A6.STEPPER`S DELIGHT


 切見が回復したのは、夜になってからだった。


 図書館の一階、本棚に囲まれた読書スペースに切見を座らせ、その正面に椅子を二つ置く。

 初め乙戯はその椅子に座るのを嫌がったが、「今夜うちに泊めないぞ」と脅すと、渋々、腰をおろした。

 切見はぎらぎらと乙戯を睨み、乙戯は彼女から目を逸らしている。

 自己紹介を始めるはずが、双方、いつになっても口を開こうとしない。


「切見、こいつが大名賀乙戯。そして乙戯、こいつが切見夜音だ」


 仕方なしにこちらで二人の名を伝えてやると、それを切っ掛けに切見が「ああぁあクソが」と切り出した。切り出しの言葉が汚い。


「てめえよお、なに被害者面してやがる。俺様に不意打ち食らわせやがったのはてめえの方だろうが。あ? びくびくしてねえでまずは謝れコラ」


 乙戯が身を震わせ、俺の服の裾を掴む。

 俺が「離せ、鬱陶しい」とその手を払うと、乙戯は落胆した表情をこちらへ向けた。捨てられた子犬のような目で見るのをやめろ。


 ……このままでは埒が明かない。

 一旦、乙戯の返答を諦め、俺が代わりに切見へ返す。


「ガラス扉を割ったお前も悪いのだから、そう乙戯を責めるな。別に構わないだろう、謝罪なしでも」

「謝罪の件は百歩譲っても、それをてめえに言わせるこの女が気にくわねえな」


 こいつもめんどくさい奴だな。


「それくらい飲み込めよ。ヒップホップやMCバトルについて俺から教わりたいんだろう。乙戯と仲良くできないなら、教えないぞ」

「気に入らねえもんは気に入らねえ。そこを通すのが俺様だ」

「格好良く胸を張るなよ。意固地なだけだろうに」


 まぁそれもまた、MCバトルの素質の一つではあるのだが。頑固というのは、それだけ相手の言葉に惑わされず自分を貫けるということだ。


「魚類」


 俺を呼ぶ声に「なんだ」と答えると、耳元で乙戯が囁く。


「この人、ホントなんなんですか。れ、練習相手って言ってましたよね」


 あぁ……その説明をしてやるのを忘れていたか。


「乙戯。切見。お前ら二人は、共に万羽市MCバトル大会の出場者だ。で、共にヒップホップについての知識も経験も全くない。知識だけなら座学でもなんとでもなるが、経験を積むには実際にバトルを重ねる必要があるからな。大会当日まで、二人で何度もバトルしろ」


 俺が言うと、乙戯は「ひえっ」と悲鳴を上げ、切見は「ぁあああ?」と唸った。


「こいつも大会に出場すんのか? どう見ても無理だろ」

「しかし本人は出場すると言っているからな」

「やめとけやめとけ。俺様に向かって何も言えねえくせによお。恥かいて終わりだぜ」


 切見がそう言って鼻で笑う。

 すると乙戯は、些か表情を変えた。怯えの色が幾分か消えたように見える。

 ――なるほど、心中では苛立ちを覚えているのか。


「切見、本当に乙戯は、大会に出場する意味がないと思うか?」

「いや、ねえだろ。ヒップホップっつうのは、ヨーヨーっつってステージで歌うんだろ? こいつにそんなこと出来るわけねえだろうが」


 そのヒップホップ観には誤解が含まれているが、言わんとしていることは理解できる。

 丁度良い。乗ってやろう。


「なるほど、お前がそこまで言うのなら、乙戯に教えるのはなしにするか。俺の生徒は切見一人にしておこう」


 俺がそう言ってやると、狙い通り、乙戯が「ちょ、ちょっと……っ!」と声を上げた。


「どうした、乙戯」

「ど、どうした、とかじゃないと思うんですけど。無責任すぎると思うんですけど。嘘八百ですけど。魚類、協力するって言ったじゃないですか」

「だったら、切見に言い返せ」


 乙戯が「う」と声を詰まらせる。


「お前こそ、俺に言った言葉は嘘だったのか。勝ちたいんだろう。だったら、一歩ずつでも良いから前進しろ。でなければ先はない。前に進み続けろ。俺に慣れたのなら、次はこの切見だ。こいつに言葉を叩き付けろ」


 乙戯は唇を噛みしめ、顔を下に向ける。


「……あー、その話、俺様関係ねえよな。段々とどうでも良くなってきちまった。特訓しねえなら今日はもう帰っていいか?」

「駄目だ」

「お、おう、何でだよ、てめえ」

「お前ら、これからバトルしろ。お互い、言いたいことはあるだろう。ビートに乗せろ。韻を踏め。そして趣向を凝らせ」

「お、おいてめえ、急すぎんだろ! いくらなんでも今からっつうのはねえだろ! 俺様、MCバトルなんて全然知らねえんだぜ!」


 切見の言葉に乙戯がぶんぶんと強く頷く。


「そうか。だったらレクチャーの時間だな」


 二人は戸惑っている様子だ。

 反論される前に、俺は次の言葉を口にする。


「付いてこい。バトルのなんたるかについて、手取り足取り叩き込んでやる」


 立ち上がり、乙戯の手を取る。

 乙戯は一瞬だけ狼狽えるが、すぐに従って膝を伸ばした。


「……あぁあああ、まぁ良いや。そう言うんなら、やってやろうじゃねえかっ!」


 一瞬遅れて、切見も叫ぶ。

 考えが変わる前にと、俺は乙戯の手を引いて、すたすたと歩き出した。


 どうやら、ひとまずは尻を叩くことが出来たらしい。二人とも癖が強い。これから先が思いやられるが、ともかく成功だ。

 ――前途多難だな。


◇ ◆ ◇


 AVルームは三人が入るには狭かったが、あまり文句も言っていられない。

 適当なAVルームへ切見と乙戯を押し込むと、乙戯の部屋から数枚のCDを拝借し、ついでに図書館の所蔵から幾つかピックアップする。

 そしてAVルームへ戻ると、CDをプレイヤーへ挿入して再生ボタンを押した。


「どうせお前らは音楽の基礎知識すら知らないだろうから、まずはここからだ」

「え、あ、あの、これ」

「『クラリネットをこわしちゃった』だ。これなら知っているだろう」

「おいコラぁ……こんな歌がヒップホップとなんの関係があんだよ。ふざけんなよてめえ」

「同じ音楽だろうが。教えてやっているのだからつべこべ言うな。ほら歌え」


 切見が声を低くして唸るのでそう返してやると、「それもそうか」と納得した様子で歌い出した。意外に素直な奴だ。そして、声が馬鹿でかくて正直うるさい。


「え、ちょ、う、歌うん、ですか?」


 切見の声でほとんど聞き取れないが、どうやら乙戯はそのようなことを口にしているらしい。

 一旦、停止ボタンを押してから言葉を放る。


「当たり前だろう。ほら、もう一度、最初からだ」


 再生。切見はすぐに歌い始めるが、やはり乙戯は尻込みをしている。

 この程度で恥ずかしがっているようでは話にならない。仕方なく俺も「ぱっきゃまらーどー」と合唱へ参加してやると、ようやく乙戯も「ぱおぱお……ぱぱぱぁ……」と加わった。


「よし、終わりだ。ところでお前ら。小節とか拍子とか、拍という言葉に聞き覚えはあるか」

「ああ、小説っつうのはあれだろ。本のことだ」


 あまりにも表現力の低い切見へ、俺は「違う」と返す。


「乙戯はわかるか」

「は、はい。音楽の授業で習ったので」


 切見と比して、なかなか優秀だ。


「それなら、乙戯には説明不要だな。『クラリネットをこわしちゃった』は小節と拍子を理解させるために歌わせた」

「え、じゃ、じゃあ、私、歌い損な気がするんですけど……」


 乙戯に度胸をつけさせる目的も含まれているのだからあまり文句を垂れないでほしいものだと思う。

 まぁそれを口にしてもかえって内に籠もるだけなので、無視して俺は切見の方を向く。


「さて、切見。どうせお前の場合は言葉で説明しても理解できないだろう。体で覚えろ」


 再び『クラリネットをこわしちゃった』を再生。

 今度はリズムに合わせて拍ごとにトントンと指で机を叩いてやる。


「俺が4回鳴らしたところで小節が切れている。つまり、歌の主人公が狼狽え始める手前までで、ちょうど8小節が使われているわけだ。わかるか?」

「いや、全然わかんねえ」


 少しは悪びれた顔を見せろよ。


「それなら、俺が音を鳴らした回数を数えろ」


 言って再び再生。切見は丁寧に数えて「32回だ!」と答えた。


「『クラリネットをこわしちゃった』は4拍子の曲なので、4拍で1小節となる。だから8小節の中には、4拍×8小節で、32回、拍があったわけだな」

「ふうん、オーケー。なんとなくわかったぜ。とりあえず今のが8小節っつう奴なんだな」


 不安の残る受け答えだが、突き詰めていくと日付が変わりそうだ。一旦、話を切る。


「MCバトルの大会にも色々あるが、基本的にはこの8小節というのが一つの区切りになる。今回は――まだルールを決めていないが、おそらく8小節4本勝負になるだろう。先ほどの8小節を、交互に4回ずつラップする」


 俺の言葉を噛み砕くのに時間がかかったのか、しばらく間を空けた後で乙戯が口走った。


「……あ、あれ、長くないですか」

「まぁ、慣れだ。観ている側としてはさほど長くは感じないぞ」


 頭を抱えだした乙戯をよそに俺は話題を移す。


「さて、次は、ヒップホップとはどういう音楽かというのを説明する。これも口で言うより、実際に聴いてもらった方が良いだろう。まずはこちらだ」


 プレーヤーのCDを入れ替え、再生ボタンを押す。

 70年代のソウル、『I'll Still Love You』だ。


「あ、いい曲ですね」

「ゆったりしてて俺様はあんまし好きじゃねえわ。……あぁ、でも低音はそこそこ好みだぜ」


 二人の口にする感想は、面白いくらいに想定通りだ。

 曲が終わるのを待ち、問いを投げる。


「さて乙戯、この曲で一番気に入ったのはどの部分だ」

「ん、そ、そうですね。強いて言えばイントロですけど。あとは終盤のサビの部分ですか」

「そうか、気が合うな」

「え? だ、誰とですか? もしかして魚類と?」


 答えを言う必要はない。これも、聴けばわかることだ。

 CDを入れ替え、再生ボタンを押す。


「ようやく、これがヒップホップだ」


 原曲の『I'll Still Love You』にキックが混ざり、BPMをいじり、出来上がったトラックにラップが乗せられる。何度聞いても名曲だ。


「……あ、あれ、さっきの曲に似てますね」

「お? パクりか?」

「パクりじゃねえ。ふざけるなよ。先ほどの曲をサンプリングしているんだ。気に入ったメロディラインをカットして、ループさせる。まぁ実際には他にも色々やっているんだが、ともかく、そういう風にして、トラック――つまり、伴奏部分を作っている。比較するとヒップホップというのがどういうジャンルの音楽かがよくわかるだろう」


 日本語ラップのクラシック、曲名は『人間発電所』。

 サンプリングの元ネタは数多くあるが、一番目立つのはやはり『I'll Still Love You』のイントロ部分だ。つまり乙戯は、ヒップホップ界のレジェンドと趣味が似ていたのである。


「俺様はこっちのが好きだな。さっきのよりも格好良いぜ」

「……んん、『気が合う』という言葉の意味はわかりましたけど、あの、これ、なんといいますか、歌詞に意味のわかりかねる部分がありますし、そ、それに、あの」


 乙戯がしどろもどろになる理由もわかる。まぁ、彼女には刺激の強いリリックだろう。


「さて、じゃあ最後、ビートについてだ。切見、聴き比べてみて、ヒップホップの方はどういう特徴があった」

「なんか格好良かった」

「それはさっきも聞いた。どうして格好良かったのかを考えろ」

「あー、そうだな、ノリが良かったっつうか……あ、そうだそうだ。ドラムの音が多かったぜ」

「やるな、正解だ。ヒップホップにおいてはドラムが最重要楽器と考えて良い。メロディでなくリズムの音楽だからな。キック、スネア、ハイハット、この辺りがビートを作りだしている」

「ビートってなんだよ」

「すでに耳にしているんだが、まぁ、また聴いて覚えろ」


 ブレイクビーツ集のCDに入れ替え、再生ボタン。


「このくらい単純な方が分かりやすいだろう。使っている楽器はドラムだけだ」


 連続するスネアが8拍。1泊目と5泊目にキック。そして3泊目と7泊目にハイハット。

 無茶苦茶シンプルではあるが、俗に8ビートと呼ばれるものだ。


「ぉおおお? ディスコで流れてそうだな?」


 せめてクラブと言えよ、女子高生。


「ビートというのは、言ってしまえばリズムの塊だ。なんとなく、ビートはトラックの構成要素と思っておけば良い。ビートにメロディを乗せていくとトラックが出来上がる。まぁ、バトルなどでは、トラックとビートという言葉は混同して使われがちだけどな」


 しばし間を空けて、停止ボタン。


「以上。本当に最低限ではあるが、これがバトルの下地となる知識だ」


 乙戯と切見は、わかっているのだかわかっていないのだか曖昧な表情を浮かべる。少なくとも、しっくりとはきていないのだろう。

 とはいえ、まずは完全に理解など出来なくても良い。

 そう、大事なのは――、


「バトルだ。さあ、バトルしろ。互いにディスり合え」

「え、あ、あの、や、やっぱりまだ急すぎると思うんですけど!」

「こいつの言う通りだぜ。ヒップホップってのは何となくわかったけどよ。でも俺様、まだバトルってのをどうやれば良いのか見当もついてねえぜ」


 そうは言われても、あとは何を伝えれば良いのか。

 正直、俺はバトルのできない人間だ。背中を押すことはできても、上から引っ張り上げることはできない。最初の一歩は自分で踏み出してもらう必要がある。


「なにか、参考に出来るものはないんですか」

「参考になるもの……」


 と言われれば、そりゃあ思いつくが。


 ――――。


 あぁ、そうだな。なにも俺が引っ張り上げる必要はない。先人なら腐るほどいるのだ。

 聴いて学んだ後は、観て学ばせてやるか。


 スマホを取り出し検索してみると、ちょうど良く見つかった。今週土曜のチケットを即座に三人分おさえる。


「おい、てめえ何してんだ?」

「二人とも、今週の土曜、予定を空けておけ」


 俺も現地に行くのは久々だ。胸の昂ぶりを覚える。


「バトルというものを体感させてやる」


◇ ◆ ◇


 乙戯を連れて自宅へ戻ると、九条がリビングで父と向かい合って座っていた。

 学校の帰りがけに寄ったらしく、制服に身を包み、横には学校指定の鞄を置いている。俺と、背後の乙戯へとちらりと視線を送り、湯飲みを傾け茶を一口含む。


 対して、九条の姿を目にした乙戯はといえば、俺の横をすり抜けて母の部屋へと駆け込んでいった。

 姉と対峙する勇気はまだ持てていないのだろう。


「佐良助。ようやく戻ったか。俺は部屋にいるから、後は、な」


 父は冷蔵庫から缶ビールを三本ほど取り出すと、スルメイカと共に自室へ引っ込む。

 なんともだらしないビールクズの姿に若干ながら苛立ちを覚えつつ、俺は九条の向かいへと座った。


「待ちくたびれたわ」

「何故、来た」


 まさかとは思うが、乙戯を連れ戻しに来たのだろうか。

 やっとのことで腰を上げたのだ。あまりあいつのやる気を削ぐのはやめてほしいものだ。


「いえ、また図書館のAVルームを破壊したのでしょう? 母が、説教してきてって」


 おおう、こちらに非のある話だった。

 図書館を出る時に琴姫さんへメールを送ったばかりだというのに、行動が早いな。


「二度目は俺の仕業ではないが、それなら謝る。すまん。悪いとは思っている」

「それにしても、少しやり過ぎね。貴方ももう高校二年生になったのでしょう。そんな調子でどうするのよ。ウチの母――ちょうど良い反面教師が近くにいるのだから、学ぶべきだと思うのだけど?」

「いや、だからすまんと言っている」


 謝罪を繰り返すと、九条は幾分か口調を和らげる。


「まぁ、私は別にどうでも良いのだけど。ともかく三度目はないらしいわ。一応、あれでも市長なのだから、あまり一個人を贔屓するのも限界があるのだそうよ」


 そこまで言って、九条は「以上」と結ぶ。


「まったく、わざわざこんなことを言わせるために、私を家まで寄越さないでほしいものよね」

「心中察するところだ。こちらこそご足労願って申し訳ない」

「……ま、良いのだけれど」


 そうして九条は会話を断ち切るように「それじゃあ、帰るわ」と立ち上がった。鞄を肩にかけ、静かにリビングの敷居をまたぐ。

 あぁいけない、一つ気になっていたことがあったのだ。

 俺は、九条の背中へと言葉を投げかける。


「なあ、九条」

「なに?」


 九条は半身だけ捻って返事をする。


「何故、お前は大会へ出場する。ヒップホップにも図書館にも、大した興味はないだろうに」


 俺が問うと、九条は小さくため息をついた。


「駅前から、うちの万羽NL学園にね、道を一本引く計画があるのよ」

「……突然なんの話だ?」

「道路が完成すれば、うちの生徒は迂回することなく、スムーズに駅から学園まで辿り着けるわ。忙しい万羽NLの生徒にとって、大きなメリットになるわね」


 俺の問いかけに反応することなく、九条は言葉を続ける。


「けれど、駅と学園との中間地点には、一つ、邪魔な建物があるのよ」


 なるほど、段々と話が読めてきた。


「市の計画だし図書館は市の持ち物だから、本来なら普通に取り壊してしまえばいい話。けれど、あの図書館には厄介な住人がいるでしょう? 力尽くというのは、母としては面白くなかったらしいわ」


 こいつにもそれなりの目的があったわけだ。


「私、これでも万羽NLの生徒会長だからね。来年以降の学園のためにも出来ることはやるわ。母の思惑通りだろうと何だろうと、計画実現のためには協力を惜しまないつもり」


 九条は、そこで僅かに声を大きくし、目線を横へと逸らした。

 視線の先は、俺の母の部屋。

 まるで、俺でない誰かへと言葉を届けているかのように、九条は言った。


「だから、私が大会に優勝して、万羽市立図書館を道路へと変えるのよ」


 まぁこんなのふざけたお遊びだけれど。


 九条はそんな言葉で結んで、満足した様子で我が家を去った。

 乙戯が部屋から出てきたのは、九条が去ってから三十分も経ってからのことだ。


「乙戯」


 心配になってそう声をかけると、乙戯は「魚類、ちょっと」と低く声を出した。

 また九条の明確な敵意に心が折れているのではないかと疑ったが、どうやら杞憂だったようだ。声からも表情からも、乙戯の怒りが伝わってくる。


「私は、ひっぷほっぷをやります」

「そうだな。是非そうすると良い」

「ついては、一つ、韻を考えてみました。少し聴いてみてほしいんですけど」


 なかなか良い傾向だ。

 俺が「言ってみろ」と促すと、乙戯は息を吸い込んだ。


「くじょう、絶対倒すぞう」


 クソみてえな韻だ。

 いや、しかしまぁ、それでもラッパーとしての第一歩には違いない。


「まだまだ大会まで時間はある。地道に練習していくか」


 俺が言うと、乙戯は不本意そうに顔を膨らませた。

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