A16.go on


 延長戦の後半、乙戯のラップは切見に向けたものだった。

 会場でそのことに気付いた人間がどれだけいることだろう。

 乙戯と切見の関係を知らなければそもそもわからない話だ。

 けれど、それでも票が割れたのは、乙戯の熱が観客に伝わったからだろう。

 意味まで理解できなくとも、乙戯の感情には理解を示し、その気迫に応じてもらえたのだ。


「は~い、さ~いえ~んちょ~」


 琴姫さんがそう告げると、乙戯は天を仰いだ。

 肩で大きく息を吐く様子を見るに、残された体力は僅かだ。

 対する九条は余裕の表情を浮かべている。

 これは二人のスタイルの違いによるものだろう。九条は話し口調で訥々と語っているが、乙戯はビートに乗り、叫び、全力でラップしている。そりゃあ消耗するのは乙戯の方だ。


「じゃあ、二人とも先行後攻入れ替わってね」


 琴姫さんの合図で二人は動き出す。

 その時、ふいに観客席の中に金色が見えた。

 その特徴的な、刺々しい金髪は見まごうはずもない。来ていたんだな、お前。

 俺も偶然に見つけただけだ。バトルに集中している乙戯が気付くはずはない。

 集中に水を差すのは躊躇われたが、今の乙戯にはプラスに働くことを期待し、俺の前を通った瞬間に、ひっそりと九条に聞こえない声で囁いた。


「観客席、こちらから向かって右端の一番後ろだ」


 乙戯は、歩を進めながら、俺の示した方向へ目を向ける。

 直後、口元を僅かに綻ばせた乙戯は、両手を頭上へ突きだして伸びをした。

 ……少しは疲れが取れたらしいな。何よりだ。


「シャケくん☆ 再延長のビートはな~に?」

「これです」


 ビートを流す。我ながら、選曲がドープだぜ。この決勝にふさわしいビートだろう。


 MCがどう足掻こうが、決着の時はいずれ訪れる。

 乙戯の残り体力からすれば、それはもう間もなく。

 ここで決めなければ、乙戯は体力切れでずぶずぶと沈んでいくからだ。


 さあ、正念場だ。頼むからまだ折れてくれるな。

 勝て、乙戯。

 俺に煌めく景色を見せてくれ。

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