第15話 21世紀の、ばよえええええん

 結節性紅斑(疑い)の治療薬(仮)が抗生物質からヨウ化カリウム丸に変更された1日目、朝。状況は悪化していた。37℃を超える発熱があり、足も、出勤時間になっても痛みが引かない。

 立とうとすると、膝に液体の気配を感じた。赤くなっている皮膚の下に、流動性のあるものが出現したのだ。これが、立とうとすると膝の下の方にぐっと下がってきて、圧迫してきて、余計に痛い。おそらく膿だと思われた。もうこれは、仕事どころではない。

 始業時間を待ってから、会社に電話をかけた。いつも病欠の連絡は直属の上司である課長に伝えるのだが、たまたま席を外しているとのことだったので部長に代わってもらう。

「先日から度々休ませてもらってて、ご迷惑おかけしています」

「うん、課長くんから事情はちょっと聞いてるけど」

「昨日の診察のときに、処方されてる薬に変更があって、また発熱と足の痛みがぶり返してきて、今、歩けない状態で……正式な診断と治療方針が今週末に出るということなんですが、それまでもしかしたら出社できないかもしれないです」

「うーん、とりあえず、無理しないでね」

 みたいな感じのことを言われて電話を終わった気がする。

 この日、初めて顔を合わせる客と午後に会議の予定があったので、出来れば出たく、もし痛みが午後に治まったら出社したいと思い、部長にも伝えてあったのだが、結局痛みが治まりきらないのと、気が滅入っていて客と話ができる精神状態でなかったことから、1日休みになった。

 ロキソニンの血中濃度がMAXになった時間帯だけ、あまり苦痛を感じなかったが、それ以外の1日のほとんどの時間が、痛い。もう、食べる、風呂に入る、以外の時間はベッドにずっと横になっているしかない。トイレに立とうとすると、右膝の中で液体がとろんと動く、なんとも気持ち悪い感覚と共に痛みが襲ってくる。右足首も体重をかけると痛んできた。

 会社に電話してからしばらくすると、携帯のショートメールが入っていた。なんだろうと思って見ると、課長からだった。

『部長から話を聞きました。一度、碧さんの家の近くまで伺って、面談をしたいのですが』

 はぁ? 家の近くまで来て面談? なんでや? つかこっちは歩けない(=家から出られない)から会社に行けないっつってんだろうが、バカか?

 いらだちを抑え、確か私は「明日まで様子見させて下さい」と返したと思う。

 多分次の日になっても状況が良くなっていることはあり得ないだろうな、とは思っていた。

 案の定朝から胸と足の痛みで地獄のようだった。

 会社に電話をかける。

「すみません、やっぱり出社はできそうにありませんが、昨日、面談をしたいという話だったので、痛み止めがある程度効いてきてからなら少し会社にいるだけならできそうなので、伺いたいのですが」

 11時ぐらいに面談とやらをすることになったが、正直、病名も正式についていない状態で、こちらから話せることなんて何もない。金曜日に検査の結果出るって言ってるのに、なんでこのタイミングで、歩けもしないっつってる社員にこんな負担かけてわざわざ呼び出すんだ、と思ったらもうこの時点で腹が立ってくる。

 足が痛くてアクセル踏めないし、胸の痛みで突然ハンドル操作できなくなったら危険なので、会社には、数ヶ月前に完全リタイア生活を始めていた父に送り届けてもらった。

 多少はロキソニンが効いてきたが、まだ痛みが残る右足に、体重がかからないよう慎重に歩く。所属する部署の部屋は二階にあり、エレベータなんて文明の利器は存在しないので、よっこらせっせと階段を上る。たまたま、同僚が私の存在に気付き、階段を上りきる前に課長と部長に声をかけてきた。課長が慌てて飛び出してくる。

「1階の会議室へ」

 階段をゆっくりゆっくり、右をかばいながら降りていると、課長が口を開く

「なんか俺、よくわかってなくて、碧さんの病気、熱が出るとは効いてたけど、歩けないとかって昨日部長に言ったんでしょ?」

 くそ、やっぱり私がしてる話全然聞いてなかったのか。最初から足が痛いって言ってるしこれまでも休暇の連絡するときに「足の痛みが」っつってんのに。それで把握できてなくて部長になんか言われたから急に面談がどうとか言い出したわけか、無能め。

「私の説明がわかりにくかったみたいで、すみません」

 暗に「私は説明してはいたはずだけどな?」と匂わせながら会議室に入り、後からくる部長が来てから、今回の件を一から説明した。

「7月の末に乳房に不調が出て、近所のクリニックで検査をしたけど診断がつかず、今月頭に総合病院に紹介されました。そこで、検査を受けて、金曜日に結果が出るのを待っています。乳がんの疑いもあるそうですが、そうでなくても、外科的手術が必要になる可能性が高いと言われたので、もしかしたら今後その件で長めのお休みをいただくかもしれません。それで、今乳腺の病気とは別に、発熱と膝の炎症が起きていて、これで出社が困難になっている状況です。同じ病院の皮膚科で診てもらって、こっちも検査の結果が金曜日に出るのを待っている状況です」

「んー、じゃあ、金曜日になるまで、どうなるかわからない、みたいな感じなの」

 と、部長。

「そうですね、なんとも言えないです」

「いやね、なんかひどい状況なら、一旦まとまった休みとるのもアリじゃないかな、と思っていたんだけど……どう思う」

「検査の結果で病名や治療方針が決まるまでなんとも言えないです。足の痛みの方がすぐに治る病気だったら、休職の必要はないと思っていますし……」

「だよねえ。うーん、とりあえず、今週いっぱいは休んで、金曜日の診察終わったら、連絡ちょうだいよ。それからまた面談して、今後のこと考えよう。あ、4日連続で休む場合、お医者さんの診断書が必要になっちゃうから、もらってきてね」

 まあ、こうしかならないよな、という展開に落ち着き、ホントに、なんでこんな無駄な出社させられたんだ、と軽い殺意を覚える。

 大した内容の面談じゃなかったので、大した時間もかからなかった。一度家に帰った父を再び「迎えに来てくれ」ととんぼ返りに呼び出すことになった。

 車を待っている間、歩けない、立ち上がるのも困難であると言っている私に「あ、そこの扉閉めといてくれる?」と普通に言いやがった課長のことを、私は忘れない。本当にクソである。


 家に帰ってきても、ベッドで横になっている以外にやることがない。積ん読本なら沢山あるが、なんとなく気分が落ち着かないような、滅入っているような、そういう状態で、大量の文字を没頭して読む、というのが無理だった。

 何か、気を紛らわせられるアプリゲームはないかと、Kindleのアプリストアにアクセスした。ツイッターのタイムラインを見ていると、スマホゲームではグラブルとか、Fateとか、パズドラとかモンストとかも世間でははやりみたいだけど、Kindleのアプリストアにはなかった。人気のアプリを探していると、「ぷよぷよクエスト」というのが目に入った。

 ぷよぷよ、懐かしいな。小学生の頃、ゲームボーイのソフトを持っていた気がする。

 なんとなくインストールしてみる。思っていた、ただひたすら落ちてくるぷよを消して遊ぶだけのゲームではないようだった。チュートリアルが始まったがよくわからない。とにかく、まずは落ちゲーじゃない。画面いっぱいに既に敷き詰められたぷよをなぞって消して、それで連鎖を狙うらしい。そうするとなんかカードが……うーん、なんだこれ、よくわからん。

 これが、スマホアプリゲームというやつなのか。

 会社にも行けない、スマホアプリゲームも直感的にプレイできない……

 なんだか、世間に取り残されているような気がしてしまう……

 私は必死にぷよぷよクエストの遊び方を理解すべく、チュートリアルをすすめ、ぷぷよぷよシリーズのヒロインである「アルル」のカードを無事にゲットした。

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