第25話 本日の編集部イチオシ
生まれて初めての詫び石でガチャを引いた私だったが、そのときに結局何か良いカードが当たったのかどうかは覚えていない。人間、苦労や困難なしに手に入れたラッキーに伴う結果というのは、あまり印象に残らないものであるようだ。
おっぱいの痛みは、排膿によって少しだけ軽減されたような、やっぱりあまり変わらないような、微妙な感じだった。とりあえずロキソニンは手放せない。
ステロイドの量は現在15mg/dayに戻り、動けないほどの発熱と痛みは襲ってきていないが、今後また減量の段階になって同じことが繰り返されるのでは、というのが、現時点での何よりもの恐怖だった。
いつ来るかわからない激しい症状に怯え、常に消えきらない痛みを抱え、それがこの先悪化するのか治るのかもわからない状態で、まともな就業ができる気にどうしてもなれなかった。
木曜日の課長とのやりとりを思い出すだけでまた泣けてきそうだった。
私の、休職したいという申し出は、そんなに社会人としておかしいことなのだろうか。泣き言なのだろうか。責められることだったんだろうか。もはやよくわからない。
私はPCを立ち上げ、ツイログにアクセスした。
初めて痛みが襲ってきた日。ツイートを検索すると7月の末日だった。このエッセいでも初回に記したとおり、初めの痛みのときは、私自身もそこまで深刻に捉えず、「なんか腫れてるわ~」ぐらいのノリで呟いている。そこから段々と日常を痛みや苦しみが脅かしていく悲劇的な様子が綴られ……綴ら……れ……
とりあえず一旦、これまでの経過を自分の過去のツイートで反芻しようとツイログにアクセスした私だったが、読んでいて、思ったのだった。
「てか……私のツイート……緊張感なくね?」
だいたい、ネットで小説を書いているやつなんていうのは、ほとんどが承認欲求の固まりである。それがツイッターなんかやってたら、ファボRT狙いでおかしなことばっかり呟くのである。
もちろんあまりの痛みとか日常のイライラでガチ鬱なツイートもよくするのだが、私は少しでも余裕のある日は、だいたいちょっとおちゃらけたツイートをしてウケを狙っている。
というわけで、「自分がこの数ヶ月、どれだけ大変な思いをしてきたか」を確認しようと思ったのに、蓋を開けてみたら痛みやら病やらに絡めた変なツイートばかりだった。ひどい深刻さの足りなさだな……と思いつつ、一応、経過の記録として、私はこのツイート群を、「トゥギャッター」というツイッターアプリでまとめた。自分が選択したツイートを一覧にしてまとめられるサービスである。
病名を持たない胸のしこりと、彼の(診療科)巡礼の年 - Togetter https://togetter.com/li/1275866
数ヶ月分の、ツイ廃な自分のツイートをツイログを見ながら一個一個選別してまとめたのでかなりの労力を要した。しかし、編集作業を一旦中断して再開すると余計面倒くさいことになるので、頑張って一気に作業を終える。結構な時間がかかったと思う。作成が終わり、「まとめました」のツイートが自動的にされたのを確認し、「あー、疲れたわ、一旦寝ようかな」と思ってから、「あ、1個ツイートまとめ忘れてたわ」と思い出し、もう一度トゥギャッターにログインしたら、まとめて数分後にもかかわらず、既に2件のコメントがついていた。
びっくりしながら、ページ下部のコメント欄までスクロールする。一件目は、たまたまこのまとめを見たらしい知らない人からの、いたわりと励ましの言葉だった。なんとお優しい。
そして、二件目のコメントを見て、私の目ん玉がぽぽぽぽーんと飛び出そうになった。
>トゥギャッターまとめ編集部 @tg_editor
>2018-10-12 16:26:36
>本日の編集部イチオシに選ばせていただきました!痛みがすごく伝わってきました…。特集ページでも紹介しています。https://togetter.com/recommend みてね!
本日の編集部イチオシって! なんだよ! 何故なんだ! みてね! って、おい!
イチオシページを見たら確かに紹介されていた。ていうか読むのもピックアップの判断するのも早すぎだな! マジで何の基準なんだ!
ちゃんと読んで下さった上で選ばれたというのは、編集部からのピックアップコメント的なものが添えられていたのでわかった。
>痛み止めが切れたら起きてしまうほどの痛み…7月から始まった原因探しの旅
そうだよね、7月から、もう二ヶ月半も戦っている。痛み止めが切れたら眠りが妨げられるような激痛。いくらおちゃらけた言い方したって、見ず知らずの人が思わず気にかけてくれるような、そういう状況に、私はあるんだ。
編集部イチオシに選ばれた影響で、閲覧数は驚くべき勢いで伸びていった。見ず知らずの人から、フォロワーさんまで、沢山の方が気遣いの言葉をかけてくれる。絶望しかけていたので、人の心の温もりに涙しそうだった。
ちなみにまとめのタイトルについて「ハルキストなのか?」という突っ込みを受けたが、言うほど村上春樹は読んだことがない私であった。すみません。
土曜日、痛み止めを飲み、私は出かけた。久々の鳥見、というか、カモ見だった。
外を歩きながら、今後のことを考えようと思ったのだ。
前にも書いたが、実は私は言うほどバードウォッチングを初めて長くはない。二年ぐらいである。始める前は、休日に外に出かけるような趣味を持っていなかった。数年前の私だったら、鬱鬱した気分のまま、この日は1日引きこもって、余計に気分が塞いでいたと思う。少し涼しくなってきた外の空気を吸いながら、歩き、カモを見てぼーっとする。それだけで、少しだけだけど、心が復活してくる気がした。
出かけた先は、うちの地元で一番大きな「植物園」だった。植物園なので、植物の研究と展示をしている施設なのだが、敷地内に大きな池があり、カモを初めとする水鳥が一年中飛来している、隠れバードウォッチング・スポットなのである。
10月第2週のこの日は、カモ類の中でも比較的シベリアから日本に渡ってくるのが早い、カルガモとコガモが沢山来ていた。パラグアイオオオニバスという、池に展示されている蓮の仲間の植物の、大きな葉っぱの上に、争うようにしてカモたちが乗っかり、寝ている。蓮の葉っぱの上でうたた寝するカモ……。最高に癒やされる光景だった。カモはどうしてこんなに最高なんだろう。胸がきゅうっとなる。彼らを見ていると、頭の中はまだごちゃごちゃしていたが、だんだんと、自分の気持ちが整理されていくというか、余計な葛藤が少しずつそぎ落とされていく気がした。
結論はひとつしかなかった。
無理なもんは、無理だ。
カモだって、怪我をして空を飛べなかったら渡らないでシベリアで越冬、もしくは日本で夏を越すのである。あの胸の痛んだ日に見た、ヒドリガモのように。
なんかすげえ伏線回収したみたいになったけど今思いついた。
胸が痛んできたので帰宅し、PCを立ち上げた。トゥギャッターまとめの閲覧数の伸びは止まっていなかった。私は思った。こんなに沢山の人に見てもらえるんだったら、もっとカモの写真とかを挟んでカモの最高さをステマしておけばよかった、と……。
いや、諦めるのはまだ早い、今からでも間に合うかもしれない?!
私は編集ボタンを押し、カモに関するツイートを追加しまくった。
その後も閲覧数は伸びまくったが、カモに関するコメントは特にもらえなかった。
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