第16話 ≪求≫運転免許
金曜日はCTの検査と、皮膚科及び外科での検査結果を聞くための診療予約が入っていた。
朝、目が覚めると、ベッドの上で横になっているだけでも既に右膝が痛い状況になっていた。これまでのようにベッドの上でロキソニンを服用し、多少痛みが和らぐのを待ったが、完全には痛みは消え去らなかった。
CTも造影剤を使うので、昼食はなし。もともと外科の検査結果は家族と一緒に聞くように言われていたので、母と病院にやってきた。杖を使いながら車を降り、母に車椅子を持ってきてもらって、乗った。
誰かが乗っている車椅子を押す、という経験はなくもなかったが、車椅子を開いて自分が乗る、というのは初めてだった。折りたたみ式の車椅子を組み立てようとすると意外に固かったり、どこがストッパーなのかとか、どこに足を載せて乗るのかとか、全く知らなかった。自分や、身近な人が急に必要になることもあるから、色んなことを知ったり経験しておかなければならないもんだなあ、と思う。
それでまあ、母がいるので車椅子を押してくれたのだが、
「ちょ、ちょ、ちょ、速くない? 怖いこわい、もっとゆっくり押して!」
「えー、だってなんかスイスイ進むんだもーん」
進むんだもーん、じゃねえ!
母の押し方が過剰に速いのか、車椅子に乗っているからそう感じるのかはよくわからなかった。視線もいつもだとあり得ないぐらい下の方になるから景色が違うのも不安だったのかもしれない。いずれにしても車椅子は意識してゆっくり目に押すぐらいがちょうど良い、自分が押す側に回ったときは気をつけよう、と心に決めた。母は速度超過で車椅子運転免許剥奪されてほしい。
最初に皮膚科の診察だった。
「生検の結果、結節性紅斑でした。ヨウ化カリウムも効かなかったみたいなので、ステロイドという薬を処方しますね」
よっしゃ、これできっと何もかもが良くなる……!
と思いながら、私はちょっと一か八かで聞いてみた。
「あの、膝が結節性紅斑、という病気で……胸は……胸も結節性紅斑なんでしょうか?」
「いや、結節性紅斑っていうのは足の病気なので……胸にはならないし、病理の結果を見ても、ちょっと別物って感じですね……でももしかしたら、ステロイド飲んだら胸の方も良くなるかもしれないですね」
処方されたのはプレドニゾロンという薬で、20mg、朝晩の服用だった。
「この病気って、治るまで安静にしてなきゃいけないとかはないですか?」
検索したらWeb家庭の医学みたいな感じのサイトにそんなことが書いてあったのだ。
「いや、ステロイド飲めばすぐによくなるでしょう。大丈夫ですよ」
そういうわけで、この4日会社を休んだ分の診断書を書いてもらった。
ステロイドは症状がよくなったら速やかに減量をするとかで、次の診療は一週間後となった。
車椅子を高速で押され、CTの検査室に移動する。
CTはMRIと違い、金属をつけていたら云々という厳しい注意事項はなかった。車椅子で登場したので、車椅子マークのついた広めの更衣室に通され、病院着に着替える。
CT検査の中待合室にはTVが置いてあり、ここでの待ち時間では気を紛らわせるものがあったが、TVで何をやっていたのかあまり覚えていない。権威先生が無理矢理ねじ込んだ予約だったからか、待ち時間が長かった記憶だけはある。
CTを撮ってくれる技師さんは中年の男の人で、めっちゃ明るい感じの人だった。検査の概要について説明しながら、やたら「心配しないでいいですよー」と言われた。そういえばMRIの時は看護師さんしか検査室にいなくて技師さんと会話をした記憶がない。やっぱりおっぱいをはだけさせてたから気を遣って男の人とは接触させない仕組みだったんだろうか。CTは手術着のまま、仰向けに寝かされて機械に通された。MRIの時のようなすさまじい騒音などはなく、しかもあっという間に造影剤なしの撮影が終わった。
看護師さんがやってきて、点滴を操作している。
「今から、造影剤を入れます。ちょっと、身体の、粘膜……お腹の中なんかが、かーっと熱くなりますけど、すぐに収まりますから。もし気分が悪くなったらすぐに言って下さいね」
技師さんが後ろで
「心配しないでいいですよー」
と言っている。口癖なのか。
熱くなるって、MRIの時は言わなかったなあ、と思いながら、ちょっとドキドキしていたら、ほんとに熱くなった。お腹というか、粘膜……おしもの方のあすこが熱くなったのでびっくりした。すぐに収まった。
造影剤注入後のCT撮影もすぐに終わった。
MRIのときと同じく、造影剤アレルギーの件について説明され、CT検査は終了となった。
超高速車椅子に乗り換え、最後のタスク、外科での告知に挑む。
診察室から名前を呼ばれ、母に車椅子を押されて部屋に入ると、権威先生が
「うわー、歩けなくなっちゃったの」
と言った。カルテで皮膚科の件を見て、皮膚科の先生と話をしていたので、だいたいのことは知っているらしい。
どういう順序で何を言われたのか細かいことを忘れてしまったので、以下、権威先生からこの日告げられたことの箇条書きである。
・病理検査の結果、悪性の病変は認められなかった。
・「糖尿病性乳腺症」という、糖尿病の人がかかる、発症機序のわかっていない病変に似ている
・でも私は糖尿病ではない。糖尿病じゃないのにこんな乳腺症様症状の患者は、権威先生も初めて見るケースとのこと。
・しこりについて、小さければ負担の少ない外科的手術で切除できるのだが、今の私のしこりを摘出するとなると、ほぼ乳房全摘になってしまい、良性病変の対処療法にしては負担が大きすぎるので、手術はなし。
・皮膚科で処方されたステロイドがもしかしたら病変を治めてくれるかも知れない。
・感染症などではなく乳房の炎症と結節性紅斑が出ているので、もしかしたら背景に自己免疫性疾患などがあるかもしれない。原因究明のために内分泌科と膠原病系の診療科で一度診察を受けてほしい。
肉芽腫性乳腺炎、という言葉は出てこなかった。違うのかな、と思ったけど、自分から聞いてみる勇気が無く、とりあえず糖尿病性乳腺症とやらについて帰ってから調べよう、と思った。PCの画面には「高度のリンパ球浸潤」と書いてあるのが見えた。
PCのモニターが、さっき撮ったばかりのCTの結果が映された。
「これが腫瘍(どうも、腫瘍細胞の有無じゃなくて、しこりっぽいやつを腫瘍と呼ぶものらしい)で、この辺に膿が溜まってるねえ」
おっぱいの表面部分を指しながら先生が言った。確かになんかいびつな楕円形の水たまりのようなものがあった。
「そのうち膿が出てくるかもしれないねえ」
「膿が……え、それって、皮膚を突き破って出てくるってことですか?」
「うん」
あっけらかんと言われる。なんだそれ、めっちゃ怖い、と思いながら、診察は終わった。
薬は皮膚科から出ているので、それを飲んだ後の経過を見たいとのことで、次の診察は2週間後、それとは別に内分泌科の診察予約を週明けに入れられた。
とにもかくにも、結節性紅斑はステロイドを飲めば確実に治る! と信じて期待していた。胸と足の痛みをこらえ、早速処方されたステロイドと、ロキソニンを飲んだ。安心と疲労でぐったりしていた。
課長から「検査結果をはやく教えて下さい」というショートメールが来ているのに夜に気付いたが、疲れ切っていて返信する気がなかったのでその日はそのまま就寝した。
この終末は3連休だったので、ゆっくり薬効の様子を見れそうだった。
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