第12話 ロジカルシンキング2

 閑静な住宅地の交差点は人影もまばらだった。この道路は日頃利用する道ではないが、急いでいる時の近道として重宝している。地元民にはよく知られた裏道となっている。夕方の渋滞時間帯にこの道へ迂回してやり過ごすと、市街地を随分とスムーズに抜けられるからだ。人通りが少ない時間帯であれば、貸切と言っても良いほどに道路は空いている。

 

「どう? 素晴らしいでしょう。この力強さと胸のすく加速はまるで今の貴方を象徴している様だわ」


 革張りのパッセンジャーシートに包まれる美女は、俺の恩師である加納教授のお嬢さんである。このクルマも彼女、芽衣子さんが薦めてくれたクルマだった。彼女は大学を卒業後、外資系自動車メーカーのディーラーで特別な顧客への対応や取り扱い説明を担当している。彼女はある種、自動車の専門家であろう。大学で機械工学を学び、シュトゥットガルトのメーカー工場で研修を受けた。このクルマの全てを知り尽くしていると言っても過言ではない程のスペシャリストである。




 

「このクルマは貴方の様な特別な人に乗って貰う為に作られたのよ。イタリア車の情熱ではなく、知性を纏う者の為に職人が丹精を込めて作った最上級の外套がいとうの様なものなの。芸術作品は自己主張をするわ。でも纏う物は所有者そのものを引き立てる為に生まれる。主役は貴方よ。良質な素材を老練な職人達が最新の技術で、貴方を引き立てる為だけに丹精込めて作ったの」 

 

 美しい車のラインと一体化した、湾曲したフロントウインドウから見える風景は、見慣れた退屈な世界にさえも躍動感と感動を湧き立たてる魔法を掛ける。そこに映る横断歩道、その先に見える交差点や信号、バス停へと続く何気ない道であっても、遠くに姿を見せたバスの到着を待つ人々の姿でさえも、絵画に宿る色彩へと変えてゆく。

 

 その時俺の目に映った、到着したバスに乗り込む人々から少し離れて立っていた女性の姿が何故か気になった。

 

 その女性は、バスを待つというよりもバスから降りる人達を待っていた。停留所に到着したバスに近付き、降りてきた客を品定めする様に目線で追うと、お目当ての相手が居なかったのだろう、すぐに元の、はずれの物陰へと戻っていった。

 

「不思議だな。あの女の人」

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