第25話 シンデレラの逆襲 後編

シンデレラの逆襲



 朝、お城では遅めの朝食が王子の前へと運ばれてきました。

「朝食をしっかりとって問題解決に励まねばな」

 かっぽう着姿の給仕からスープが差し出されます。

 王子はいつものように優雅ゆうがなスプーンさばきで、スープを口へと運び、一口飲んでブーッ! と噴出ふきだしました。

「このスープを作ったのは誰だ!」と、まるで烈火れっかの如く怒る海〇雄〇のようです。

 それをかっぽう着に給食マスク姿の、牛乳瓶の底のようなメガネを掛けた給仕が、おたまの一撃で制しました。


 鈍い痛みに頭を抱えた王子は叫びます。

「いてて! 不意打ちとは卑怯な! きさま何者だ! 名を名乗れ!」


「給食のおばさんではありません」

 と給食のおばさんふうの給仕は答えます。


「十八歳にもなって未だに人参にんじん玉葱たまねぎのスープが飲めないとはなにごとです! 王子が聞いて呆れるわ!」


「なんだと?」

 途端とたんに王子の顔が赤ピーマン色に変わりました。


「その調子じゃ、今でもスカート捲りとかやってんでしょ? そんなだから彼女の一人も出来ないんだよ!」


 給食おばさんの正論にぐうの音も出ない王子も、気を取り直して罵倒ばとうの逆襲を試みます。

「思い出したぞ! その嫌味いやみな口の聞き方は先生の娘レラだな! どうだ、当たりだろう、お前こそ腹巻しないとお腹冷やして、また寝小便するぞ!」





「うっせ! ちゃんと腹巻しとるわ!」と給食のおばさんがおなかまで上着ごとかっぽう着を捲って見せました。


 その姿を珍しい物でも観察するように、ジッと眺める王子とアルです。

「わっ! 見んな! このヘンタイコンビが!」


 そして王子も驚きその場から飛び退きます。

「うぁ! アル! いつから居た!」

 アルはいつものように静かに答えます。

「先程からずっと。わたくし、元警備主任ですからね、お城はフリーパスなんですよ」


 王子も平静を装い、口のはし戦慄わななかせながら冷静に尋ねます。

「そうじゃなくてなんで私の部屋に勝手に入ってるんだ?」





 アルは当然といった風情で、「私、王子の幼馴染で親友ですからね、勝手に入ります」と応えました。

 口元を引きつらせた王子と、冷静なアルはお互いの目線をバチバチとぶつけ合っています。

「なら元警備主任で幼馴染の親友だろ、傍観ぼうかんしてないで、早く私を暴漢から助けろよ」

 それにアルはクスリと笑い、平然といってのけるのでした。

「それは出来ません」

「なんで?」意外すぎる反応に、呆然自失ぼうぜんじしつの王子に向けかっぽう着は、「だってこいつがあたしを手引てびききしてここまで案内したんだぜ」といいます。アルも「まぁ、そういうことですから」と、少し恥しそうにいいました。


「な? いつのに。お、お前ら出来てたのか? 奥さん悲しむぞ? じゃない怒るぞ?」

 王子の慌てようったら、ありゃしません。





「人聞きの悪い事いわないでくださいよ。私はこう見えても愛妻家なんですからね。誰がこんなじゃじゃ馬コスプレ娘なんかと。ブギーマンからの口利きで、町娘にお城を案内してやっただけです」

 アルは平然とかっぽう着をディスるのでした。


 それにカチンときた、かっぽう着は「なんだと!」といかりあらわに変装を脱ぎ捨てます。

 そこに現れた姿に王子とアル共に驚きの表情を見せるのですが――


 ――そこへ、騒ぎを聞きつけたグルベンキアンとディックが駆けつけたのです。

「王子様! いかがなされました!」

 部屋のドアが勢いよく開かれます。が、そこには汗だくで肩を組む王子とアルの姿しかありませんでした。






「大丈夫、心配いらない。ふたりで相撲をとっていただけだ。ところが少々本気になってしまってね」

 ゼイゼイと息を切らせた、呼吸の荒い王子がいいました。


 グルベンキアンが「そうでしたか、私はてっきり、またテロリストが現れたのかと……」といいます。

 そしてディックは、いやらしい笑いを浮かべて、「仲がおよろしいんですね」といいました。


 やがてグルベンキアンたちが部屋から出て行くと、王子とアルはベッドの下からシンデレラを引っ張り出します。

 埃にまみれたシンデレラは「なんでお前らあたしを助けるんだよ? 警察に突き出せばいいじゃんか」というのですが、王子は「窮鳥きゅうちょうふところれば猟師も殺さずって、ことわざもあるからな。これは先生に教わった諺なんだ」といいます。

「意味よくわからないけどありがとうよ。王子にもいいところあるんだな」

 シンデレラは素直にお礼をいいました。


 アルがいいます。

「彼らに少々変な誤解を与えてしまったようですが、この状況よりはマシでしょう」

 そういうと、勢い余って下着姿になってしまっているシンデレラに、早く服を着ろと促しました。


 そして顔を真っ赤にしたシンデレラは、再び給食のおばさんに戻ると、そそくさと部屋を出て行ったのでした。





 部屋に残された王子がアルにいいます。

「子供の頃とぜんぜん変らない御転婆おてんば娘だな」

 アルもいつもの笑顔に戻り、答えました。

「そうですね。王子に言われるまで、私は気付きませんでしたよ。お二人は昔から、取っ組み合いの喧嘩をするくらい仲がよろしかったですからね」


 子供の頃を思い出した王子は、息をフッともらし、少し顔を赤らめました。

「よせよ、お互い子供ガキだったんだ。レラは相変わらずのようだけどな」


 王子のテレ笑いに、アルは微笑みながらも真面目な面持ちになります。

「それより王子、幾ら財政立て直しの為とはいえ、お城の予算を削りすぎですよ。私と彼女がここに来るまでの間、ほぼノーチェックでした。私が更迭こうてつされてから、人員じんいんをかなり削ったのでしょう」

「しかし予算は例年通り計上されているぞ?」

 沈黙するふたりには、摂政グルベンキアン候への疑念の表情がみてとれました。





***


 ここはお城の塔の地下深くにある、シンデレラの父親が幽閉されている牢獄です。

 王子の恩師であるシンデレラの父親は、グルベンキアン候の政治の妨げになったために、人知れずこの秘密の地下牢へと幽閉ゆうへいされていたのです。

 ディックが父親に問います。

「我々も国の将来を考えればこそ、仕方なくこのようなことをしているのですぞ。王子を子供の頃から教育し、育てたのは貴方だ、恩師である貴方の意見なら王子も言うことを聴くでしょう。王子の為に妃を紹介することくらい、貴方はするべきです」


 父親は反論します。

「本当にそうかな? 本当は私利私欲の為に私を利用しようとしているだけではないのかね?」


 呆れたようにディックは問いただします。

「よくいいますね! 貴方の為に毎日高級料理を手配して食べさせている私たちを疑っているのですか? 先生こそ、食っちゃ寝食っちゃ寝で、最近では随分とメタボじゃないですか! 貴方がたいらげる食事代だってバカにならないんですよ!」


 父親はぼそりと呟きます。

「だって美味しいんだもん」

 呆れ顔のディックが問います。

「じゃあどうすればいうことを聞くんですか?」


 突如、シリアス顔になった父親はいいました。

「娘に会わせてくれれば考える」

 それを聞いてディックは、しばし考えこむのでした。





***



「待ちやがれこのガキ! 親分の命令が聞けねぇってのか!」

 どうしたことか、下町の路地裏ではパンプキンヘッドが街のチンピラに追われています。


「勘弁してくださいよ! ウ〇チーニの兄貴!」

 シンデレラを愛車の後ろに乗せ逃げるパンプキンヘッドに、RG500(グランプリレーサー)を駆る兄貴が併走します。

「なんだパンプキン、お前その娘に惚れてんのか?」


 パンプキンヘッドは顔を真っ赤にして怒鳴り返しました。

「冗談は止めてくださいよ!」


 シンデレラもヘルメット越しに叫びます。

「なんだ! パンプキンあたしに惚れてたのか? 早く言ってくれればよかったのに~」


 パンプキンヘッドは目を血走らせ怒鳴ります。

「言ったら、なんなんだよ!」


 シンデレラが恥ずかしげに叫びます。

「雑用の手伝いさせてあげたのに!」

パンプキンヘッドはもう涙目です。

「うっせぇ!」





 二台のバイクバトルは、市街地の狭い路地を抜け、海岸線のワインディングロードまで続いています。


「頑張れ! てか、全然引き離せないぞパンプキン!」

「元ワールドGPチャンピオン相手にニケツ(二人乗り)で勝てるわけないだろ!」

 パンプキンヘッドは既に号泣しています。


 シンデレラがパンプキンヘッドへ指示します。

「よし! 次の高速コーナー、ハングオン(注)決めるぞ!」


 スーロインファーストアウトの軌跡を描くパンプキンヘッドの走りに、〇ンチーニの兄貴が驚愕きょうがくの声を挙げました。

「おぉぉ! これは幻のダブルハングオン! 初めて見た!」


 兄貴を引き離したのもつかの間、パンプキンヘッドのバイクはパタパタっとエンジンが止まってしまいました。

「どうした? パンプキン!」

「燃料切れ。ツーストだからほら」



注(ハングオンとは二輪車で、横Gに対しライダーが車体から重心をずらし、スリップアングルをコントロールするテクニックだった気がする。





「燃料くらい常に満タンにしとくもんだろ!」

 無茶を言うシンデレラのパンチがパンプキンヘッドのヘルメットをポカポカと叩きます。


「ここまでだお二人さん。覚悟はいいかな?」

 万事休す。遂に、不敵な微笑を浮かべる兄貴のライダーグローブが二人に迫りました。


 すると、シンデレラの前にパンプキンヘッドは立ちはだかり、兄貴に向け言い放ったのです。

「待ってくれ兄貴! 命ばかりはお助けを。この女なら、どうぞ。どうぞ。」


「おい!」

 こうしてシンデレラの後ろ回し蹴りがパンプキンヘッドのかぼちゃヘルメットにクリティカルヒットするのでした。





***


 数日前、街にはまた、お城から出された御触れの掲示板が立ちました。

 今度は、白いドレスの娘を『無事』探し出した者に賞金が出ると書いてあります。娘である証拠は、お城に残されたガラスの靴です。靴にぴたりと足が入った娘が王子の妃となり、連れてきた者には賞金が与えられると書いてありました。

『捕まえたいのか保護したいのかどっちなんだ?』

 人々が困惑している声を前に、下町のカフェでくつろぐアルが呟きました。

「どっちもでしょうねぇ。役所は白いドレスの娘を利用したいだけなんですから」


「しかし、生きていた方が価値が高い。そういうことなんでしょう?」

 そうアルの隣で独り言のように呟いたのは、下町の荒くれ者たちを牛耳るボス、ブギーマンでした。

「もちろん。その為に私がわざわざ出張ってきているのですからね」





「今度はそのシンデレラとか言う小娘を誘拐させるつもりなんですかい?」

 ブギーマンは指先でもてあそんでいる葉巻をくゆらせます。

「逆ですよ。その下働きの小娘を保護してもらいたいのです」


 ブギーマンは思わず咳き込み煙を噴出ふきだしてしまいました。

「正気ですかい? 確かに言っていることは真逆だが、やる事ぁ同じですよ。俺達ゃあギャングなんですからね」

 アルもクスクスと笑いをこぼしています。

「でしょ? でしょ? ちょっと面白くないですか?」





***


 お城では今、舞踏会会場跡で行われているガラスの靴の持ち主を探す一次検査に、多くの人たちが訪れていました。


「舞踏会会場跡は人だかりが出来てるな」


 部屋から会場跡を見下ろしている王子に、アルは少し嬉しそうに声を掛けました。

「王子はあの娘が見付かるのに、嬉しくはないんですか?」


 王子は複雑そうな面持ちで答えます。

「しかし正体は、あのじゃじゃ馬娘なんだろう? あんなのと一緒に暮らしたくはないだろう」

「じゃじゃ馬がなんですか、私なんて毎日生傷が絶えなくてもラブラブですよ。二人に大切なのは愛ですよ愛」


「各種格闘技合わせて十段、ケンカ十段のアルに傷を負わせるなんて、私など死んでしまうよ」

 アルはニコニコ笑っています。

「ところが死なないんだな、これが。王子も子供の頃から気になっていたから、あの娘にチョッカイを出していたのでしょう?」


 王子は少し照れたのか頬に赤味が差しました。

「そりゃあそうだが、少しはおしとやかになっているだろうと、少しは期待してたんだぞ?」


 アルにはリア充としての余裕が見てとれます。

「今でも十分おしとやかですよ。女性は愛する人の前ではおしとやかになるものなのです」

「じゃあアルの細君がおしとやかでないのは何故なんだ?」

 それにアルはキッパリと答えました。

「それは、私が怒らせるからです! それに彼女は真摯に応えてくれている。それほどに、お互い愛し合っているってことなんですよ」





 夜が訪れると、遂にガラスの靴杯、チャーミング王子争奪戦の本戦が開始されました。

 既に昼間、プラクティス・予選で振り落とされた参加者たちも、本選復活を賭け足の整形手術を済ませて虎視眈々こしたんたんと妃の座を狙っています。

 その中にはシンデレラの義姉達の姿もありました。


 一度検査に通らず失格になった参加者の一人が、ふらふらと歩み出てガラスの靴を見詰めました。

 その目には力がなく、目も座っているように見えます。

「み、水……」

 付き添いの眼帯の男が励まします。

「もう少しの辛抱だ! 検査に通りさえすれば、水だってステーキだってなんだって食っていいんだぞ!」

「み、水~!」

『ブッブー!』

 会場にブザーが鳴り響き、見事失格が宣告されますと、参加者は真っ白な灰になってしまいました。






 次はシンデレラの義姉達の番です。

 一番上の姉は白い矯正ストッキングの足を、無理やり靴に突っ込んだものですから、足を小さくする整形手術跡から出血してしまい失格になってしまいました。

 それを見ていた二番目の姉は、咄嗟に赤いストッキングに穿き換えて、見事予選を通過できたのでした。


 こうして遂に、本選がはじまります。

 本選は王子様とのダンスバトルです! 手術したばかりの参加者達は当然、王子の華麗なステップについていける筈もなく、皆失格になっています。


 こうして、参加者たちの中に白いドレスの娘が居ないことが確認されると、グルベンキアン候によって、大会の無効がアナウンスされることになりました。その時、会場に異を唱える声があがったのです。





「あたしを忘れてるよ!」それは、会場に颯爽さっそうと姿を表したシンデレラでした。

 魔女から贈られた純白のドレスに実を包み、凛々りりしく歩み出るその手にはもう片方のガラスの靴が握られていました。


 シンデレラが一方の靴を穿き、会場の靴に足を通しますと、魔法のガラスの靴は御主人を待ちわびたかの如くにその細い足を包み込み燦然さんぜんと光り輝くのでした。


 すると、それに呼応こおうするかのように、ドレスやティアラも輝きを増し七色のオーラがシンデレラのからだ全体を包み込んだのです。


 会場全体が舞踏会のときと同様、どよめきます。

「でも、まだだ! 王子、最後の勝負だ!」

 シンデレラはチャーミング王子へ向け人差し指を突き出します。


 椅子に深く腰掛け、大会の一部始終を頬杖をつき不敵な微笑ほほえみを浮かべ眺めていた王子は立ち上がり、決戦会場へと歩みを進めながら、首や肩を回し肩慣らしをはじめています。

 シンデレラと対峙し、王子は大きな身振りで言い放ちます。

「一曲だ。一曲で終わらせる!」





 王子の観客の心を掴む華麗なパフォーマンスに、会場から歓声が沸き起こりました。

 それにシンデレラはフンと鼻を鳴らし、余裕の表情で応ずるのでした。


 ふたりは再び向かい合い、戦いのゴングを待ちます。

 威嚇する目線はお互いの瞳を捉え、激しい闘志をぶつけあうと、試合開始の曲が始まります。

 ワルツ、タンゴ、ベニーワルツ、スローフォックストロット、メドレーがふたりの動きを目まぐるしく変えてゆきます。


 そしてクイックステップ、激しい動きに二人の息も上がります。

 ふたりの息の合った、華麗なステップに会場全体興奮は高まり、目が釘付けになってゆきます。


「やるじゃないか、エラ! 腕を上げたな!」

「王子こそ! 覚えてたの? その名前。でも今はシンデレラ、灰かぶりの下女さ!」


 曲が終わると、全てを出し切った二人は満足げな笑顔を見せ、肩で息をしています。

 そして息を整えた王子が、シンデレラに向きなおると、その手を取り二人は見詰め合いました。

 王子が宣言します。

「この人こそが――」





大団円



「この勝負は無効です!」

 王子が、シンデレラこそ探していた女性だと宣言するその寸前に、会場のアナウンス席から大会総責任者グルベンキアン候が叫びました。

 会場全体がふたりのダンスに魅了され、誰しも二人が結ばれるものと信じて疑わなかった。それを覆したのです、会場からはブーイングの嵐が巻き起こります。


「この娘は下町で下女をしている不良娘! そのようなどこの馬の骨とも知れぬ、不浄な者にお妃になる資格などありません!」


「本当にそうでしょうか?」

 強弁するグルベンキアンに対し、どこに隠れていたと言うのでしょう。マントに黒マスクの男が会場へと現れ反論をはじめました。

「そういう貴方は政敵をおとしいれる為に、随分と汚い手を使われてきたではありませんか!」





 グルベンキアンも反論します。

「なんという侮辱、証拠は? 証拠があるなら出してみたまへ!」

 黒マスクの男が会場の一点いってんを指差しますと、その一画いっかくにスポットライトが集中して、そこには下町のギャングのボス、ブギーマンが浮かび上がりました。

「証拠は彼です。下町の親分が貴方の悪事全てを告白してくれましたぞ!」


 一気に旗色が悪くなったグルベンキアンは尚も食い下がります。

「犯罪者の言うことなど信じるつもりか! そもそも、政治には時に汚い手も必要なのだ! 国を思うが為、彼らにも協力してもらっただけに過ぎません!」


「ならば、罪もない魔法使いたちを追放し、市民生活を苦しめ、王子の家庭教師をも拉致監禁したのも政治だと仰るか!」

 黒マスクの男の指示で、スポットライトがお城の一画を照らします。そこには、シンデレラの父親である家庭教師の姿が浮かび上がりったではありませんか。

「お父様!」

「エラ!」

 これには会場で成り行きを見守っていた継母たちも驚きを隠せませんでした。





 次に、シンデレラの継母にライトが照らされると、眩しい光に目が眩んだ継母に黒マスクが問い詰めます。

「貴女は元々グルベンキアン候のおめかけだったではありませんか」

 シンデレラの父親を騙し、自分の娘を王子の妃にするたくらみだったのでしょう!」


 絶体絶命の窮地に立たされたグルベンキアン候は、最後の悪足掻わるあがきに、警備員に向け叫びます。

「テロリストだ! こいつら謀反人を射殺しろ!」

 警備員たちの構えるマシンガンの銃口が、次々に黒マスクの男へと向けられてゆきます。


 しかし、こんな危機的状況においても、黒マスクの男は少しも動じず平然と黒いマスクを外すのでした。





 黒マスクが取り払われると、国を騒がせるテロリストの正体が衆目に晒されます。がしかし、なんと、黒マントに黒マスクの男の正体とは、元お城の警備主任にして、武道合計十段、ケンカ十段との誉れも高い、王子の無二の親友、アル・ベロッベロその人でありました。


「観念なさい! 城の者はみな王子に忠誠を誓っている。貴方に従う者など既に居ないのです!」


 そこへ銃声が響きました。しかしそれは暗い夜空へ向け放たれた銃声だったのです。

 誰一人として発砲しない警備員たちの代わりに、アルへ向け発砲しようとしたディックの拳銃を、疾風の如くに駆けつけた王子が、見事なハイキック蹴り飛ばした為でした。

 アルと王子がアイコンタクトしてお互い握り締めた親指を立てます。

「私にもこれくらいのことは出来る!」





 そしてグルベンキアンへと迫った王子が彼を問いただしました。

「先王に信頼され、摂政にまで上り詰めた貴公きこう何故なにゆえにこのようなことをしでかしたのですか?」

 王子に詰め寄られ、遂に観念したグルベンキアンが泣きながら告白をはじめます。

「みんな子供たちの為です。私には実子が六人、妾にいたっては十人も居ます。そして全員揃いも揃ってかつての王子様並に浪費家なのです! 大臣の給料だけではとても養いきれません!」


 呆れた言い訳にほんのり頬を染めた王子が、グルベンキアン候に申し渡しました。

「それほどまでに子煩悩であるなら、これより貴公は少子化対策大臣として職務に邁進されよ。子供達のしつけはシンデレラのお父上に厳しく学べばよい。私も随分と叩き直されたからな」

「そうですね、先生」

 そう話を振られた家庭教師の先生、シンデレラの父親は真顔で「幽閉中の給料は口座に一括払いでお願いします」といいました。





 会場では観衆が王子とシンデレラの到着を待ちわびています。

 王子の温情に涙するグルベンキアンにアルの姿、そしてシンデレラの待つ壇上へと訪れた王子は気を取り直すと、あらためてシンデレラの手を取り、片膝を付くと、「私とずっと踊り続けて欲しい」そう求愛したのでした。

 その言葉に、美しく輝くレディとなった、灰かぶりの下女シンデレラがおごそかに返事をするのでした。


「嫌だよ! ばぁ~か!」

「何だと!」

 怒った王子はシンデレラのスカートを高々とめくり上げます。

 それにはシンデレラからの反撃、伝家の宝刀カカト落しが炸裂するのでした。


 やがて、冤罪がはれ罪を許された魔法使いたちが、お城の新王誕生のお祝いに招かれると、夜空には巨大なオーロラが飾られ、満天の星空の煌きが国全体を優しく照らして、新らしい王様と美しい妃の前途を祝福するのでした。


 めでたし、めでたし。




〈了〉

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