第224話赤い死の血の湖(3)

「どこかの国なのか、あるいは組織なのか」

エレーナの声が震えた。

「もちろん人間などは入り込めない赤い死の血の湖から」

「先端技術を尽くしたロボットを大量に作り、毒物を採取したとの噂があるのです」


松田明美の顔も厳しい。

「そうなると、その目的は・・・」


エレーナが即座に答えた。

「化学兵器の生産には、好都合なのです」

「材料費はかからない、関係機関のチェックもない」

「ただ、そこに入り込めればいいだけ」


今西圭子は、深刻な顔。

「化学兵器を大量に作れるという環境が、整ったということだね」

「売りつける相手は・・・いくらでもあるか」

「いろんな国の反体制勢力に持ち込めば、必ず買ってくれる」

「反体勢勢力に弱められている国家で買う場合もある」


ずっと聞いていた華音が口を開いた。

「そういう戦争のための武器とかについては、国家単位で対応するべきで」

「確かに危険な話とは思うけれど、その化学兵器がこの日本にも来るの?」


エレーナは、苦しそうに頷く。

「はい、それは間違いない」

「何かのワインなどの貿易商品に紛れて」

「元々、それほど大きな荷物ではなく」

「何万個もあるコンテナの片隅に紛れてあったとしても、とても税関当局では対応できない」

「あるいは密封されてワイン樽の中に沈んでいるかもしれない」


松田明美の顔が厳しさを増した。

「エレーナが掴んでいる限りの情報を提供して欲しい」

「日本であれば、どこの組織が輸入したのか、他の国でも情報があれば」


エレーナの顔に苦渋が浮かぶ。

「はい、持ちうる限りの情報は、伝えます」

「ただ、闇の正体不明の組織によるハイリスクの化学兵器の大量生産」

「私たちの把握できる範囲も限られていて」


華音がエレーナに質問。

「この問題については、日本政府に何か伝えたことは?」


エレーナは苦しい顔のまま。

「外務省の高井さんには、伝えました」

「すでに官邸にも情報は届いているはず」

「ただ、日本とルーマニアの関係は、それほど濃くなかったという現実」

「それと、ルーマニア政府でも把握しきれていない闇組織の活動」


松田明美は腕を組む。

「そうなると、我々官僚は、上司からの指示待ちになる」

今西圭子も、松田明美と同じようだ。

「私みたいな文化庁だと、そういう治安維持には直接は難しい」

やはり官僚は、そのような発想になる。


ただ、華音だけが別の視点になる。

冷静な声で、エレーナに聞く。

「ねえ、エレーナさん、それと僕のお祖父さんが持っていた書籍と何の関係があるの?」

「エレーナさん、ルーマニアの説明ばかりで、まだ話していないことが、あると思うんだけど」


エレーナの暗かった顔に、少しだけ光が戻ってきた。

「うん、ありがとう、華音君」

「その書籍の中に、もしかすると、闇組織に関わる情報が隠されているかもしれないの」

「書籍の文面も文化的には貴重品だけど・・・」


華音は、その目を光らせ、テーブルの上に置かれた書籍を見つめている。

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