第11話 ロジカルシンキング1

 平日の午後三時過ぎ。榎本彩加は今日も紅をひく。息子の帰りを、優しい笑顔で出迎えてあげる為に。



***


 昼下がりの郊外、住宅地から幾分外れた県道は人影もまばらで、開けた視界は心地よいドライブの為につしらえられた最良のテストコースへと変る。


 クルマの姿が途絶えた直線で、心持ち何時もよりスロットルを開けてみる。流石は伝統のドイツ車だ。エンジンの鼓動が力強く、もっと開けと訴えかけてくる。そんな暴力的な加速である筈なのに、スピードメータを確認してはじめて、与えられた安心感に魔法をかけられたのだと悟った。流れゆく風景をみれば、通常では考えられない速度帯であるのは歴然であるのに。

流したなら無視出来るレベルに鳴りを潜めながら、けしてドランバーの意識から忘れさせない存在感を秘め身構えている。適度なロードノイズの中に、猛獣の脈動を確実にドライバーズシートの俺に伝えている。





 以前所有していた国産中古車とは比べようもない。当然だ。あれは丈夫さだけが取り得のクルマだった。二十万キロをゆうに超えたディーゼルRV車の唯一の誇りは、ヘビーデューティなボディだけだった。

 

 このドイツ製スポーツカーの新車とは比べようもあるまい。ナンセンスだ。

 

 適度な踏力に設定されたスロットルを放し、ブレーキペダルに触れると、反応の良いブレーキが、ダイレクトにドライバーの意思をピストンからパット、巨大なキャリパーに、そして強靭なタイヤを介して、力強く路面に伝える。それをショックアブソーバーが上品に押さえ込んでいる。この職人技の伝統が息づく精密機械は信号機の赤さえも心地よいイベントへと変える。

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