第24話 初めての詫び石
10月第二金曜日は、皮膚科、リウマチ科及び外科の診療日だった。
朝一番は、皮膚科の診察室に入る。
「なんか、赤い痣出て来たんです、2カ所」
早速おっぱいを見せると、うーん、と先生がうなる。
「なんかこれ、結節性紅斑みたいじゃないですか?!」
「いやいや、それは」
ないっつってんだろ、的な突っ込みをこらえながら、先生が痣とその周辺を指先で押す。
「膿が溜まっている感じですね……痛いですか」
「はい」
「……ちょっと、針を刺して、膿を抜いてみましょうか。この感じだと、表面を細い針でちょっと刺すだけで、圧迫してる分は出てくると思うので……」
「お、お、おう……」
処置室でなく、診察室の隅にあったベッドに寝かされる。
痣? は、おっぱいの上の方に一カ所と、乳首のすぐ右隣、乳輪の上に一カ所あった。先に、上の方の痣に、赤チンみたいなものが塗られる。
「ちょっと痛いですよ」
理科の実験で使うような、シリンジの針先みたいなのが、ブスっと刺された。一瞬痛かったが、すぐに慣れた。黄土色のヘドロのようなものが溢れてきた。
「○※▲$@×を」
「はい」
アシストしている看護師さんは、いつも診察室で先生の背後に待機している看護師さんで、ベテラン的なオーラを醸し出している女性だ。でっかい綿棒のようなものが取り出された。箸ぐらいの長さの棒の先に、綿のぽんぽんみたいなのがくっついていて、それを出て来た膿にちょんちょんとやると、キャップ付きのケースに仕舞われた。あれを細菌培養の検査に出すんだな、と思った。昔、医療検査センターでバイトしていたときに、ああいうのを寒天培地にひたすらぺたぺたする仕事をしていた。そのときは大体検体ラベルに「カクタン」(喀痰)って書かれていたけど、これは検体名何になるんだろう。「膿(おっぱい)」とかかな。
検体採取したら、針が抜かれる。膿は止めどなく溢れ、流れた。ニュースで見る噴火した火山のマグマみたいに、なだらかなおっぱいの上を黄土色のヘドロが流れていく。それを先生がガーゼで拭き取る。
「ガーゼ」
「はいはい」
「違う違う、ガーゼ追加」
「あ、ガーゼですか」
絆創膏を用意していた看護師さんが慌ててガーゼを取り出す。新しいガーゼで出て来た膿を拭ってもまたすぐにガーゼがダメになる。
「ガーゼ」
「はいはい」
「違う違う、ガーゼ追加」
「あ、まだガーゼですか」
処置台、看護師さんから死角になっていてちょっと状況が見えにくい感じになっていた。
「いやー、すごい量ですね」
「すごいっすね」
なんかおっぱいがぱんぱんだな、とは思っていたが、こんなにもりもり膿が出てくるなんて自分でもびっくりだった。
「これは痛いだろうな~」
と先生が呟いたところで、膿の流出の勢いが弱まってきた。先生は容赦なく私のおっぱいをつかみ、絞り出すように圧をかけた。視界の中で、白いおっぱいがぐにょーんと縦長に変形し、その先っちょから白っぽい(ちょっと暗色)液体を噴出している……自分のおっぱいがマヨネーズの容器に見えてきた。
「ガーゼ」
「はい、ガーゼ」
スムーズにガーゼが渡され、ほとんど絞っても勢いが無くなってきたところで、一個目の膿出しは終了された。
続いて、乳輪状にある痣にも、赤チンが塗られ、針が刺された。
今度は、先ほどに比べ、針を刺した瞬間に溢れる、というほどの勢いではなかった。しばらく待った後、絞りだそうと、先生が痣の周辺を掴む。その瞬間、
「う"お"お"お"、いd……」
思わず声を上げてしまった。
「あー、この辺、結構痛みが強いですか」
「あ、いや……そうっすね……」
痣は乳首のすぐ隣にあったため、必然的に乳首を掴む形になっていた。潰された乳首が痛かったのだが、咄嗟に言葉を濁してしまった。まさかのここで出た今更の羞恥心!
「さっきのに比べると、膿も粘ってる感じがして出て来にくいですね……」
そうなのか、見ているだけではよくわからない、とこのときは思っていたが、後々に自宅で自分でも観察していると、二カ所から出て来る膿は確かに性質が違う気がした。何故違いが出るのか謎である。
しばらく押したり絞り出したりした後、さっきと比べると圧倒的に少ない量しか出なかったが、膿出しは終了となった。看護師さんにガーゼをテープで貼ってもらった。
「お疲れさま、痛かったやろ~」
肩をぽんぽんと叩かれた。こういう気遣いをされると、心がほぐれるものである。
「とりあえず、薬の量はこのままで様子を見ましょう。膿、また溜まってくるようだったら、予約外でも来ていいですよ」
リウマチ科の診察は、何故かこの日だけあまり待たされなかった気がする。
「いや~、なんか、大変なことになってるみたいですね」
と、診察室に入るなり、先生が言った。
「膿がとてもたくさん出て来たって書いてありますよ」
電子カルテで数十分前の別の科での処置がすぐに共有できるんだから、便利な時代になったものである。しかし、カルテに「膿がとてもたくさん出て来た」と書いてあるとも思えないので、医学用語的になんて言うのかちょっと気になる。
「それで、検査の結果なんですけど、まず、膠原病はいずれも陰性でした」
「はあ、やっぱり……」
「それと、抗サイログロブリン抗体という、甲状腺に関する自己免疫抗体があるので、ちょっと、負担のかかりやすい体質である、ということは言えると思います……が、今回の病気との関連は、見つかりませんでした」
「そうですか……」
「それでですね、うちの科、漢方薬による治療、というのもやっているんですが、ちょうど、膿が出て来たってことなので……そういうときに処方する、古い漢方があるんですが、試してみます?」
「そんなのがあるんですか!」
「うん、まだ西洋医学で抗生物質が発明される前に、漢方医学の世界で広く飲まれていたものです。試しに、ということで、二週間程度、飲んでみますか」
というわけで、人生で初めて「医療用の漢方薬」なるものを処方された。「排膿散及湯」という名前のもので、1日3回服用の指示だ。
最後に外科の先生のところにやってきた。
「どうですかその後」
「なんか膿がさらに2カ所から出て来て……さっき、皮膚科で針を刺してもらったんすけど」
そう言ってシャツをまくり上げるが、おっぱいはガーゼでほぼほぼ覆い尽くされていた。見せるために剥がすべきかな、と思ったが、権威先生はガーゼの上からそのまま触診した。
「なるほど、膿が溜まって張ってる感じだね」
ガーゼの上からでもわかるものなのか。この「膿が溜まってる感じ」というやつ、未だに自分では全然わからない。
「これまでの病態や経過を見ててね、肉芽腫性乳腺炎っていうのが、非常に似ているんだけどね」
と、突然、私がずっと疑っていた名前が先生の口から飛び出した。
「病理の先生にももう一度確認したんだけど、肉芽腫は出てないらしいんだよね」
「ほお……」
「なので、今の状態ではリンポ○※▲$@×っていう名前が形式的についているんだけど、病理的な所見ね。これだと、まあ、私も見たことないし、特に治療法も確立されていない。肉芽腫性乳腺炎の場合は、だいたいステロイドを服用して半年ぐらいで治る見込みなんだけどね」
リンポ○※▲$@×は、なんか、横文字の名前で、要はリンパ球がいっぱいある乳腺症、みたいな意味合いで病理の先生が形式的につけた所見名ってことらしい。
「ち、ちなみに、肉芽腫性乳腺炎の場合に6ヶ月っていうのは、6ヶ月で完治ってことで、それよりも前の段階で激しい痛みとかが治まるもんなんですか?」
「まあそうだねえ、ただ、症例も少ないし人によるというか。波がある人もいるし、ぶり返しちゃう人もいる。碧さんの場合、肉芽腫性乳腺炎だとしても、ものすごく大きいんだよね、腫瘍(しこり)が……。ただ、ステロイドって副作用があるので、長期服用避けたいものなんだよね。なので、半年が目安になっている」
「うーん……」
「まあ、とりあえず、ステロイドを飲んで少しずつよくなっているみたいだから、このまま様子を見ましょう」
「あの、ちなみに、結節性紅斑の流れでステロイド皮膚科で調整してもらってますけど、このままで良いですかね」
「良いんじゃない、結節性紅斑の流れで来てるってことだから……皮膚科の先生が助けを求めてきたら別だけど」
やべえ、なんか皮膚科と外科の対立が起こってる?!
帰って来て、ぐったりしながらベッドに横になり、とりあえずぷよぷよクエストを立ち上げると、「アップデートに関する不具合について」というタイトルのお知らせが入っていた。タップして読み込む。前日に行ったアプリのバージョンアップが、一部のタイプの端末で正しく機能しなかったというお知らせと謝罪だった。不具合はすぐに修正されたらしい。ソーシャルゲームやインターネットのサービスは、すぐに対応しなくてはならなくて、大変だな、と思う。そして、「お詫びとして、魔導石10個(だったか、正確には覚えていないが、1,2個とかじゃなかった)をユーザー全員のプレゼントボックスに配布しました」と続いていた。
なるほど、これが詫び石というやつか……。もうすぐ絶滅予定のkindle版ユーザーとしては全く関係の無い不具合にもかかわらず、有料アイテムが一気に手に入ってしまった。
スマホ版に移行できないし、今後課金ユーザーになるつもりのなかった私、棚ぼたで手に入ったアイテムを使って、初めて石によるキャラクターガチャを引いてみた。ガチャ画面をまじまじと見るのも初めてである。「ガチャ確率一覧」というコーナーがあり、何が出るのか、それがどういうタイミングで引くとそれぞれ何パーセントなのか、めっちゃ事細かく書かれている。なるほど、大分前に、商法違反がどうとか、問題になっていたもんなあ。とはいえ、ガチャガチャなのにここまで細かく確率を書かれるのも、なんだか、ロマンがないというか、不思議な感じがした。しかし、これが世の中のトレンドである。
人生で、ソーシャルゲームをやることなんて永遠にないかと思っていたので、病気がきっかけで思わぬ世間のトレンドに触れられるというのも、不思議な気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます