第25話お猿の惑星

序章


 西暦二〇一九年一月吉日、孔雀貴夫十九歳はめでたく昇天した。





「うぃぃぃ、ぃ!」


 死後間もない遺体の咽頭から空気が漏れている。死後硬直がはじまるまでに、私はコイツから脱出しなければならない。気道を確保し気管からのルートで脱出を試みる。


「げふっ!」


 よし! 胃に残っていたガスの自然排出に助けられなんとか脱出に成功した! ゲップと共にエクトプラズムの私が、だらしなく開け放たれた馬鹿面の口から外界を伺う。間借りしていた私が言うのもなんだが、下半身丸出しで口から涎を垂れ流す死に様には言い様もない侘しさを禁じ得ない。





第一章

 

 人類が誕生する遥か以前から繰り返してきた事とはいえ、肉体の移動は何度遣っても気持ちのよいものでは無い。

 

 人類が知恵を得て以来、私は彼らに見付からぬ様に注意を怠れ無くなくなった。彼ら人類の幼稚な科学にとって、私は存在してはならない存在だからだ。


 まったく! 肉体を離れた私は非常にデリケートで、いとも容易く消滅してしまうというのに昼日向から身を隠し新しい肉体を探さなくてはならないとは! この馬鹿! もとい孔雀貴夫童貞歴=年齢のモテないオタク大学生め! 真昼間から〇〇〇ーに興じて心臓発作で他界するとはなんというエクトプラズム騒がせな奴だ! 


 第一、遺体の発見者が気の毒ではないか。検視官も書類作成に困る事だろう。死因を知った両親の落胆は意かばかりか。妹からは激しく罵られるに違いあるまい。

 

 

 

 

第二章 

 

 まぁいい。死んでしまったものは仕方が無い。欲望の追及は人間の本能でありサガなのだ。年間、腹上死を含め『ピー』による死者は相当な数にのぼる事だろう。正確な数字が出ないのは、人間は感情の生き物であり、『ピー』死は世界共通の恥ずかしい死に方であり、公にしたくない遺族が隠蔽するからであろう。

 

 孔雀貴夫十九歳=童貞歴はグローバルに共通認識される人類普遍の恥ずかしい死にざまを実行したといえるのではないか。ある意味立派なのかも知れない。


 短い付き合いではあったが、世話になった身体ではあるから、線香くらいはあげてやろうと思う。あげてやるから、私は早いところ新しい肉体を確保しなければならない。カーテンで締めきられた殺風景な野郎の部屋で、エクトプラズムが顎に指を当て思案している場合では無いのだ。このままでは私まで笑転、もとい昇天してしまいかねない。


 マンション隣の部屋には丁度、女子高生が両親と共に住んでいたな。排水溝に潜り管を渡って隣りの部屋に移動すれば危険も回避できるだろう。嗚呼めんどくさい!





 

 と、いう訳でマンション各階から排出される琲水をやり過ごし、枝分かれした配管内を彷徨いながら何とか隣りの部屋に移動したのだが……。隣りの女子高生が平日の昼間から部屋に居るのも助かるのだが、なに真昼間から股おっぴろげておっぱじめてんだこのエロ娘は!?

 

 これだから人間と言う生き物は――まぁいい。二百万年存在している私が興奮しても始まらない。若いんだから仕方がない。人間ていいな! (棒)。まぁ孔雀貴夫みたいに簡単に死にはしないだろう。親が仕事で居ないのをいい事に、女子高生は相変わらず『ピー』に夢中だ、こっちとしても都合が良い。早いとこ済ませてしまおう。





***

 

「まぁ、エクトプラズム歴約2百万年の私に掛かれば人間から身体を奪う事など造作も無いのだ。流石に小柄な少女の新しい肉体は手狭に感じるが、住めば都。ショートカットが似合うなかなかに可愛い娘ではないか、野暮ったいオタク青年よりは楽しい人間ライフが送れる事だろう」


 とりあえず、『ピー』に満足した女子高生仲妻なかつま倫子のりこから脳の主導権を奪い。脱ぎ捨てられたパンツをしっかりと穿き。身なりもクローゼットから適当に見繕い、隣りの童貞青年の部屋へと侵入を試みよう。

 

 奴は地方から出て来て、マンションを借り大学に通っていた。人見知りのコミュ症だから親しい友人も殆ど居ない。だから奴の死体は早くても一週間以上は後に発見されるに違いない。それは仕方ないにしても、せめて、せめてもは、お天道様に大胆にもこんにちはしている下半身の極秘のブツにパンツの一つも穿かせて遣りたいと思うのが元店子としての人情ではないか。

 




 そんな訳で、あたりを警戒しながら孔雀貴夫の部屋の前まで遣って来た訳だが、部屋には当然鍵が掛かっている。エクトプラズムが予め鍵を開けて置く事も、鍵を持ち出す事も出来よう筈はない。しかし、めんどくさがりの孔雀はパイプシャフトのガスメーター後ろに何時も予備の鍵を隠していた。泥棒は最初に其処を探すというのに、なんとも無用心な男であった。

 

「あった!」


 パイプシャフトのハッチを開き、「ガスの検針で~す」などとあからさまないい訳を誰ともなく口走り、メーターの裏を弄ると案の定マンションの鍵が倫子の華奢な指先に摘まれていた。小柄で色白、可愛い系ショートカットヘアの女子高生、中妻倫子一六歳のビビットなピンク色の唇の端がゆるみ、地の奥底から沸き立つ様な歓喜の泡沫が毀れた。


「うへへへっ。あった!」  





 用が済んだなら手早くハッチを閉める。怪しまれぬ様にマンションの廊下を上下左右では飽き足らず、隣接するビル群の隅から隅まで入念に観察しておく。こんな真昼間に若い娘がマンション廊下で挙動不審な行動をとっていれば、目撃者でなくとも目撃したくもなるであろうが、私は几帳面な性分なのだから仕方が無い。


 部屋に侵入出来てからは話は早かった。勝手知ったる元自分の部屋だ。無残にも下半身丸出しの孔雀を軽い身のこなしで飛び越えて、女子高生倫子はクローゼットの引き出しから男物のパンツを掴み出す。と、いきたい所だが、生憎出払っていた。ならばと新品が無造作に放り込まれている引き出しを軽快に全開に、全開にしたはいいがこれまた売り切れらしい。孔雀め、パンツのストックも用意せずに『ピー』するとは大胆不敵な奴だ。


 こうなったら仕方が無い。孔雀が脱ぎ捨てた少し匂いを纏うパンツと、ついでに洗濯カゴに山盛りになっている下着類をまとめて洗濯機へと放り込む。後は全自動だ。何の問題もない!

 




 安心したらば、緊張からか喉の渇きをおぼえたので、勝手知ったるキッチンで、自分で湯を沸かしお茶を入れて飲む。勿論、孔雀のキッチンの惨状は述べる必要あるまい。

 

 しかし、日頃から母親の手伝いで慣れているのであろう、若干十六歳、遊びたい盛りの女子高生仲妻倫子はテキパキと未開のアマゾン奥地の如き流しを千切っては投げ千切っては投げと片付けてゆく。同じ人間であると言うのに、孔雀とこれ程までに違うものであろうか。驚愕の極みではないか。

 

 これは孔雀が駄目過ぎるのか、それとも倫子が出来過ぎているのか、どちらにしろ孔雀がくたばって清々した気分ではある。この粗忽者も死んで最後に私に恩返しをしてくれたのかもしれないと思う事にしよう。嗚呼、まことによい気分である!




 

 そんな、ダイニングで上機嫌にくつろいでいる倫子に洗濯終了のブザーが軽快に呼びかけた。乾くまで待つのも面倒だ、ドライヤーで手早く乾かしてやろう。どうせ電気代は赤の他人となった孔雀の両親が払うのだから、私としては出来る事なら電気を持って帰りたいくらいである。

 

 兎に角、孔雀の公然猥褻状態の下半身にパンツを穿かせれば、私の任務は終わるのだ。後は倫子に任せ花の女子高生生活をエンのジョイすればいいだけである。良かったな、孔雀! 童貞で逝ってしまったのは不憫だが、最後にこんなにも可憐な女子高生にブツをひょいと摘み上げられ、パンツを穿かせてもらえるとは、童貞冥利に尽きるというものではないか。

 

 そうかそうか、可愛い倫子が危険物を摘みあげてるのがそんなに不思議か? 童貞だもんな仕方ないよな。と、孔雀の馬鹿面のトロンとした目と、倫子の爽やかなる瞳が見詰め合ってしまった。

 

 見詰めあう二人。いまだかつて異性との接触を経験していない罪深き人類の童貞孔雀と現代の天女、清らかなる女子高校生の記念すべき第三種接近遭遇である。ワーストコンタクトなのである。





「ど、どろぼー!」


 な! こいつやはりアホなのか!? 下半身丸出しの哀れな童貞のお前を遠路はるばる助けに来て下さった、可憐なる女子高校生に向かって、言うに事欠いて泥棒とは何事か!? 

 

 この状況はある意味奇跡ではないか。下半身丸出しの男の部屋に女子高校生と二人きり。世間で言うところの不純異性交遊という世も世なら死罪も免れぬ大罪に問われる状況なのだ。


 普通なら自暴自棄となり押し倒すなり格闘するなりプロレスして楽しむのが世間一般の常識であろう。有名人であったなら、この状況だけで報道カメラの前で謝罪会見からの土下座からの社会からの抹殺一直線ではないか。

 

 例え、うだつの上がらない一般人大学生、孔雀であっても、下半身丸出しで自室に未成年者と二人きりでは、騒ぎにでもなれば孔雀が逮捕拘束されるのが世間の常識なのだ。 

 

 そんな常識も前後の見境もつかない性格だから年齢=童貞なのだ。とりあえずこんな大馬鹿者は大人しく死んでろ! と、ばかりに必殺エクトプラズムパンチをお見舞いしておいてやる。

 

「成仏しぃや!」





***


 そんなこんなで、孔雀は倫子の渾身の一撃で再度あの世へと旅立つ予定であったのだが、流石に身長百七十五センチ体重六十五キロに対し、身長百五十三センチ体重四十五キロ(推定)という物理的差によって、倫子の手の方が壊れてしまったらしい。桜まんじゅうの様に腫れあがった手を帰宅した両親に見咎められ連れられ向かった病院で全治二週間の捻挫と診断された。


 もしも、この状況を第三者が観察していたとするなら、『怪我したのはお前の所為だろう!』などと言う尤もらしい突っ込みも予想されるのだが、エクトプラズムにとって『宿主の痛みなどは知ったことでは無い』のが現実なのだ。憑依された奴が弱いだけなのである。しかし、少々窮屈とは言え倫子のからだは意外と居心地がよいから。今後は極力壊さない様に気を付けようと反省及び改善する次第である。以上、これにて倫子の怪我の件は終わりにする。

 




 一方、孔雀貴夫はというと、不気味なほど反応が無い。もしかするとまた死んだのではないか? とも思ったのだが、普通に生きて歩いているのを目撃した。


 不思議な話ではあるが、『ピー』行為の最中の死亡はそれ程珍しくないのは前述のとおり。『ピー』行為の最中や性行為は運動に例えるなら百メートルの全力疾走に匹敵するとする俗説もある。興奮の高まりを考えれば、あながち的外れでもないだろう。興奮状態の人間が全力疾走すれば身体しんたいの急激な変化によっての突然死も不自然ではあるまい。


 しかしである。例え、孔雀は仮死状態に陥っていただけだったとしても、そこから更にAEDも使わず蘇生するとなると非常識この上ないではないか。孔雀貴夫はそんな非常識の塊の様な男なのだ。一度死に、自然に蘇生しているくらい非常識なのだ、何事も無く歩き回っていたとしてもそれ程不思議でもないだろう。


 人の世は、二百万年存在し続けてきたエクトプラズムでさえも『気色わる』と、思わせる怪異が起こるものなのである。今まで幾多の新しい肉体を渡り歩いてきたこの私でさえも、この惑星、地球の猿共の生態には驚かされるばかりである。





 翌朝、枕元のベルがけたたましく鼓膜を叩き、我々思念体の意識とは無関係に朝はやってくる。それが自然の摂理であり意識外の現実というものだ。もしも意識だけが存在する世界であったなら、我々には時間の概念も物体の存在も座標さえも意味を成さないだろう。目覚まし時計は、この時空の地球上の座標に今、私が物理的に存在している事を告げくれているのである。

 

 制服に着替えダイニングキッチンへ向かうと、両親がいつもの(たぶん)様に朝食をとっている。

 

「おはよう!」


 元気よく朝の挨拶をすると、母親は慌てて「お、おはよう。学校へ行くのね。ごめんなさい。まだ食事の準備が出来ていなかったわ、すぐに用意するわね」と言い、父親は何も言わず読んでいた新聞の向うからこちらの様子を伺っている。不味いな。これは何か違和感のある事を仕出かしているに違いない。

 

「当たり前でしょ? 学業は学生の本分よ」





 当たり障りの無い返事でここは切り抜けるしかあるまい。返事を聞いた二人の反応は良好とは言いがたいが……。母親は食事の準備の手が早まり、父親は新聞の向うから顔を覗かせた。一体何がいけないというのか。


「あたし何かおかしい?」 


「い、いや今日も可愛いよ」


 素直に訊ねているのに、この慌てた態度、余所余所しさはなんだ? 一般的な受け答えをしているだけなのに何故か墓穴を掘っている気がする。もしかして私が憑依している事がばれているのではないか? ここは暫く様子を見た方がよいのではないか?


「……」





 無言で食事を終え、玄関口から元気よく挨拶をする。少しくらい違和感があっても元気をアピールした方が得策だろう。倫子のからだに慣れるまでは暫く私が倫子を演じていた方が危険は少ないのだ。

 

 倫子がおかしなことを口走ったり行動をして精神病院へ連れて行かれたり、宗教家にお払いでもされた日には目も当てられない。そのくせ人間は我々がコントロール下に置いておかなければ、すぐに不可解な行動をとりたがるのだから手に負えない。

 

 人間がとる理解不能な行動の九十五パーセントは"憑依されていない"連中が起こしているといっても過言ではないのだが、エクトプラズムである私にそれを証明する術はなく、歯痒くて仕方が無い。




 

 玄関を出て廊下から室内へと聞き耳を立てる。エクトプラズムは地獄耳なのである。案の定両親は倫子に不信感を懐いた様だ。

 

『突然どうしちゃったのかしら!?』


『いいじゃないか。気まぐれなのは何時もの事だろう!? 知らん振りしておいこう』


『そんな他人事みたいに! まるで人が変ったみたいじゃないですか!? 昨日だって、こっそり何処かに出掛けて大怪我して帰ってくるし、あたし何か悪い事が起こりそうで怖くて――』


 仲妻家もなかなかに複雑な家庭らしい。家族関係は外からではわからない事が多い。ここはもう少し慎重に行動するべきなのかもしれない――と思っていると倫子は不意に背後から人の気配を感じゾクリとした。背後に何者かが立って倫子を観察している。何者だ!?





「あ、あの、すいませんが……」


 この声は孔雀貴夫だ! 一体なんの用だ? 昨日の事で詰問でもするつもりか? それとも他に目的でもあるというのか?


「なんなんなんなんなんですか?」


 思わずおかしな返事を口走ってしまった! 少女の背後から気色の悪い声掛け事例を実践されたからだ。  

   

「君、昨日僕の部屋に居ましたよね? その、何してたのかなぁなんて思って……」


 顔の焦りを悟られぬよう倫子には振り向かせずに返答をさせる。


「男の人が倒れていたから助けようと思って――」


 鍵かかってたけど。声に気持ちがこもり、思わず早口になる。





「そうなんですね。僕はてっきり泥棒と勘違いして失礼な事言っちゃってごめんなさい」


「いくら冷却面積を増やす目的でシワシワだからって、風邪をひくといけませんからね。パンツくらいは穿かないと」


「優しいんだなぁ。その節は助かりました、ありがとうございます。僕は今まで女性にこれ程までに優しくされた事がありません。そこで優しさに甘えてご相談なんですが……」


「はい!? なんですか?」


「よ、よかったら、ぼ、僕とお付き合いしてもらえませんか?」


「な、なんですとーっ!?」





 激しく身の危険を感じた倫子は、左手にエクトプラズムパンチエネルギー充填百二十パーセント、ターゲットスコープオープン状態で、目標に向け軽快な生足女子高生ステップをきめた。

 

 がしかし、振り返った先に不埒な変態淫行大学生孔雀貴夫十九歳童貞の姿は無かった。ちっ! 逃がしたか!? 逃げ足の早いやつ!


「ごめんなさい! ごめんなさい! 悪気はないんです。話しだけでも聞いて下さい!」


 下!? 目標は素早い回避行動で床に退避していた。既に土下座状態だ。


 窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。こう謙られては倫子も矛を収めるしかない。


「話ってなんですか?」





 孔雀は童貞ではあるが、見た目はけして悪くない。しかし、女性不信とオタ気質が醸し出す独特なマイナスオーラにより、彼は高校卒業までの学生生活において異性との積極的な交遊は殆どなかった。

 

 集団生活において、所謂スクールカーストと呼ばれるヒエラルキーは人間関係に大きく影響を及ぼす。

 

 人間とは、理性より内に感情があるといわれている。故に、人間の思考は感情が論理や倫理へ大きく作用する様である。人間という存在自体、感情から切り離す事は不可能なのかも知れない。

 

 どれ程、理性的に論理的思考、倫理的判断をしようとも、何らかの形で感情の影響は避けられない。歴史に名を刻む様な人物であっても、其処には人間らしい感情があった筈で、もし無かったのだとしたらそれはエクトプラズムの干渉だったのかもしれない。

 




 孔雀の場合、集団心理の渦中で、ひとり中心に分離された存在だったのだ。

 

 どれ程、倫理的公平性や論理的合理性を説いたところで、自分に不利となり負担となる行為に積極的に係わる者は居ないだろう。居るとすれば、そこに何らかの利益や動機があるに違いない。

 

 学校生活で生徒同士を仲良くさせようとする理由には、教師には自らの立場への責任という動機があり、生徒には自らの価値観から生じる欲求が存在する。前述のヒエラルキーがマイナスに働いているにも拘らず、プラスに転じる程のエネルギーともなれば個人の感情意外には考えられない。恋愛感情であるとか、正義感といった個人的価値観から生じる欲求であろう。

 




 孔雀には、残念ながら其処まで情熱的なクラスメイトは居なかったし孔雀も積極的に係わっていかなかった。その理由の一つが妹の存在だった。


「実は今度、実家から妹が上京してくる事になって、その時に俺の彼女の役を演じて欲しいんだ」


「だから、何故なんです?」


「それは何時も俺を馬鹿にする妹に東京で彼女が出来たと言ってしまって……」


「どうしてあたしなんです?」


「君、可愛いし東京にこんな事頼める女の知り合い居ないし、わざわざ心配してパンツを穿かせに来てくれる程の優しい女の子なら相談に乗ってくれるかなと思って」


 なんと言う非常識な思考回路であろうか。下半身丸出しの仮死状態を心配してパンツを穿かせに遥々来てくれた女子に対して、自らの虚勢から発した嘘の尻拭いをさせようという腹積もりか。

 

「いいですよ」





 即答である。ここでも奇跡が起こってしまった。とはいえそれにはちゃんとした理由がある。孔雀は倫子に頼む時、大きな頼み事で一旦断らせ、本来の目的の頼み事を譲歩している様に見せかける譲歩的要請法と低いハードルから始める段階的要請法を使った。これでは頼まれた方は断った罪悪感、話を聞いてしまった責任感が手伝い断り難くい。

 

 そして大きく謙る事で同情をひく構えだ。とりあえず見た目は悪くない大の男が、未成年の少女に土下座しているのだから。これはオタク的イメージによるハロー効果のマイナスを、態度の意外性でゲイン効果によりプラスに転じさせている。

 

 更に倫子自身孔雀に対し何処かに親近感を感じている可能性も高い。いわゆるミラーリング効果だ。かのアリストテレスによれば、人間はエトス信頼>パトス共感>ロゴス論理なのだという。ならば、倫子は今、孔雀に共感を感じていると言う事ではないか。 





 そんな訳で、倫子は形だけではあるが孔雀と付き合っている既成事実を作った。そのうち孔雀の妹が訪れる事だろう、その時の為に倫子は両親も騙さねばならない。そして今は登校時間だ。この世界の物語はまだまだ続くのだが、既に文字数は8千文字を超えている。エクトプラズムの私にとって、ここで物語の幕を閉じる事に何の躊躇いもないのである。

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幻想短編集  宮埼 亀雄 @miyazaki3

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