B2.マイルーム・マイステージ


 この場所に音はありません。


 布団に、鏡。何着かの着替えと、最低限の生活用品。あとは隙を見て図書館から拝借した文庫本が数冊。私を形作るものはこれだけで十分です。

 防音ガラスと防音壁に囲まれ、布団に身を倒して部屋の電気を落とすと、音も光も消えて、まるで私のために出来上がった小宇宙のよう。


 孤独が私にとっての幸せです。

 外の世界はあまりにも生きづらくて、私のような小さくて弱い生き物は、逃げ場所がなければきっと死んでしまいます。

 だから、孤独は、私にとっての盾でもあるのです。

 この場所は外界から切り離されています。

 嫌なことなんて何もありません。全てが私に優しいのです。


 ――――。


 あぁ、なのに、なのに、なのに。

 胸が締め付けられるように感じてしまうのは何故でしょう。

 居ても立ってもいられなくて、がむしゃらに叫び出したくなるのは何故でしょう。

 私にとっての小宇宙はこんなにも静かなのに、私の胸の内はこんなにも五月蠅い。


 肝心の私がこれでは駄目です。

 どうしてこの孤独をすんなりと享受できないのでしょう。

 その理由にはきっと、思考を重ねれば辿り着けます。

 けれど、もう思考をするのは嫌でした。

 この体の震えはどうにも止められるものではありません。

 むかむかして、恐ろしくて、熱くて冷たくて。


「う、うぅうううああぁ……っ」


 声を出しても誰にも聞こえません。届きません。

 それは安らかなことで、同時に、寂しいことでもあります。


 ……寂しいとか。

 寂しいとか、思ってしまいますけど。

 それはきっと感化されてしまったからです。


 ここのところの私は私らしくありませんでした。

 部屋の外へ飛び出て、へんてこな音楽を聴いて、歌ってみて、社家くんと久しぶりに言葉を交わしたりして、ヤンキーと罵り合いまでしてみて。

 なかなか頑張ったものではありませんか。

 もう十分です。もう戦う必要はありません。


 そもそも、どうして私が戦わなければならないのか、謎なんです。

 どうにも社家くんに流されてしまっていた気がします。

 彼は私に期待しすぎなんです。

 私は何も出来ないってことをまるでわかっていません。

 まぁ私も一時は調子に乗ってしまいましたけど。でも、そんなの気の迷いです。

 本当の私は、こんなにも矮小で、卑屈で、どす黒くて。

 ステージとか、そんな輝きの元へ歩み出せる人間じゃないんです。

 私は私の世界で輝いていれば良いじゃないですか。

 ここには私しかいない。私の中で私は一番です。


 ……あぁ、もう。


「なんて、みじめ」


 口に出してみると抑えきれなくなった涙が目尻から零れました。

 一度決壊すると止めることはできません。

 溢れた涙は布団に落ちて灰色の染みを作ります。

 眼鏡を放り捨てて枕に顔を埋めましたけど、撥水製の枕カバーは涙を吸い取ってくれず、隙間から零れた水滴が私のパジャマに滴ります。

 それがこの小宇宙の中ですら私は拒絶されているのではないかと感じられて、悲しみはさらに増していきます。

 体だけでなく、心臓だけでなく、思考まで熱を帯びているように、全てがもやもやぐちゃぐちゃになってゆきます。


 がしゃあん。


 ふいに、甲高い音が聞こえました。

 その音には心当たりがありました。

 もう、これで三度目です。

 カーテンが開かれ、小宇宙に光が差し込みます。


「乙戯。話をしにきたぞ」


 バットを手にした社家くんが、そこに立っていました。

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