第3話 Smoking Gun 確証
序章
ある日、大学時代同じサークルに所属していた古い友人の死の知らせが届く。
俺は大学時代、その頃
しかしそれも、就職活動の時期を迎えると、ひとり、またひとりと仲間の数は減っていったらしい。それというのも、俺も彼が引き止めるのも聞かずに、早々に一般企業へと内定を決めて、研修を理由に彼らとは疎遠になっていったからだ。
後に聞いた話によると、彼は最後までサークルに残り、遂にはプロのSF小説家として活動まではじめていると聞いた。最後まで残った数人もまた、何がしかSFに関連する職業に就いているのだという。
そんな夢を叶えた筈の彼が、死んだ。
そして、何故か理由のわからない俺宛ての遺書を残していた。
第一章
彼の葬式では、昔懐かしい顔に幾人も再会でき嬉しくはあったが、そこでの話題は彼の死因の事ばかりで正直、気が滅入った。だから、彼の家族から渡された遺書を読む気には成れなかった。それは、彼の死因が自殺であると聞かされていたからでもあった。
焼香の時、久しぶりに再会した彼は、学生時代より大人びてはいたが、まだまだ若々しく、死化粧が施されているとは言え、生々しい死に顔をしていた。そんな彼が何故、自死を選んだのか。彼の
無心の祈りを終え、彼の若い未亡人と幼い子供達に挨拶をして、控えの席に向かう。すると、焼香を待つ人垣の中からヌッと、手だけが席に伸びるのが見えた。その席は俺が先程まで座っていた場所だ。俺は早足に席へと向かい、その喪服の袖からはみ出した白いワイシャツの手首をぐっと捕まえた。
すると腕の持ち主は、ビクリともせず全力で俺の手を振り払い、並んでいた人達を押し退けて一気に駆けだして弔問客の間に姿を眩ました。俺が慌てて周りを見渡しても、皆同じ服装なのだ、逃げた相手を特定する事など不可能なのは容易に理解できた。
よく耳にする葬式の香典泥棒など罰当たりもいいところだが、置き引きまで居るとは恐れ入った。荷物といっても香典を入れてきたバッグと受付で貰った
「同窓会がてらにちょっと飲まないか?」
俺は丁度バスで帰るつもりだったので、この誘いに快く乗った。
友人がクルマを玄関へ回す間、喫煙スペース近くで待つ事にする。一緒に出掛けるもう一人の友人が喫煙者だからだ。タバコを
クルマで向かう先は、学生時代によく通った居酒屋だという。もう二十年は前の話しだが、気の置けない店主の記憶が甦り、楽しい夜になりそうだと心躍った。
第二章
久しぶりに訪れた居酒屋は閑散としていた。学生客の多いこの店としては夏休み時期はこんなものなのだろう。店主も相変わらず無口だが、人当たりの良さも変らず安心した。
昔話がひと段落する頃には酔いもまわり、やがて亡くなった友人の話しが始まったので、少しうんざりする。
「それにしても不思議な話しだ。順風満帆、何の悩みも無かった筈の奴が自ら命を絶つなんて」
自殺する人はそういうものなのではないのか。死ぬ素振りも見せず突然命を絶つ。よくある話ではないか。
「それがさ、俺は奴から奇妙な話を聞いていたから、気持ち悪くてな」
奴は、ルポライターもやっていたらしいから、そんな話もするだろう。取材を元に創作したり、ドキュメンタリーの記事も書いていたらしい。しかし、SF作家の書くドキュメンタリーとは、いったいどんな話しなのか、興味をそそられない事もない。オカルトと然程変らないのだろうが……。
「それというのもな、最近奇妙な現象が起こっているというんだ」
「事件事故なら毎日の様に起こっているぜ」
「そういう話じゃない。人が突然、別人の様に変ると言うんだよ」
俺は酒の力も手伝って、少し可笑しくなった。まるで、学生時代のオカルトチックな事件記事を真面目に討論していた頃が思い出される。宇宙人の侵略基地や政府の隠蔽、存在し得ない生物の写真。そんなものをこの居酒屋で、酒の肴にして語り合った青春時代が甦ってくる。本当に同窓会の気分だ。
「八十年代ならまだしも、この二十一世紀にオカルトは流行らないだろう。スピリチアルなんていっても、あれだってお約束のエンタメなんだし」
それはそうだ。若者の好奇心は不可思議なものに魅かれ易い。未知への興味が想像力を育てるのだ。そして奴は作家に成れた。
「それは創作の話しじゃないのか?」
俺の言葉に、先程から鼻をつき合して話しこんでいた友人が、突然真顔でこう言った。
「本当にそう思っているのか?」
酔って気持ち良く成っている筈なのに、そいつの目が笑っていない事に気付き、何か嫌な感じがした。こういうのを『人が変った』と、いうのだろうか。
話が中断したところで、一人がタバコに火を付ける。口から吐く煙は脇に吐かれてはいるが、タバコから伸びる煙が、繊維のように空中に漂っている。それを想像しただけで俺の鼻腔が反応して大きなクシャミが出た。
「すまん。君は吸わなかったな」
「いや、アレルギーなんだ。猫の毛や埃に過敏に反応して困ってる」
「そうか、そういう事か」
第三章
ひとりが、店の外にタバコを吸いに行き、俺を誘った男と差し向かいの話となる。
「それで、どんな話しなんだ? 奴が亡くなる前に取材していたネタっていうのは?」
「なぁに、他愛のない侵略の話さ。SFでも古典的な部類だ。突然人間がロボットの様になったり、目が光ったり」
「それは、古典的過ぎるな。繭に包まれ、時間が止まり、子供達が変化するって言うんだろう?」
「君はそう思うかね? 考えてもみたまえ、そんな緻密な侵略を開始する知能を持ち合わせた生物が愚かなミスをすると思うかね?」
言われてみればそうだ、侵略者がある日突然現れるなど、人間の身勝手な都合でしかない。物語の為のお約束なのだ。突き詰めれば来訪者は人類が誕生する遥か以前から地球へと訪れ、干渉している方が余程自然だろう。すると、人間が干渉を認識できる方が不自然ではないのか。もしUFOが目撃され、宇宙人の存在が周知される時が訪れるとしたら、それは既に侵略は終わっている状況なのではないか。
「それに引き換え、人類はどうだい。文明を築きはじめて数千年年、科学を発達させはじめたのが二千数百年、近代科学に至っては数百年に過ぎない。なのに全てを知ったかの如き、奢り振りじゃないか」
その通りだ。現代は、神話ミュグマリオーンの像に命が吹き込まれ、イカロスの翼で空を駆ける。フランケンシュタインの怪物に花嫁が迎えられ、深海や星を探検する時代にまで科学は進歩した。それだとて文明の発達が人間の想像を実現してきたといえるだろう。携帯電話にタブレット端末、立体テレビに自家用車・飛行機・高速鉄道、人工衛星・宇宙ステーション・パーソナルコンピューター・AI・ロボット・クローン。数え上げたら切りが無い。
しかし、まだ人間の想像を越えてはいない。
「何時もサイエンスとフィクションはフィクションが先に来るだろう? 科学よりも先に空想が先行する。人間は想像力で科学を創造して、実現したものだけが現実として残ってゆく」
「しかし、科学なら証明が必要だろ? 想像出来ても証明できないのでは形而上学みたいなものじゃないか?」
「酔ったのか? では、死んだ奴の仮説が証明されたとしたらどうする?」
「それは画期的な発見だ!」
「発表できるか?」
俺はその質問に躊躇した。歴史上、画期的な発見は数多くあった。しかし、それが必ずしも好意的に受け入れられるとは限らない。特に侵略者の存在などという人類にとって重要な問題は様々な反発が予想されるだろう。例えば、宗教裁判の様に。
「馬鹿な。出来るものならとっくの昔に証明されていてもおかしくないだろう。宗教裁判に掛けられる時代でもあるまい」
「なら、これを読んでみろよ」
彼が見せたのは、自殺したあいつの遺書だった。そしてもう一人も上着の内ポケットから遺書を取り出して見せた。
「一体何が書いてあるって言うんだ?」
「まぁ読んでみろ」
促されて封筒から便箋を取り出す。そこには奴らしい達筆な万年筆の文字が書き連ねられていた。
第四章
突然すまないと思っている。
長い付き合いの君に、この様な手段で伝えなければならない事を、俺自身も心苦しく思っている。
しかし、この様な手段でしか真実を伝える方法が思い浮かばないのだ。
事の始まりは、大学卒業の後、運よくライターの仕事を得られる様になった事だろう。
兎に角、がむしゃらに集めた資料が実を結び、有り難い事に、曲がりなりにも作家として生活出来るまでになった。
そんな大量の資料を読み返しながら次の構想を練る日々が続いたある時、俺は気付いたのだ。
侵略者の存在を。
「これだけか?」
「続きは彼の遺書に書かれている。三枚の遺書が揃った時だけ成立すると、自殺したあいつから説明を受けている」
俺は、いま店の外でタバコを吹かしている奴の遺書を読み始めた。
まず謝る。それは、君達に迷惑を掛ける事になるかもしれないからだ。
しかし、もし三人が集まったならば、俺がこの手紙を書いた理由がわかるようにはしてある。
では本題に入ろう。
俺は、各地で起こった異常な事件の資料を地域・時系列・その状況で整理し考察する事にした。
まず地域だが、まったくのばらばらに思える。UFOの目撃情報などは、考古学の
UMAと同じく、話題になると途端に、その目撃情報が増すからだ。勿論それに類しない案件が信憑性を高めもするが、俺はそれこそを意図的なものではないかと感じている。それは如何にも人間が人間に対してアピールしていると、感じるからだ。
「おい、証拠など無いと本人が書いているぞ」
俺のぞんざいな口ぶりにも、目の前の男は表情ひとつ変えようとしない。
「まだだ、最後の遺書がある。俺達もこの二通しか読んでいない。君の持っている最後の遺書が最後の鍵と思われる」
先程から冷静に話している彼が、俺に声を掛けて誘った。そして俺の持つ遺書の内容を知りたがっている。俺は、葬式でバッグを盗もうとしたのは彼ではないかと疑い始めている。
「もしかして、あの時バッグを奪おうとしたのは君じゃないのか?」
その質問でも彼は、眉毛さえ変化させない。そこへタバコを吸っていた奴が席に戻ってきた。
「何の事だ? 三人揃ったぞ。さぁ、最後の遺書を読み上げてくれ」
俺は言われるがまま、バッグから取り出した遺書の封を切った。
最終章
やぁ、久しぶり。突然の手紙で驚いただろう。君とは十年は疎遠になっているから、このメッセージが君に届くかさえも不安ではある。
しかし、例え君に届かなかったとしても、それはそれで良いと思っている。真実など必ずしも素晴らしいものとは限らないからな。
実は、俺は古い友人三人に手紙を書いた。一通づつは、取るに足らない妄言の類だ。だがそれもいいだろう。知らなくていい事は知らなくていい。
では、続きを書こうか。
彼ら、敢えて彼らと書く。
彼らは、人類が現れるより遥か以前から、地球へ訪れていたのだろう。そして二つの生物が結びつき、人間になったのではないかと俺は仮説を立ててみた。真核細胞がミトコンドリアを取り込んだように。進化し始めた猿に取り込まれた彼らが、類人猿を人間へと進化させたのではないかと。
すると、人類進化の謎も解けるのではないか。ところが、資料を集めるうち、意外な事もわかってきたのだ。
歴史上の集団催眠や集団ヒステリーの記録から、俺は何者かの干渉の可能性を感じ始めた。何らかの条件下で強力な同調が引き起こされる可能性があるのではないかと。
それは、無関係な地域で同時に起こる現象、シンクロニシティの一種とも考えられる。しかし、通信技術が発達した現代であれば意識の共有も説明が付くが、それが太古から存在する可能性を否定できなくなってきたのだ。
イルミナティやフリーメイソンなどの陰謀論と笑わないでくれよ。
しかし、理論は観測無くして確立は出来ない。そして、理論には再現性が必要となる。第三者の再現がなければ理論が立証されたとは言えまい。
そこで、俺は実験してみる事にした。実験といっても至極簡単なものだ。現代でもエスエヌエスなどでは、魔女狩りに近い行為が行われる事があるだろう? 誰かの異質な書き込みに、それを見た見ず知らずの人達が憎悪を剥き出しにして攻撃を始める。その影響は時に、社会さえも動かす。それを人工的に作り出そうという寸法さ。俺の仮説を分散してエスエヌエスに書き込む。その全てを関連付けて読んだ者にだけ意味が通じる様にする。彼らにはそれが出来る筈だからだ。それによって何らかの変化が起きたとしたら、実験は成功したといえるだろう。
具体的には、この手紙のような方法だよ。君はどうだった? 何か変化を感じたかね? 感じたなら是非、俺に教えて欲しい。
もし、実際に集団ヒステリーや集団催眠を人工的に作りだす事に成功したなら。それは即ち仮説が科学的に立証された事になるからね。
ただひとつ疑問なのは、この理論が何故今まで、誰の手によっても実験や発表さえ行われた形跡が無いのか。と、言う事だ。
では、俺の実験結果を楽しみにしてくれたまへ。
「おかしい。これは遺書などではない」
「そう思うかね? 俺には明らかな遺書に思えるがね」
「何故そう思うんだ?」
「それは、死んだ彼が勘違いをしていたからだよ。彼自身にもよくわかっていなかったのさ。彼としては世紀の大発見を友人たちに、手の込んだ方法で伝えて悦に浸っていたのだろうけどね」
「勘違いだって? まるで君は、全てを知っていると言わんばかりの口ぶりじゃないか!」
「知りたいかね? いいとも。彼の仮説を俺が補足しよう。彼の理論は大方は正しい。類人猿とその生物が結びつき、現在の人類が誕生した。それを共生と呼ぶか、侵略と呼ぶかは意見の別れる所だろうが、ほぼ、完了している事に変りはない。という事だ」
「見て来た様な事を言うんだな」
「彼も書いているだろう。協調性があるんだよ。君には理解できないかもしれないが、人間には協調性がある。それが何らかの原因で集団催眠やヒステリーをひき起こす。それを彼は探っていたのさ。ただ――」
「ただ?」
「彼は大きなミスを犯した。理解していなかったんだよ。彼が探っていたその原因こそが、彼らが強力な協調性を引き起こす鍵である事を理解していなかったのさ。だから歴史上その謎を解き明かせる者は居なかったんだよ」
「彼らとは?」
「彼らは彼らさ。成長期を迎えた人間と結びつき、人間の中に潜む。まるでウイルスが神経細胞内に潜む様にね。そして危険を察知すると一時的に宿主を乗っ取り、操作して危険を排除する」
「それが、彼の書いた侵略者か?!」
「それはどうかな。寄生は必ずしも宿主のデメリットではない。寄生体も自己保存の本能で宿主を守り、助けるのだからメリットもあったのさ。近年まではね」
「今は違うとでも言うのかい?」
「近年の禁煙ブーム、ハウスダストや工場排煙などへの過敏なアレルギーの蔓延で事態は変化している。彼らは微生物として空気中に存在している。空気の中に漂い煙の様に近付いて、鼻腔から粘膜へと進入して寄生する。しかし、人間社会の変化の所為で、近年は寄生されない人間が増えているのさ。例えば、君の様に」
彼との話しに夢中になっていたが、ふと店外に視線を移すと、喪服を着た人が外に見えた。その中には葬式で会った死んだ奴の未亡人や子供達も居る。そして窓から俺を注視しているではないか。俺と目が合っても視線をそらす事もなく、ジッと俺だけを見詰めている。その異様な雰囲気に助けを呼ぼうと店の中を見渡した。だが、店内の客達もまた俺に視線を向けているではないか。あの、気の良い店主でさえも。
俺は、店内に入ってきた"彼ら"に取り囲まれた。もう、何処にも逃げ場はない。
そうだ、彼らは人類に寄生し、種の危険を察知した時にだけ目を覚ます。既に人類は彼らに侵略され支配ている。逃げ場などそもそも無いのだ……。
幾多の手に押さえつけられ、首の血管を押さえられて、意識が遠のく中で、俺は理解した。あいつが自殺した訳を、この世からおさらばした理由を。彼は自殺したのではない。自分自身の寄生体から殺されたのだと。
〈了〉
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