A17.スポットライト
目を奪われていた。
ターンテーブルから離した腕をだらんと横へ垂らし、ただただ目の前の景色を噛みしめる。
壮絶な音と光がそこにあった。
乙戯の姿形は確かな存在感をもって照明に照らされ、その汗も、瞳も、黒髪も、眼鏡の縁から革靴に至るまで、全てが全て輝いていた。
ステージに落ちた影はその輝きとコントラストを描き、大層美しい。
「やったね☆ おとぎちゃんおめでと~っ!」
乙戯の向こう側――客席からは爆発のような歓声が届いていた。
すげえとか、おっしゃあとか、うっひょーとか、格好良かったとか。
意味のない言葉も意味のある言葉も、熱気で綯い交ぜにされたそれらは、確かに勝者である乙戯を称えていた。
老若男女、誰も彼もが腕を掲げ叫び声を上げている。
「あ、お、おかあ、さん」
客席のさらに向こう側へ目をやると、いつの間にやら、空は赤くなっていた。
その赤は、いずれやって来る夏の夕闇を予感させる。
ぶるりと寒気を覚える。
その頃にはもう、この景色は失われているのだろうか。
「うん、お母さんは満足ですっ! 堪能しました! おとぎちゃん、よく頑張りましたっ!」
乙戯の目元に光が煌めいた。
歓声で聞こえないが、震わせた唇からはきっと言葉が溢れている。
琴姫さんは乙戯を抱きしめ、九条の姿はそこから遠く離れた場所にあった。
九条は屹立して、二人の姿を眺めている。
そこに危ういものを感じ、俺は声をかけようとしたのだが――。
「おめでとう」
彼女の唇は、そう言っているように読み取れた。
おそらく俺の他に気付いている者はないだろう。
けれど間違いない。
その証拠に、直後、表情を緩めた九条は身を翻した。
乙戯と琴姫さんに気付かれないよう、そっとステージを去る。
「と、いうわけで☆ 改めて、優勝は御伽噺っ! 拍手~っ!」
客席からの極大の破裂音を受け取り、琴姫さんはうんうんと頷く。
「賞品の万羽市図書館はおとぎちゃんのものになりましたっ! はい、コメントっ!」
「ええと、御伽噺――本名は、大名賀乙戯といいます。みなさん、ありがとうございました」
「それで終わり~? もっともっと☆」
「そうですね。言いたいことは、バトルでほとんど言ってしまいましたけど。……んん、そうですね、図書館は私のものになりましたから? 私が館長ということになりますから? つまり図書館は私の家みたいなものですから?」
乙戯は俺に背を向けていたが、その顔は綻んでいることがわかった。
「みんな、支度して私の自宅に、友達みたく遊びに来てくれて良いんですよっ!」
韻を三連発。
「あぁ、こんなのって、まるでマジカルですねっ!」
四連発。
こちらを振り向いた乙戯は、やはり満面の笑みを浮かべていた。
それを見た俺の胸は、ぎゅうと強く握りしめられたようだった。
この感情を何と呼ぶのか、知るためには辞書を紐解く必要があるだろう。
「あの、魚類、もしかして泣いてますか?」
「泣いてない。黙れ」
左腕で拭ってほら元通りだ。
「目が赤いですけど。嘘はやめましょう」
「うるさい。黙れ」
俺も。俺も。俺も。
言葉が響く。頭の中でなく、心臓で熱く響く。
乙戯が笑い、その笑顔が憎たらしく思う。
綺麗なものじゃない。薄汚く黒く汚れている。
かつて放った乙戯の言葉が真に理解できた気がした。
「あぁくそ、まったく」
何がマジカルだ。
魔法に変わるまでは、まるで呪いのようじゃないか。
「これにて万羽市MCバトル大会は終了ですっ! みなさん、ありがとございました~☆」
こびりついて離れない。
忘れようにも忘れられない。
楔でも打ち込まれたのか。
観客が去って、祭りが終わって、乙戯たちとも別れて。
それでも俺の脳裏に張り付いたビートは鳴り止まない。
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