させたり、情報を伝達させたり……。


 申し訳ない、私もその手の物理学は専門じゃない。早い話が、新しい粒子により考えた情報を伝えたり、物を動かしたりできるようになった。



 ディール粒子は縮退炉から発生する。そして粒子を媒介として縮退炉から発生したエネルギーが伝達する。

 粒子は地球上を満たし、どこに居てもエネルギーを受けられる。さらに、そのエネルギーインフラはそのまま情報インフラとしても活用できる。


 情報端末にはディール粒子の感応装置があれば、電池もアンテナも不要になった。まさにフリーネット、フリーエネルギー時代というわけだ。




 話が逸れてしまった。


 ディール粒子の情報伝達性は、義体に新たな可能性の扉を開かせた。粒子を仲介することで、人間は思考を保ったまま肉体から遊離することができるようになった。


 まるで乗り移るかのように、肉体から別の器に移動できるということだ。



 これまでの義体は欠損部位を補うことが目的だった。しかしディール粒子は義体に「人類の次なる身体」という方向性を示した。人の思考を持ちながら、人を越える身体を持つ。



 ディール粒子により、人類は「超人類トランスヒューマン」という新たな段階を得た。




 私たちの研究内容はがらりと変わった。

 先細り感が強く、細々といった雰囲気だった研究室は瞬く間に拡大。人員も数倍に膨れ上がった。


 元々の研究員だった私たちは、先達扱いとなり、数名の新研究員を指導しつつ研究を進めるプロジェクトリーダーに任命された。

 これまでとのあまりの違いに戸惑いと、釈然としないものを感じつつも、やりがいのある新しい研究に私はのめり込んでいった。

 





 全身義体、トランスヒューマンの研究に従事して数年。気が付くと大学院の博士号を取得していた。ここにきて私は突然足が止まったような感覚に陥った。


「なんで、こんなに必死で研究していたんだっけ……?」


 「超人類トランスヒューマン」というモノへの倫理的な風当りや反発。そういった事柄に疲れていたのかもしれない。

 一旦立ち止まってしまうと、これまで順調だったプロジェクトも上手く進められなくなってしまった。これではいけないと思いつつも、気持ちも体も思うようにならない。



 悩んだ末、長らくお世話になった教授に謝罪と辞意を伝え、大学から離れようと考えた。


「せっかくだ、それならあそこはどうだろうか?」

 教授は私を労った上で、附属病院の義体課を進めてくれた。


「こういう時は、基本に立ち返るのが良い。」

 教授に言われるまで、私はすっかり失念していた。そうだ、元々四肢を補うための義体研究だったはずだ。

 私は教授に礼を述べ、附属病院義体課へ就職した。


≪EOF≫


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「──ト! レ──!」


 ぼんやりと意識がまどろみから浮かび上がる。



「─クト! レイ─!」


「ルクト!!」


「は、はい?」

 急速に視界が開け、目の前にはレイン。俺が肩に手を置いたままだ。


「ルクト、大丈夫!?」

「え、あれ?」

 エリーゼが俺の肩に手を置き、体を揺さぶってくる。


「コースケ、こんな場所で大胆です。」

 いつの間にかレインもしっかり目覚めたらしい。


 エリーゼは尚も俺を揺さぶり続ける。

「あ、いや、だい、じょぶ、だから」

「よかった、もしかして打ち所が悪くて壊れたのかと思ったわ。」

 俺は電化製品じゃないっつーの。だいたい、"打ち所が悪い"かもしれない相手を揺さぶるなって。


「俺、もしかして長いこと止まってた?」

 心配そうに覗き込むエリーゼに問いかける。


「いえ、ほんの数分。でも声をかけても揺さぶっても反応が無かったから……。」

 心配してくれたのは間違いないようだ。

「ありがとう、もう大丈夫だ。レインも大丈夫?」

 俺はエリーゼに礼を述べつつ、レインにも確認する。レインは頷いて答えた。


「そろそろ帰還するわ、もし具合が悪いならレミエルで担いでいくけど?」

 "乗せていく"とかではなく、"担いでいく"なのね……。さぞかし乗り心地が良さそうだ。


「いや、大丈夫だ。」

 俺の答えにレインも同意を示す。


「そう、それなら帰りの索敵・警戒をお願いできるかしら。今の部隊状況でモンスターとの交戦は避けたいわ。」

「わかった。」

 エリーゼは「頼むわね。」といいつつ、レミエルの元へと戻っていく。




「コースケも、見ましたか?」

 エリーゼを見送った後、レインが遠慮がちに聞いてくる。


「ああ、ごめん、見てしまった。」

 レインはかぶりを振る。


「私の──、」

「ん?」

 レインが躊躇い気味に口を開く。


「私の記憶は、コースケが元の生活へ戻るための手がかり……、そう思っていました。でも、あまり関係ないのかもしれません……。」

 レインは最初から俺を"孝介"だと知っていた。だからその記憶がこの状況の手がかりだと思った。だが、先ほど見た"記録"に俺は登場せず、この状況の手がかりになりそうな情報も無かった……。


「ごめんなさい。」

 レインは悲しげな表情で俺に謝罪を述べる。

「い、いや、レインが謝ることじゃないって。もっと思い出せば、手がかりがあるかもしれないし……、」

 "記録"に現れた様子は、俺の知る"日本"のソレだ。つまりレインは俺と同じ"日本"に居たことがあるのだろう。ならば、更に記憶を取り戻せば、俺の情報も現れるかもしれない。そしたら……、俺はどうするんだ?


 ここは日本で、恐らくは俺の知る世界から遥かに未来だ。だとしたら、俺はもうあの"日本"には戻れない。レインの記憶を辿って……、それで? 

 "元の日常に帰る"という目的は失ってしまった。俺はこの先、どうしようか……。どうして行けばいい? 何を目的に生きればいい?




「もう、私のことは用済み、ですか……?」

 俺が思考に沈んでいる中、レインは悲壮な表情になっていた。そうだ、レインも俺と同じだ。いや、まともに記憶が無い以上、俺よりも深刻だ。

 自分ひとりだけの世界で悲劇に浸っていたことが急に恥ずかしく感じられた。俺とレインはたった二人の同志みたいなものだ。俺は、そんなレインがたまらず愛おしく感じられ、自然と抱きしめた。


「そんなことない。これからも一緒に居てくれ。」

「……はい。」

 俺の胸の中で、レインが小さく頷く。


 そうだ、生き方に決まりはない。生きる目的なんて、自分次第だ。

「よし、世界がどうしてこんなに変わったのか。俺たちはなぜこんな未来に来たのか。それを一緒に調べよう。」



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 帝国軍機甲騎士団、そのマグナ乗りの一人。

 彼はハーヴァシター卿率いる"討伐作戦"の部隊に参加している。


 彼が駆るマグナは白い巨人の足に打撃を加え、転倒させる。連携しているほかのマグナが巨人の腕を無力化する中、彼は巨人頭部に一撃入れる。

 頭部のコアを的確に破壊し、巨人は溶解して消えていく。


『よし、損害はなし、順調だな。』

 機甲騎士団で彼らを指揮する隊長の声が響く。彼も内心では得意顔だ。



 そんな彼の思考の背後。そこには別の存在が一部始終を観察していた。


("新型のモンスター"という存在が、一時的に帝国と王国の対立を緩和した。敵の脅威度がどれだけ高くとも、"共通の敵"に対しては力を纏めてしまうのが"人類"か……。)


 その存在は、顎に手を当て考える。いや、今は体が無いので正確にはそういう気分で考える、といったところか。


(人間の敵は……。)



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用語説明


・ディール粒子

 粒子物理学者 ヴァル・ディール(Wim Diehl)が発見した新粒子。

 縮退炉からのホーキング放射時に放出されたことで発見された。

 光子フォトンの力である電磁気力に強く反応する。

 特に電磁気力の波形変化への反応が強い。そのため、脳やコンピュータなどの

 電気システムをベースとした思考・計算媒体から干渉を受け易い。

 この性質から、電算機や脳の出す電磁気力波形を物理力に変換できる特性を持つ。

 この力は基本相互作用の第5の力、通称Willactウィラクトと呼ばれる。

 基本相互作用の第5の力を伝達するゲージ粒子。


・ディールレイヤーネットワーク

 Diehl Layer Network 略称:DLN

 全世界に新たに張り巡らされたディール粒子による通信・エネルギーインフラシステム。

 Willactウィラクトを用いての情報通信と、縮退炉から発生したエネルギーの供給を行う。


・PEバッテリー

 Positron Energy Battery

 エネルギーを反物質化して貯蔵するエネルギー蓄積装置。

 使用したエネルギーは、DLNを通じて随時補給する。

 反物質の格納装置は物質同士が接触しない構造となっているが、

 破壊された場合は貯蔵されている物質が一気に対消滅し、蓄積されている

 エネルギーが一気に放出される。

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